第三楽章9節
村の広場に集まる多くの人。
彼らの瞳を彩るのは、ステラとルナ。
柔らかな陽光に包まれて、その色彩は穏やかに煌めいた。
「ルナちゃん、いくよ。」
私は、ルナに右手を差し伸べる。
「うん。」
未だ、ぎこちなさは残っている。
それでも、私の指は、その繊細な手を握った。
やがて、私たちの指が、ゆっくりと絡み合う。
それは、この指先ひとつひとつに、私の想いが宿り始めていることを奏でた。
その旋律に導かれる様に、ルナが、静かに立ち上がる。
足に施された繊細な金属、それを繋ぐ歯車が柔らかな音色を奏でた。
その歩みは、決して早くはない。
それでも、一歩、また一歩と揺れることなく進む。
「みんなで、お散歩しよう。」
ルナの歌声が、そこに集う全ての微笑みを包み込んだ。
それは、いつも見ている彩り。
なのに、いつもと違う色彩を奏でる。
手を繋ぎ、寄り添い合いながら、足跡を紡ぐ。
それが、私たちの世界の色を、これほどまでに変えてくれる。
ルナの小さな吐息が、少しずつ大きくなり始めた頃、ユズリハは、動く椅子を、傍へと彩る。
「ありがとう、ユズリハくん。」
重なり合う二つの音色。
繋がる心が、いつだって想いを共鳴してくれる。
ルナは、穏やかに微笑み、そこへと座った。
「たくさん歩けたね。」
集う音色に、私たちは頬を寄せ合った。
村人たちは、知っていた。
ルナが、日に日に多く歩ける様になっていた事を。
私が台所に立つ度に、右手にできることが増えていった事を。
それでも、この日、全てを始めて見たかのように、彼らは祝福してくれた。
その色彩が、私たちを何よりの幸福へと誘ってくれる。
いつか、私たちは、この村を出る。
それは、そう遠くはない。
それは、もう、みんなが気づいていた。
でも、その音色ひとつ奏でる事なく、今という輝きを、分かち合った。
「ステラちゃん、ルナちゃん、これを。」
カンパニュラが、二つの包みを携えて、村人に囲まれる私たちへと歩み寄る。
「これは…。」
「開けてごらん。」
その包みに入っていたのは、一振りの小剣。
柄と鞘が連なるように刻まれた、黄色のアルストロメリア。
ゆっくりと刃を抜くと、その白銀に、月と星が煌めいた。
「君たちが、ここに訪れた日から打ち始めた。銘は、クランツ、そして、シュトラウスだ。共に、童話の宝剣、宵空の花弁を模した拵えに彩った。」
どこかで読んだ、小さな御伽話。
「本来なら、薔薇が刻まれているけどね。」
その中で、お姫様が王子様に授けた宝剣、宵空の花弁。
「でも、二人に合う花を思った時、それは、黄色のアルストロメリアだったんだ。これは、私から贈る花だと思ってほしい。」
それは、麗しく、真実の愛を奏でた、絆の物語。
「二人が、これから歩む旅路で、きっと、役に立つよ。」
カンパニュラの微笑みが、再び納めた鞘へと移る。
その歩みの妨げにならないようにと、大腿に携えるためのベルト。
それと共に広げられたのは、漆黒のドレスと、純白のドレス。
「私たちが仕立てたの。貴女たちが、初めてここに来た日に着ていたものよ。素敵なドレスだったけど、ぼろぼろだったから…。」
誇らしげに微笑むプラムが、そのドレスを、私たちへと贈ってくれる。
それは、これまでの旅路を、優しく包む何よりの彩りへと生まれ変わっていた。
「ルナちゃんに白が似合うのはわかるけど、ステラちゃんは意外と黒が似合うのよね。」
小屋で着替え、裾に隠すように小剣を付けてくれる。
その手先は、滑らかに奏でられ、まるで花冠を紡いでいるようだった。
その自らの旋律を見つめながら、プラムが囁いた。
「髪が、黒いからかな…。」
私は、小さく奏でる。
「ステラちゃんの心の白さが、際立つからよ。」
それに呼応するように、プラムは微笑む。
「ステラちゃんの真っ白なお肌もキラキラしてるよ。」
ルナが、そっと顔を覗かせ、その瞳を煌めかせた。
小屋の外では、そのドレスに包まれた色彩を待つ影が、淡い音色を奏でて微笑み合っている。
その傍らで、ユズリハは、カンパニュラへと揺るがぬ瞳を向けた。
「父さん、話したいことがあるんだ。」
「どうした、ユズリハ。」
「僕は、知ってる。父さんの方が、僕より補助具を作るのが上手い事を…。」
「ステラちゃんやルナちゃんの器具を、私に作って欲しかったのか。」
カンパニュラは、穏やかに問う。
「違うよ。それは、僕が作りたかった。ただ…。」
「言い辛い事でもあるのか。」
「僕が居なくても、この村は、目的を果たすことができる。」
静寂が、二人を包む。
「だから、僕たちは、旅に出ようと思うんだ。」
「…僕たち。たちと言ったな。誰とだ。」
「もちろん、プラムだよ。」
「少し、こっちに来なさい。」
カンパニュラは、村の端へとユズリハを連れていった。
「つまり、あれか。やっと前に進んだのか。」
カンパニュラが、ユズリハの両肩を掴み、問いかける。
「何の話なの。」
「プラムと、恋人になったのかという話だ。」
「なったよ。想いを伝えたんだ。」
「そうか。…見直したぞ。お前は、鍛冶以外は、本当に…、もう、本当に…。いや、良い。プラムは、何と言っている。」
「一緒に決めたんだ。ステラちゃんやルナちゃん以外にも、きっと、困っている人たちは、たくさん居る。僕たちが動かなければ、その人たちは、ここに辿り着けない。」
揺るがぬ瞳に、ただ想いを乗せて、静かに紡ぐ。
「だから、僕たちで、その人たちに出逢いに行こうって、決めたんだ。」
「わかった。それは、いつだ。」
「ステラちゃんとルナちゃんを見送ったら、すぐに発つよ。」
「そうか。ただ、忘れるな。お前が最も守るべき人は、プラムだ。そして、ここは、いつだってお前たちの帰る場所だ。」
見つめ合う瞳には、揺らぎはない。
ただ静寂に、決意を彩っていた。
やがて、広場から溢れ出る音色が、カンパニュラとユズリハを誘う。
そこへと歩み、二人が目にしたのは、寄り添い合う可憐な天使だった。
かつて、クリビアに贈ってもらった大切なドレス。
あの日、私たちは、薄紗のまま、リュパンの地下室から逃げ出した。
路地裏跡地で、それを見つけた時、私たちは幸運を分かち合った。
これで、身を守ることができると。
ただ、それは、旅をする為の彩りではない。
故に、その足跡と共に、煌めきが朽ちていく。
それでも、私たちにとって、このドレスは宝物であり、縋るべき色彩だった。
それが今、ここから始まる新たな旅路のための旋律として、私たちを守ってくれる。
その彩りを奏でてくれたのは、プラム、そして、村のみんな。
その一歩を踏み出すための力を与えてくれたのは、ユズリハ、そしてカンパニュラ。
「ありがとうございます…。」
そんな小さな言葉では、表せきれない想いを、私たちは、雫へと奏でた。
やがて、それは溶け合い、ひとつの色彩へと花開く。
森の奥の秘密の広場。
その星空の下で、重なり合った鼓動の残響。
その旋律に、共鳴するように。
その宝珠は、私たちの瞳が混ざり合ったかのように、柔らかく芽吹く。
その純白と金色の流紋が、ほのかに詩うのは、ひとつの魔法。
追憶の旋律の如く、全てを戻す。
込められた、その祈りのままに。
それは、ルナの妹、チユだけが持つ魔法にも似た、禁呪の彩り。
ただ、その旋律が及ぶのは、傷だけではない。
二つの雫が溶け合って初めて奏でられる、その悍ましくも麗しき色彩。
それを奥底へと秘めた宝珠は、私たちを包むように咲き乱れた。
「私たちの宝珠が不思議な色になっちゃったね…。」
私は、ぽろぽろと零れ落ちる宝珠に気づき、ルナへと囁く。
「でも、とても綺麗なの。」
ルナは、その一つを拾い、小さく微笑んだ。
その価値もわからぬままに、綺麗な装飾品として、私たちは、宝珠を村へと贈った。
それは、意図無き餞別。
私たちが旅立つ日は、もう目前へと迫っていた。




