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夜想曲『花の国』  作者: ことは
第二部『月の詩』
133/238

第三楽章8節

流れる雲に、月が煌めく。

柔らかなそよ風に、幾つもの星が舞う。

それが見つめるのは、静寂の森の、小さな広場。

揺れているのは、四つの影。

それは、温かな音色を奏で、草木に触れる。


「ねえ、いつまで隠れ続けるつもりなの。」

草むらに伝う囁きは、小さく響く。

それは、触れ合う肩を、優しく撫でた。

あの日から、ユズリハとプラムの夜は、この広場に彩られ続けている。

その二人の瞳に刻まれるのは、二つの影。

それは、日々の中で紡がれる一つの旋律。

だが、その反響は、少しずつ前へと進んでいる。


共に並んで足跡を紡ぐために、その歩を進める事で、失ったものを取り戻す影。

それを支え、握りしめようとする事で、失ったものを取り戻す影。

二つの影の祈りは、少しずつ、その色彩を鮮明にしていく。



「ルナちゃん、今日は、こんなに歩けたね。」

私は、ルナを抱き寄せて、微笑みを奏でる。

「ステラちゃんの手が、いつもより、ぎゅって握ってくれたからなの。」

ルナは、私の背を包み込み、頬を委ねて詩う。

「きっと、もう少しだね。」

絡み合う指に、重なる音色。

私たちは、額を寄せ合い、その温もりに微笑んだ。


本当は、わかっている。

昔の様に、歩けることも、握ることも、できないことを。

いつか、できるとしても、それが遠い未来であることを。

それでも、そこに一つずつ進めていること、そして、それが共に彩る旅路だということが、何よりの幸せだった。


ただ、掴みたいものがある。

この足跡の先に、私たちは、新しい旅路を描き始める。

この村を出て、私たちの目指す花の国へと歩を進める。

その日は、そう遠くない。

だから、それまでには、少しでも、自らの旋律で立ち上がりたい。

私たちには、大切な宝物があるのだから。

この右手と、ルナの足に贈ってもらった色彩が、それを支えてくれるのだから。



「お月様が、綺麗だね。」

今日の練習を終え、柔らかな草に身を委ねて、静かに座る。

ゆっくりと寄せ合う肩に、大切な温もりが伝う。

その彩りに、私は吐息を奏でた。

見上げた空には、優しい月が微笑んでいる。

「お星様も、とても綺麗なの。」

ルナの可憐な音色が、私の心を撫でる。

ルナの指先の向こう、そこに彩られる空の煌めき。

その眩い彩りに、ルナは、微笑んだ。

「あのきらきらしているお星様、ステラちゃんみたい。」

ルナの奏でる音色が、森を包みはじめる。

「それからね、あの可愛い色のお星様もステラちゃんみたいなの。」

ルナは、空を見渡しながら、次々と、指先で描いていく。

その先にある数々の星は、鮮やかに、空に色彩を奏でる。

「後はね、ふわふわしている、あのお星様も、ステラちゃんみたいなの。」

止まらぬ指先が、全てを私へと彩り、煌めく瞳が、全てを包み込む。

その柔らかな旋律が、二人だけの世界へと収束する。

この広い空の下で、数えきれない色が、私たちの小さな胸へと吸い込まれていく。


それは、ルナが居るから。

それが、私の全てを叶えてくれる。


「私も、ルナちゃん見つけたよ。」

私は、右手をゆっくりと挙げる。

手を握る事は、慣れてきた。

その柔らかく閉じた手のひらから、辿々しく、指を一つ立てる。

その先にあるのは、一つの色彩。

「あの優しくて、穏やかで、いつも祈りを捧げてくれる様な温かい煌めきのお星様。」

「お月様…。」

「うん。私ね、ずっと夢だったの。」

「夢…。」

「お月様に寄り添う、お星様になりたいって。」

委ね合う私たちの肩が、ゆっくりと溶けていく。

「叶っちゃったかも…。」

「ステラちゃん、大好き…。」

「私も、大好きだよ…。ルナちゃん。」


「え、何するの。」

ユズリハは、目と口をプラムの手によって塞がれ、小さく囁く。

「ここから先は、絶対に見ちゃだめよ。二人の宝物なのだから…。羨ましい…。」

プラムは、瞼を閉じ、溢れそうな涎を飲み込んだ。

そして、その腕には、飲み込みきれなかった雫が流れ、言葉にできない叫びを響かせていた。



溶け合う吐息に、ルナの温もりを感じる。

それが、どれほどの幸せか、きっと誰にもわからない。

それを分かち合いたくても、この想いだけは、二人だけのものなのだから。

ゆっくりと開く瞼は、いつもと変わらない色彩の幕開け。

そこに奏でられるのは、可憐な詩。

たった一つの宝物が、私に微笑みかける。

その瞳に映るのは、微笑む私だけ。

その奥にある、優しくて、温かくて、柔らかい灯火。

私は、それを包む様にルナを抱きしめる。

それは、ルナも同じ。

擦れ合う腕が、互いの背を抱き、頬が重なる。

私たちは、その全てを、草に委ねた。



溶け合う吐息、絡む指先。

鼓動がカノンし、共鳴へと芽吹く。

ユニゾンを纏う旋律が、広がりゆく葉へと伝う。

その柔らかな温もりが、小さな蕾を包み、フォルテの色彩を放ちはじめる。

それは、やがて、大地に紡がれた想いが、空へ織り成す様に、レゾナンスへと開花した。

月が祈り、星が寄り添う静かな空に、甘美なる純白が広がる。

そこに委ねられた、漆黒の揺めき。

全てが溶け合うシンフォニーが、静寂の中に彩られる。

その柔らかな温もりに、コーダが咲き乱れた。



それは、互いの中に秘めた、互いの宝珠が溶け合い、新たな宝珠へと生まれ変わる様に。

そして、咲き乱れた花々が、互いの奥へと潜り込み、新たな息吹へと生まれ変わる様に。


それは、私に産み落とされた、ひとつの色彩。

ルナを守りたいという願いを糧に、私の香りの中へと育まれていく。

その花が祈りに触れて、誇り高く咲く日を、静寂の淵で待ちながら。



「…帰るわよ。瞼を閉じたまま、振り返って。」

草むらの中で、ゆっくりと立ち上がるプラムは、ユズリハの手を引いた。

「それと、もう、ここに来るのは、やめましょう。」

ユズリハは、プラムの後へと足跡を紡ぎ、首を傾げる。

「どうして。」

「私たちが居なくても、あの二人は前に進めるわ。」

プラムは、柔らかく微笑む。

「それに、器具の練習のことなら、昼間に手伝えばいいじゃない。」

「それは、確かに、そうかもしれない…。」

ユズリハは、思いも寄らぬ事実に、顔を上げる。

「何より、私たちが邪魔するのは、だめよ。」

「見てるだけなら、練習の邪魔にはならないと思うけど…。」

「………ユズリハ。貴方は、本当に、お子様ね。」

少し閉じた瞼の奥の、プラムの瞳が鋭く揺らめく。

それは、温かく、ほんのり冷たく彩られた。

「あの二人が、とても羨ましいわ…。」

プラムは、深いため息をついた。


森を抜ける直前で、プラムは立ち止まる。

「星空って、こんなに綺麗だったのね…。」

「本当に綺麗だね。」

静かに微笑むユズリハ。

「でも、それを見ているプラムの方が、綺麗で好きだな。」

それは、何ひとつ飾らぬ、彼の無垢なる想い。

それは、吐息の様に紡がれた。

「…本当、ユズリハは……。」

振り向くプラムの吐息が、ユズリハの柔らかな温もりに塞がれた。

それは、二人で奏でる初めての旋律。

その甘い色彩に、触れ合う指が、静かに絡まった。



森へと縫う柔らかな風が、草木に唄う。

それは、ここにある全ての色彩への讃美歌を、静かに奏でていた。

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