第三楽章6節
その泣き声は、村中に響き渡る。
プラムは、予想はしていた。
だが、これほど迄とは、思ってもみなかった。
「昨日も、ステラちゃん居なかったの。今日もなんて、嫌なの。」
そして、ステラも止めようとしない。
「そうよね。私も耐えられないの。一緒に居たいよね。」
もちろん、ユズリハが止められる訳もない。
プラムは、頭を抱え、座り込むしかなかった。
どんなに美味しそうなお菓子で釣ろうとしても、岩の様に動じない二人を見て、遂に、あの男が動いた。
「いや、ルナちゃんも付き添えばいいのでは…。」
カンパニュラの、鶴の一声で、全てが動き出した。
「やっぱり、思っていた通り、難しいな…。それどころか、予想より遥かに難しい…。」
私の右手に嵌められた器具は、ぎこちなく動くが、安定していない。
そして、私の左手は、ルナの両手によって包み込まれ、私は、どちらの腕も動かせずにいた。
「ステラちゃんのおてて、治らないの…。」
ルナが不安を彩りながら、ユズリハを見つめる。
「そんな事はないよ。昨日だって、最初は、こうだったでしょう。でも、少しだけでも歩ける様になった。」
ユズリハは、優しく微笑む。
「ステラちゃんも、そうなるよ。」
その優しい音色が、私たちに安息の囁きを与えてくれた。
少しずつ、動きが滑らかになっていく。
小さな部品を、幾つも取り替え、その眼差しが、鋭く煌めく。
ユズリハの、その麗しい色彩に、プラムの想いの理由を知った。
「ねえ、ユズリハくん。」
私は、静かに問いかける。
「どうしたの、ステラちゃん。」
視線は変わらず、私の右手を掴んでいる。
だが、その音色は、優しく私へと届けられた。
「プラムちゃんのこと、どう思っているのかな。」
ユズリハが小さく跳ね、部品が転がり落ちた。
散らばる部品たち。
だが、それを拾おうともせず、私を見つめたまま固まるユズリハ。
「な、何を言っているのかな。」
辿々しく紡がれる、ユズリハの音色。
「ごめんなさい、分かりづらかったよね。えっとね、ユズリハくんは、プラムちゃんに恋してるのかなって…。」
小屋を爆発させる様な旋律が、村中に響き渡った。
小さな金属音が、小屋に響く。
ルナは楽しそうに、それを見つめ、時折、置いてある部品を指で突いている。
私は、ユズリハに言われるままに、時折、右手を動かそうとしてみる。
そして、左手は、いつだって、ルナの温もりに触れていた。
「最初は、わからなかったんだ。」
小さな部品と向き合いながら、その鋭く麗しい視線をただ一つに向け、ユズリハは静かに紡いだ。
「僕の心には、ずっと、ステラさんや、ルナさんの影が、彩り続けていた。」
指先の繊細な旋律が、私の手を包む器具を撫でる。
「それは、憧れだった。最初は、ステラさんの美しさに、見惚れていたけどね…。でも、触れてはいけない高貴なものに感じたんだ。ルナさんの可憐な姿もあったからね。」
刹那に、私たちに向けられた瞳。
その瞳に揺らめく色彩に、プラムの面影を感じる。
「だから、僕も、そうありたいって、思う様になったんだ。」
新しく手に取る、小さな部品。
ユズリハが、僅かに微笑む。
「それは、とても難しかったよ。善意として受け止めてくれる手だけではなかったから。たくさん、傷付いたよ。」
幾つもの部品が、私の腕を包んでいく。
「いつも、僕のそばに居て、寄り添ってくれたのは、プラムだった。僕の代わりに怒ってくれたこともあった。」
私の手を包む器具が、一つの色彩を織り成す。
手首を包む器具と、手のひらを包む器具が連なった。
「いつの間にか、僕にとって、プラムは、なくてはならない存在になったんだよ。」
その二つの器具に彩られるのは、黄色のアルストロメリア。
「うん。僕は、プラムに恋してる。」
ユズリハは、工具をテーブルに置き、私に微笑みかける。
「プラムには、秘密にしておいてね。僕から、伝えたいから。」
「うん。約束するね。」
私は、その微笑みに、温かく柔らかい音色を見る。
だからこそ、それ以上の音色へと紡げる様に、微笑み返した。
「できたよ。動かしてみて。微調整をするから。」
小屋には、小さな金属音が、優しく響いた。
揺れる蝋燭の灯火が、三人の影を包む。
「後は、ステラさんが慣れていけば、少しずつ出来ることが増えていくと思う。」
工具を片付けながら、ユズリハは微笑んだ。
「本当に、ありがとう…。」
私は、幾つもの雫を零しながら、何度も囁いた。
私にしがみつく様に、その腕で包み込んでくれているルナも、私と変わらぬ彩りで、ユズリハを見つめている。
「今は、大きな物を掴むことしかできない。でも、必ず、良くなるよ。」
ユズリハは、扉へと向かい、私たちに振り返り、微笑む。
外で待つ村人たちに、お披露目をする時がきた。
私たちは、ユズリハに続き、ゆっくりと外へ出る。
「お待たせしました。今回は、特に大変でした。やはり、巧緻動作を再現するには、もっと繊細な部品が必要です。でも、それは、手に入らない。なので、今は粗大動作の補助が主となります。ただ、ステラさんの指は、動かないわけではない。指が、動かし方というものを忘れてしまっている状態です。つまり、ここから先は、ルナさんと同様に、補助器具への慣れと共に、自ら動かす練習も必要になります。そこで、村の皆さんにも…。」
ユズリハの、止まらぬ詩は、星空へと響く。
村人たちは、私の手を取り、この器具に触れる。
そこに奏でられる歓喜の音色と、幾つもの問い。
私たちは、その穏やかな色彩に、心を委ねた。
ただ月だけが、全ての旋律を見守り続けた。
「あの、聞いてます…。」
ユズリハの切ない問いが、私たちの耳を撫でる。
「私は、ずっと聞いてるわよ。」
プラムが、憐れむ様な瞳を彩り、ユズリハの肩に手を置き、微笑む。
優しい風が、ユズリハとプラムの柔らかな髪を絡ませた。
村人みんなで囲む晩餐。
それは、日常となりつつあった。
私の右手は、器すら、まだ上手く掴む事はできない。
いつも、ルナと共に一つの大きなお皿を持ち、ルナがご馳走を口へと運んでくれる。
「いつも、ありがとう。」
私は、ルナへと微笑んだ。
「私も、ありがとう。やっぱり、ごめんねより、ありがとうの方が、嬉しいね。」
ルナの微笑みに、私は、ルナの麗しい髪へと頬を寄せた。
「ルナちゃんが食べさせてくれるから、何よりも美味しいよ。」
「じゃあ、ピーマンも、あげる。」
口に運ばれるピーマンを頬張り、その瑞々しい香りに満たされる。
「ありがとう。でも、ルナちゃんも、食べなきゃだめよ。」
私は、ルナの頭を、優しく撫でた。
「が、頑張るね。」
ルナは、瞼を強く閉じて、ピーマンを頬張る。
「にがあい…。」
「偉いね。よく頑張りました。」
私は、ルナと額を寄せ合い、微笑みの中に溶け合った。
それを少し離れた椅子に座り、ただ見つめる二つの影。
その一つの影が、大きく息を吸い込み、小さく囁いた。
「プラム、話したいことがあるんだ。後で、森の広場に来てくれるかな。」
その決意は、月へと反響した。
村と森を繋ぐ小道は、その色彩を少しずつ変えていく。
故に、どこからが森だとは、誰も言えずにいる。
その曖昧な移ろいが、変わらぬ答えへと繋がる。
「想いは、一つ。後は、それを伝えるだけ。」
ユズリハは、静かに吐息を撫でた。
囀りは眠り、風にそよぐ草木だけが、それに呼応する。
自らの足音すら、その耳に掴む余裕すらなく、ただひたすらに、かつて二人で戯れた地へと赴く。
「勇気を出せ、僕。初めて、誰かに手を差し伸べた、あの日の様に。」
強く握られた拳が、震えている。
それは、あの日よりも、ずっと大きく、故に、握られた拳も、ずっと強く。
「砕けたとしても、伝えることに意味があるはずだ。」
見上げる空には、月が煌めき、星が寄り添う。
「言い訳じゃないよ。あの星の様に、寄り添える人になるんだ。」
空に翳す手のひら。
少しずつ、震えが消えていく。
「例え、どんな答えが待っていても、それだけは変わらない。」
やがて辿り着いた広場。
それは、プラムが、ステラに案内した場所。
つい先日、みんなでピクニックをした場所。
かつて、二人で戯れた、思い出の地。
深く息を吐く。
もうすぐ、プラムが来るはず。
ユズリハは、全てを想像し、思案を重ねる。
「うん、全くわからない。」
初恋の為、想いを伝えることなどしたことがなく、そんな事を学んだこともない。
ユズリハは、諦めることの大切さだけは、知っていた。
「さあ、何と伝えようか…。」
そうなると、考えるべき事は、一つ。
空に彩る月と星。
そして、それを撫でる雲が優しく流れていく。
ユズリハは、それを瞳へと刻み、伝えるべき想いを、独り、静かに奏でた。
そこに蠢く影の存在に、気づく事なく。




