第三楽章5節
不安が、私の心を蝕む。
奏で続ける足音は、そこに留まることさえ不安へと溺れさせることを彩る。
「ステラちゃん、大丈夫よ。」
プラムが、声をかけてくれるが、プラムの声もまた震えている。
「プラムちゃん…、でも、でも…。」
私は、縋る様にプラムの瞳を見つめる。
「信じて待つしかないわ。今は、それしかできないよ…。」
私の肩を掴み、揺るがぬ瞳で見つめる。
ただ、その手の震えが、私たちの心配を包んだ。
たった一つの変化。
それは、私にとって、世界が崩壊するほどの変化。
そこに伴う旋律が、それを加速させる。
ルナが、居ない。
瞳から、宝珠がぽろぽろと零れ落ちる。
「え…、何これ…。それ、どういう仕組みなの…。」
その彩りを見た刹那、プラムは固まった。
「わからないの。でも、ルナちゃんの方が、もっとぽろぽろ出るの…。」
「本当に、二人は聖女様だったのね…。」
無垢なる音色が、私を揺らした。
「違うよ、普通の女の子…。」
ルナが居なくなるだけで、全てに怯えてしまう、普通の女の子。
「そんな事より、ルナちゃんが心配なの…。」
「ユズリハを、信じて。彼は、ちゃんと守ってくれるよ…。たぶん…。」
「たぶん…。」
私は、泣き喚いてしまった。
小さな広場を、宝珠で埋めながら。
「ご、ごめんなさい。本当に大丈夫だと思うわ。ユズリハは、こう見えて大人で、良い意味で子供だから。それに、彼が見ているのは、どちらかというと、…ステラちゃんなのよ。いえ、ちょっと待って、それは腑に落ちないわね。あれよ、恩人としてたからね。本当に。だから、安心してね。決して、ユズリハは、ステラちゃんのことも、ルナちゃんのことも、恋心で見ていないわよ。本当に、絶対に、たぶん…。でも、信じてる。ユズリハが見ている本当の人は、別の誰かだって。それが、わた…。」
驚くほどの速さで奏でられるプラムの旋律が急に止まり、何故か、私の背中を叩かれた。
「いたた…。よくわからないけれども、信じてみるね。」
私は、圧倒されたまま、いつの間にか、その言葉に心を委ねていた。
きっと、プラムは、私を安心させてくれるために、こうして音色を紡いでくれたのだろう。
その優しさに、私は微笑みを取り戻した。
「と、とりあえず、待っていても仕方ないわ。森に入りましょう。」
プラムが、私の痛くなった背中を優しく摩ってくれる。
その温もりに身を委ね、私は、その提案に頷いた。
二つの影が、少しずつ足跡を紡ぐ。
それは、やがてカノンを奏で、私は追う様に歩を早めた。
煌びやかに彩られる木漏れ日、華やかに奏でられる囀り、草木が風に舞い、私に囁きかける。
これほどまでに眩しく、賑やかな色彩と旋律の中に私は、足跡を紡ぐ。
隣を歩くのは、止まらぬ音色が詩となるプラム。
私は、寂しくないはずだった。
なのに、そこには温もりを感じない。
私は、その理由を知っている。
ルナが、居ない。
私が、どれだけルナに救われていたか、改めて思い知らされた。
「ねえ、ルナちゃんに、恋してるの。」
私の顔を覗き込み、プラムが微笑んだ。
「うん…。」
その一言を紡いだ刹那、私の頬を雫が伝う。
「本当に、大切なのね…。ひと時も離れたくないのね。」
プラムが、私の頭を優しく撫でてくれる。
その優しさに、私は、少しだけ前を向いた。
「プラムちゃんは、ユズリハさんに恋をしているの。」
私も、同じ問いをプラムへと紡いだ。
私を撫でていた優しい手が固まり、少し強く抑えられ込まれる。
私は、思わず蹌踉めき、瞳をプラムへと上げた。
「あ、ごめんなさい。恋というか、その、わからないわ。でも、大切な人だよ。」
慌てた様に手を引き、プラムが目を伏せる。
「ユズリハはね、あの日、私の手を取ってくれたんだ。」
静かに語られる、追憶の旋律。
「最初に立ち上がったのは、カンパニュラさんだった。鍛冶屋として、生き直すって。それで、共に歩む人を探していたのよ。私は、そういう事には興味がなかったから、ただ見つめているだけだった。」
穏やかな微笑みの中に、プラムの音色が縫われていく。
「でも、それがとても眩しくて、私も立ち上がりたいと思ったのよ。ただ、その力は沸かなかった。あの時、疲れ果てていたから。だって、そうでしょう。あの路地裏にいた人は、みんな、何かを失ったり、奪われた果てに、たどり着いたのだから。」
その音色は、囀りを掻き消し、木々の囁きを覆う。
「だから、誰も立ち上がれなかったのよ。」
だが、それは、やがて、それらと共鳴し、一つの音色となって紡がれる。
「彼がね、みんなの手を握ってくれたのよ。共に歩こうって。どうしてだと思う。」
プラムの微笑みが、私に問う。
「みんなと一緒の方が、楽しいから…。」
私なりの答え、それを問う様に紡いだ。
「そうだね。ユズリハは、そう言ったわ。そして、こうも言ったのよ。」
その微笑みを奏でる瞳には、私だけが彩られていた。
「ステラちゃんとルナちゃんが、そうしてくれたからって。」
プラムの優しい手のひらが、私の頭を撫でた。
「私は、あの瞬間に、ユズリハに恋したのよ。彼には、言わないでね。それと同時に、ステラちゃんはライバルになったの。」
プラムの微笑みが、私に触れる。
「でも、会ってみて、分かったわ。ステラちゃんも、ルナちゃんも、そんな次元に立っていないって。だから、安心したわ。」
それは、柔らかな音色。
「それに、私は、二人とも大好きよ。」
プラムの腕に背を包まれながら、私は、プラムに身を委ねた。
「プラムちゃん、ありがとう。二人の恋、応援するね。」
木漏れ日が、柔らかく、私たちに纏った。
「そろそろ、戻ろうか。」
プラムが、優しく微笑む。
私は、静かに頷き、その足跡を追った。
村に戻ると、広場に村の人々が集まっている。
ただ、そこには、ルナの姿はない。
私は、ため息を奏で、その広場へと足跡を紡いだ。
隣には、プラムが居る。
彼女からは、もう不安は消えている。
私だけが、そこに取り残された様で、無意識に温もりを探していた。
求めるものは、ただ一つ。
ルナ、それだけであった。
やがて、陽光が茜を奏で始める頃、待ち続けた音色が奏でられた。
「お待たせしました。本当に…。思っていたよりも、難しくて…。」
小屋から出てきたユズリハが、疲れ果てた音色を奏でる。
私は、それを、ただ静かに見つめている。
そして、彼の後に続くルナ。
「ルナちゃん。」
私は、思わず駆け寄った。
ただ、それでも、ルナを抱きしめることは、出来なかった。
「ステラちゃん、見て。」
蹌踉めきながら、足跡を紡ぐ。
それは、何よりも不安定で、今にも世界が崩れ落ちそうな音色。
それでも、ルナは、歩いている。
自らの足で、その歩を進めている。
その両足に配われているのは、厳かな防具。
ただ、それは、身を守るためのものではない。
「補助具、というべきかな…。膝から上は、ちゃんと動くけど、足首は、ほとんど力が入らない。だから、足首を固定したんだ。でも、問題は、膝なんだ。動くけど、力が弱い。そこで、この歯車を使って…。」
私は、倒れそうになるルナへと駆け寄り、抱きしめた。
「屈伸の補助をする。でも、固定もしなきゃいけないから、その起点を大腿から股関節への連なりの動きに合わせて…。」
私は、その僅かな足跡を見つめ、ただルナの頭を撫でながら、雫を零し続ける。
「そこで、大切なのは、疲れないこと。それには、やはり金属では無理がある。とはいえ、木材だと、劣化に不安が残る。ならば、その調和を彩ることが答え。このバランスを…。」
ルナは、微笑みながら、私の背に腕を絡め、寄り添い合った。
「この動かしやすさと、固定する。そして、軽さと耐久性という相反する色彩を調和させた旋律、それが…。」
額を寄せ合い、互いの瞳から溢れ出る宝珠が、優しく重なり合って音色を奏でる。
「だから、こんなに時間がかかってしまったんだ…。」
それは、広場へと流れ、宝珠の海を彩る。
「ねえ、聞いてる…。」
ユズリハの悲しげな音色に、私たちは、思わず顔を上げた。
それに、全く、気付いていなかった。
私たちは、ユズリハの奏でる詩を、何一つ聞いていなかった。
「ごめんなさい…。」
重なり合う二つの音色。
私とルナの紡いだ吐息。
離したくない手を、指に絡めて、揺るがぬ想いを分かち合う。
そして、私たちは、誠意を込めて謝った。




