第四楽章1節
砂塵の舞う旅路に、連なる影。
その長い道程に、幾つもの吐息が乱れ始める。
「リュテ、後方の様子を見てきてくれ。」
隻腕の影が、優しく微笑む。
誰よりも走るのが好きな少年、リュテは、その音色に、煌めきを彩り頷いた。
「任せて、プロテアさん。」
その連なりの最後尾、アプフェルの元へと駆け出した。
「終ぞ、ステラちゃんとルナちゃんを見つけることはできなかった…。」
プロテアの瞼に彩るのは、砂塵と化した白妙の都。
そこに集う、月と星の家の仲間。
彼らが、どれ程に探しても、二人の痕跡さえ拾うことはなかった。
ただ、クリビアから二人へ贈られたドレスだけが無くなっており、それが、二人が生きていることを教えてくれた。
「きっと、どこかへと旅立ったのだろう。それが、我々の行き先と同じ空を見ていれば良いのだが…。」
ゆっくりと見上げた空には、陽光が煌めき、彼らを焼き付けていた。
影の連なりは、後方へ行くほど疎らになる。
引き摺る者、支え合う者、そして、座り込む者。
もう動けないと嘆く色彩に、アプフェルは寄り添っていた。
「リュテくん、少し休みたいと伝えてくれるかしら。」
息を切らすこともなく駆け抜けたリュテに、アプフェルは微笑みを贈る。
その音色を抱きしめたリュテは、再び、プロテアの元へと駆け出した。
崩れ落ちた白妙で得たもの。
貴族が捨てていった馬車と、逃げ遅れた馬。
それは、路地裏に生き続けた者たちにとっては、触れることさえ叶わぬものだった。
それが今や、多くの食べ物を運んでくれる。
彼らにとって、生き抜くための掛け替えのない色彩となった。
だが、そこにどれだけ詰め込もうとも、限りがある。
「馬を借りるぞ。」
プロテアは、アプフェルへと旋律を奏でる。
それは、ひとつの目的のため。
リュテを馬へと乗せ、プロテアも跨った。
「行ってくる。」
いつか見た小さき手が、いつのまにか大きくなっている。
リュテの彩る、その色彩に、プロテアを微笑み、前を見据える。
少し離れた地に彩られた森へと、蹄を奏でた。
「できれば、小動物でも捕えることができれば良いが…。」
手元にあるのは、弓と小剣。
矢には、限りがある。
この先、仲間を守るために、無駄には使えない。
「リュテ、弓を預ける。だが、無闇に放つな。それは、自らの、そして、大切なものの灯火が脅かされたときに使うものだ。」
プロテアは、リュテの父を知っていた。
彼と、共に戦ったことはない。
だが、同じ戦場に立っていた。
弓の名手、影無き閃光。
それが、リュテの父を知らしめる名だった。
「弦が、少し重いな…。」
リュテが、ゆっくりと引く。
柔らかく軋む音色が、空気へと張り詰める。
刹那の静寂。
矢を持たぬ弓が、色彩を奏でた。
「リュテ、よく似合っている。その重さは、お前が守るものの重さだ。決して慣れるな。」
プロテアは、リュテの頭を優しく撫で、微笑みを奏でた。
「うん。でも、弓には慣れないと…。」
リュテが扱ってきたのは、路地裏で見つけた玩具の弓。
それでも、彼が的を外したことはなかった。
「それなら、心配には及ばない。私が特訓してやろう。」
「ありがとう、プロテアさん。」
リュテの父の代わりには、なれない。
だが、彼に背中を見せることはできる。
プロテアは、優しく微笑み、狩りを始めた。
「リュテ、何をしている。」
袋いっぱいの木の実と、二羽の野うさぎを抱えて、プロテアは、リュテの元へと戻った。
「矢を作ってたんだ。ここの石は硬くて脆いから、割ると鋭くなるみたい。」
幾つかの破片の中に、研ぎ澄まされたかの如き輝きを放つ、平らの石が並べられている。
「よく、見つけたな。そう珍しい石ではないが、それを考えた事が、偉いぞ。」
「ありがとう。でも、偶然だよ。何か、矢になるものはないか、探してたんだ。後は、落ちている枝に、蔓で巻けば矢にできそう。」
完成されたそれを掲げ、煌めく笑顔を奏でた。
「上手いな。後は、羽があれば、上手く飛ばせる。この硬い葉は、使えそうか。」
それは、木の身に付いた葉。
プロテアは、それを一つ一つ切り取り、リュテへと渡した。
「ありがとう。作ってみる。」
「出来上がったら、それで、仮の練習をしてみるか。」
プロテアは、リュテの頭を撫でながら、微笑んだ。
その旋律に、リュテの瞳が輝き、微笑みを彩りながら、頷いた。
プロテアにとって小さな弓でも、リュテが奏でれば大きく見える。
弦に触れる風が、静寂に切り裂かれる。
リュテは、ただ一つを見ていた。
草木の中を、可憐に跳ねる野うさぎ。
それは、尊き灯火。
生き延びるということは、それを奪うということ。
それは、切先の震えへと連なる。
「よし、矢を下せ。」
プロテアは、静かに奏でた。
「的を変えよう。」
いつかは、乗り越えなくてはならない覚悟。
だが、それは、今ではない。
まだ、プロテアが共に立っている。
そして、その旅路は長く続く。
今日でなくても、明日でなくても、その時を待てば良い。
「リュテ、あの果実を繋ぐ色彩を断つんだ。」
リュテの頭を優しく撫でながら、プロテアは、遠く離れた木を見つめる。
「やってみる。」
プロテアの音色に、リュテは吐息を奏で、再び弦を引いた。
その切先に、震えはない。
静寂を裂く音は、小さな歪に舞う。
矢は、果実すら掠めることなく、それを彩る木へと咲いた。
「やっぱり、難しいね。」
振り向き、微笑みを奏でるリュテは、すこし寂しそうに音色を紡いだ。
「そうだな。だが、鍛錬を重ねれば、今できぬことも、いつかできるようになる。」
「頑張らないと…。父さんみたいに、上手くなりたい。」
「きっと、なれるさ。」
幹へ深く根を張る石は、その威力を奏でている。
何より、曲がった枝で彩られた矢で、ここへと紡いだことが、それを教えてくれる。
ただ、プロテアは、その事を胸へと仕舞った。
リュテが、高みへと手を伸ばせるように。
「随分と、遅かったわね。」
プロテア達が、月と星の家の元へと戻ったのは、空が茜を掴もうと奏でる頃だった。
「大所帯だ。寝床を探すのも大変でな…。」
プロテアは、空を見つめ、小さく奏でる。
「本当は、どうしたのとは、聞かないでおくわね。」
それを見つめるアプフェルは、微笑みながら詩う。
「隠すようなことでも、ないのだがな。」
その音色に、プロテアは微笑んだ。
もう少し進めば、小さな街がある。
明日には、辿り着くだろう。
だが、急げば、思いもよらぬ色彩に触れることもある。
プロテアは、岩肌に潜むように野営を奏で、そこに寝息が彩られるのを、静かに聞いていた。
「交代するわ。」
アプフェルが、瞼を擦りながら、プロテアの横に座った。
「今日は、いい。明日になれば、ゆっくり休める街に入ることができる。」
燻る焚き火の跡を見つめ、プロテアは囁いた。
「それに、お前には苦労ばかりかけている。休めるときに休んでくれ。」
ようやく瞳を重ねたプロテアに、アプフェルは微笑む。
「そう。なら、肩を借りるわね。」
その囁きと共に、プロテアの肩へと頭を委ねる。
「いや、横になって眠った方がいい。」
「ここが、一番、安心するのよ。」
「そうか…。」
「そうよ。じゃあ、おやすみなさい。」
「おやすみ、アプフェル。」
プロテアが見守る中で、寝息だけが静寂に揺れる。
月が柔らかく煌めき、星々と共に、彼らを見つめている。
遠くで咲き始めた旋律が、やがて月と星の家へと反響し、そこに溺れる事を知らぬ様に。




