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第一楽章9節

「私ね、隠れんぼの魔法も作ったのよ。レーヌに気づかれない様に、外に出たくて。」

この危機を切り抜けるための思案を紡ぎ合う中で、メルの音色が弾む。

「でも、魔力までは隠せないので、あまり意味はなさそうね…。」

「なら、レーヌには気付かれていたんだね。」

私は、張り詰めた彩りに差した、穏やかな温もりに笑みを零した。

「うん。だからね、魔力を漏らさない様に練習したの。」


あの夜の記憶。

それが、私を不安にさせた。


私が視察に出ている間、メルは木の実を分けてもらいに行っているのだと思っていた。


メルならば、迂闊に手を出さなければ、潜む事は得意だ。

だが、泥だらけになって帰ってくる日が続けば、不安は、心を超えて溢れ出る。

「メル、毎日、何をしているの。」

芳しい焼き菓子を囲みながら、刹那の安息を彩る家族の中で、私は小さく囁いた。

「お友達になりたい子が居るの。でも、その子は恥ずかしがり屋なの。」

優しい笑顔が、私の瞳を包む。

「だから、仲良くなったら、紹介するわね。」

メルが、うさぎやリスと友人になるのを、何度も見てきた。

重く澱んだ音色が包む拠点に、穏やかな旋律を奏でたい。

その想いは、メルも同じなのだ。


泥だらけで帰ってくるのも、あの子たちと戯れた日々と同じように、追いかけっこでもしていたのだろう。

「余計な仕事を、増やさないでください。」

その度に彩られたレーヌの呆れた表情が、不意に浮かぶ。

今は、その仕事が、愛おしい。


不安は拭えないが、メルは、命の危険を顧みないような子ではない。

彼女の行動には、いつも意味がある。

私は、何度も、それに救われてきた。

私は、メルの思うままに任せることにした。



朝露が、静寂の集落を彩る。

私は、森へ入ったが、今日は視察に向かったわけではない。

息を潜め、気配を消す。

決して、気づかれぬ様、距離を取り、足跡を辿る。


信頼していないわけではない。

信頼していないわけではないのだ。

ただ、少しだけ、本当に少しだけ、…心配なのだ。


メルの歌声が、木漏れ日に揺れる。

その音色に寄り添う様に、小さな獣がメルを囲む。

メルは腰を下ろし、彼らとの旋律を奏で始めた。

「おはよう。みんな、今日も早起きね。」

メルの髪を撫でる小鳥が、その声に囀りをのせる。

「ねえ、私についてきてほしいの。どうしてもだめかしら。」

肩に乗るリスを撫で、周りに問いかける様に囁く。

「みんな、恥ずかしがり屋さんだものね。そんなところも、私は好きよ。」

メルの、彼らを戯れに誘う詩を背に、私は視察に向かう。


ほんの刹那でも、不安を抱いた私を許してほしい。

そこには、後悔だけが残った。



静寂が、拠点に仮初の平穏を奏で始める。

龍の動きも、全く感じられない。

それが、私の家族を安堵へと落とす。

故に、私は、彼の脅威に、気を許すことができない。

そして、メルにも、その張り詰めた旋律がのしかかってしまったのだろう。

メルが、病に倒れた。

平気だと嘯く彼女を寝かせ、私は、今日も視察に向かう。

それが数日ほど続いたころ、拠点に辿り着くより先に、鋭く響く旋律に愕然とした。


「…差し出せ…。」

微かに聞こえる声。

その声を聞いて、再び昇る陽光を見た者は、私以外に知らない。

聖剣とクレマティスを抜き、私は、拠点へと駆けた。



近づくほどに、静寂が世界を包む。

そこに、再び、あの声が響く。

「言葉を知らぬのか、小さき命よ。私は、メルを差し出せと言っている。」

誰も答えることなどできない。

そこに立ち尽くすことさえできず、ただ、震えている。

言葉を交わす必要などない。

私は、龍へと斬り掛かる。

「何だ、その鈍は。私と戯れたいのか、勇者よ。」

爪の先で弾かれた刃が、私の腕を痺れさせる。

「この先の洞穴へ、逃げてください。」

飛ばされた先で怯える家族に、小さく囁く。

この命と引き換えに、大切な家族を、愛する者を守れるのなら、安いもの。

「隙を見て、私も向かいます。」

だが、どうせなら、高く買ってやろうではないか。


私は、聖剣を盾に、クレマティスを矛に、触れてはならないものと対峙した。


何か、しなければ。

だが、どう動く。

どう動いてくる。

いや、動かせてはだめだ。

その僅かな歪みが、私の家族を消し去る。

私の足に、荊が絡み付く。

その締め付けられる温もりは、私の心を繋ぎ止めようとしてくれる。



「マオちゃん…。」


その声は、全てを止めた。

虚な足を這い、小さな歌声が、静寂に彩る。


「ごめんね、熱を出していたの…。クッキーなら、ここにあるわよ…。」

小屋から出た刹那、メルは、そこへ崩れる。

私は、柄を離し、メルを抱いた。

「大丈夫よ…。あの子は、誰も傷つけていないでしょ…。」

メルの小さな微笑みが、その静寂を溶かした。


「クッキーだと…。戯けるな、メルよ。私が、そんな物のために出向いたとでも思っているのか。」

虹色の瞳は、メルだけを写している。

「ごめんなさい。熱が辛くて、人形劇の魔法は使えないの…。」

メルの頬に、雫が伝う。

「…勇者よ。メルは、無垢なのか、愚鈍なのか…。」

「無垢だ。」

私の身でメルを隠し、向けられた視線を弾く。


「まあよい。生きているのなら、ここに用はない。」

風と共に轟音が響き、翼が広がる。

「ねえ、見て。魔王城より大きそうでしょう。だから、マオちゃんなのよ。」

飛び立とうとする彼に、メルが微笑みかける。

「私に、名など無い。」

そう言い残し、轟音は小さく響いていった。



この拠点に辿り着いてから、空を彩る星座は、姿を変えていた。

よつやく見つかった次の拠点へ、私たちの足跡が続く。

花の丘への旅路は、終焉を奏で始めた。

荒野に抜け、砂塵を纏い、これまでの道のりが淡く流れゆく。


ここから先は、身を隠すより、命を繋ぎ止める水が、拠点の基準となる。

蓄えた食料も、いつか枯渇する。

それまでに、辿り着かなければならない。


砂で覆われた青天に、翼の音が響く。

その影が大きくなり、私たちの前へと舞う。

「行くのか、メル、そして、勇者よ。」

顔を寄せるマオの鼻を、メルは優しく撫でた。

「寂しくなっちゃうね。」

マオが目を閉じ、静かに笑う。

「何を言う、私の棲まう場所は、お前たちの目指す場所の近くにある。」

やはり、私が聖剣を墓標に立てた場所、あそこが棲み家だったか。


「マオよ、何故、ここに来たのだ。」

私は、マオの瞳を見据え、想いのままに問う。

「かつて、私に刃を立てた友が居てな。そいつが全てを失った顔をして、その剣を捨てて去ったのだ。」

マオが、静かに空を見つめる。

「そいつを、笑いに来ただけだ。」

再び、マオの瞳が、私を捕える。

「友だと想っていたのは、私だけの様だったがな…。」

「私も、友だと想っていることを、あの日、思い出したよ…。」

私は、マオの頬に、そっと触れた。

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