第三楽章8節
流れる雲に、月が煌めく。
柔らかなそよ風に、幾つもの星が舞う。
それが見つめるのは、静寂の森の、小さな広場。
揺れているのは、四つの影。
それは、温かな音色を奏で、草木に触れる。
「ねえ、いつまで隠れ続けるつもりなの。」
草むらに伝う囁きは、小さく響く。
それは、触れ合う肩を、優しく撫でた。
あの日から、ユズリハとプラムの夜は、この広場に彩られ続けている。
その二人の瞳に刻まれるのは、二つの影。
それは、日々の中で紡がれる一つの旋律。
だが、その反響は、少しずつ前へと進んでいる。
共に並んで足跡を紡ぐために、その歩を進める事で、失ったものを取り戻す影。
それを支え、握りしめようとする事で、失ったものを取り戻す影。
二つの影の祈りは、少しずつ、その色彩を鮮明にしていく。
「ルナちゃん、今日は、こんなに歩けたね。」
私は、ルナを抱き寄せて、微笑みを奏でる。
「ステラちゃんの手が、いつもより、ぎゅって握ってくれたからなの。」
ルナは、私の背を包み込み、頬を委ねて詩う。
「きっと、もう少しだね。」
絡み合う指に、重なる音色。
私たちは、額を寄せ合い、その温もりに微笑んだ。
本当は、わかっている。
昔の様に、歩けることも、握ることも、できないことを。
いつか、できるとしても、それが遠い未来であることを。
それでも、そこに一つずつ進めていること、そして、それが共に彩る旅路だということが、何よりの幸せだった。
ただ、掴みたいものがある。
この足跡の先に、私たちは、新しい旅路を描き始める。
この村を出て、私たちの目指す花の国へと歩を進める。
その日は、そう遠くない。
だから、それまでには、少しでも、自らの旋律で立ち上がりたい。
私たちには、大切な宝物があるのだから。
この右手と、ルナの足に贈ってもらった色彩が、それを支えてくれるのだから。
「お月様が、綺麗だね。」
今日の練習を終え、柔らかな草に身を委ねて、静かに座る。
ゆっくりと寄せ合う肩に、大切な温もりが伝う。
その彩りに、私は吐息を奏でた。
見上げた空には、優しい月が微笑んでいる。
「お星様も、とても綺麗なの。」
ルナの可憐な音色が、私の心を撫でる。
ルナの指先の向こう、そこに彩られる空の煌めき。
その眩い彩りに、ルナは、微笑んだ。
「あのきらきらしているお星様、ステラちゃんみたい。」
ルナの奏でる音色が、森を包みはじめる。
「それからね、あの可愛い色のお星様もステラちゃんみたいなの。」
ルナは、空を見渡しながら、次々と、指先で描いていく。
その先にある数々の星は、鮮やかに、空に色彩を奏でる。
「後はね、ふわふわしている、あのお星様も、ステラちゃんみたいなの。」
止まらぬ指先が、全てを私へと彩り、煌めく瞳が、全てを包み込む。
その柔らかな旋律が、二人だけの世界へと収束する。
この広い空の下で、数えきれない色が、私たちの小さな胸へと吸い込まれていく。
それは、ルナが居るから。
それが、私の全てを叶えてくれる。
「私も、ルナちゃん見つけたよ。」
私は、右手をゆっくりと挙げる。
手を握る事は、慣れてきた。
その柔らかく閉じた手のひらから、辿々しく、指を一つ立てる。
その先にあるのは、一つの色彩。
「あの優しくて、穏やかで、いつも祈りを捧げてくれる様な温かい煌めきのお星様。」
「お月様…。」
「うん。私ね、ずっと夢だったの。」
「夢…。」
「お月様に寄り添う、お星様になりたいって。」
委ね合う私たちの肩が、ゆっくりと溶けていく。
「叶っちゃったかも…。」
「ステラちゃん、大好き…。」
「私も、大好きだよ…。ルナちゃん。」
「え、何するの。」
ユズリハは、目と口をプラムの手によって塞がれ、小さく囁く。
「ここから先は、絶対に見ちゃだめよ。二人の宝物なのだから…。羨ましい…。」
プラムは、瞼を閉じ、溢れそうな涎を飲み込んだ。
そして、その腕には、飲み込みきれなかった雫が流れ、言葉にできない叫びを響かせていた。
溶け合う吐息に、ルナの温もりを感じる。
それが、どれほどの幸せか、きっと誰にもわからない。
それを分かち合いたくても、この想いだけは、二人だけのものなのだから。
ゆっくりと開く瞼は、いつもと変わらない色彩の幕開け。
そこに奏でられるのは、可憐な詩。
たった一つの宝物が、私に微笑みかける。
その瞳に映るのは、微笑む私だけ。
その奥にある、優しくて、温かくて、柔らかい灯火。
私は、それを包む様にルナを抱きしめる。
それは、ルナも同じ。
擦れ合う腕が、互いの背を抱き、頬が重なる。
私たちは、その全てを、草に委ねた。
溶け合う吐息、絡む指先。
鼓動がカノンし、共鳴へと芽吹く。
ユニゾンを纏う旋律が、広がりゆく葉へと伝う。
その柔らかな温もりが、小さな蕾を包み、フォルテの色彩を放ちはじめる。
それは、やがて、大地に紡がれた想いが、空へ織り成す様に、レゾナンスへと開花した。
月が祈り、星が寄り添う静かな空に、甘美なる純白が広がる。
そこに委ねられた、漆黒の揺めき。
全てが溶け合うシンフォニーが、静寂の中に彩られる。
その柔らかな温もりに、コーダが咲き乱れた。
それは、互いの中に秘めた、互いの宝珠が溶け合い、新たな宝珠へと生まれ変わる様に。
そして、咲き乱れた花々が、互いの奥へと潜り込み、新たな息吹へと生まれ変わる様に。
それは、私に産み落とされた、ひとつの色彩。
ルナを守りたいという願いを糧に、私の香りの中へと育まれていく。
その花が祈りに触れて、誇り高く咲く日を、静寂の淵で待ちながら。
「…帰るわよ。瞼を閉じたまま、振り返って。」
草むらの中で、ゆっくりと立ち上がるプラムは、ユズリハの手を引いた。
「それと、もう、ここに来るのは、やめましょう。」
ユズリハは、プラムの後へと足跡を紡ぎ、首を傾げる。
「どうして。」
「私たちが居なくても、あの二人は前に進めるわ。」
プラムは、柔らかく微笑む。
「それに、器具の練習のことなら、昼間に手伝えばいいじゃない。」
「それは、確かに、そうかもしれない…。」
ユズリハは、思いも寄らぬ事実に、顔を上げる。
「何より、私たちが邪魔するのは、だめよ。」
「見てるだけなら、練習の邪魔にはならないと思うけど…。」
「………ユズリハ。貴方は、本当に、お子様ね。」
少し閉じた瞼の奥の、プラムの瞳が鋭く揺らめく。
それは、温かく、ほんのり冷たく彩られた。
「あの二人が、とても羨ましいわ…。」
プラムは、深いため息をついた。
森を抜ける直前で、プラムは立ち止まる。
「星空って、こんなに綺麗だったのね…。」
「本当に綺麗だね。」
静かに微笑むユズリハ。
「でも、それを見ているプラムの方が、綺麗で好きだな。」
それは、何ひとつ飾らぬ、彼の無垢なる想い。
それは、吐息の様に紡がれた。
「…本当、ユズリハは……。」
振り向くプラムの吐息が、ユズリハの柔らかな温もりに塞がれた。
それは、二人で奏でる初めての旋律。
その甘い色彩に、触れ合う指が、静かに絡まった。
森へと縫う柔らかな風が、草木に唄う。
それは、ここにある全ての色彩への讃美歌を、静かに奏でていた。




