第三楽章3節
村の近くの小さな森。
私は、そこに懐かしさ詩う。
幼い頃、私の住んでいた村の近くにも、森があった。
僅かな領土しか持たない貧しい貴族とはいえ、その娘である私は、そこで駆け回る事など許されない。
言葉を話し、文字を読める様になった頃には、すでに貴族のあるべき姿を学び始めていた。
そこに書かれていた答えが、村の友達と森へ入る事を拒絶した。
「じゃあ、私たちが説得してあげる。」
声をあげてくれたのは、リラブラン。
彼女は、村の子供達を、いつも束ねてくれるお姉さんだった。
貴族などという装飾は、この村には必要のないものだったが、それでも、いつも何も無いかの様に飛び越えてきてくれる。
私は、彼女が、一番好きだった。
「リラちゃん…、ありがとう。でも、怒られないかな…。」
「平気よ。怒られる時は、みんなで怒られるんだから、怖くないわ。」
リラブランの紡ぐ言葉は、いつも勇気をくれる。
友達みんなも、それに呼応する様に、声を奏でてくれる。
私たちは、微笑み合いながら、小さな屋敷へと向かった。
「たのもう。」
声を上げる男の子たち。
戦いに来たのだと勇む音色に、パパが顔を出した。
「スリジエ家に挑みに来たのかな。それとも、可憐に咲いた私の娘を奪いに来たのかな。」
厳かなる音色を奏で、いくつかの木剣の玩具を持ち出すパパ。
「どっちもです。」
リラブランが、その前に立ち、高らかに奏でる。
「では、皆の者、その聖剣を握るがいい。私を倒して、奪ってみせろ。」
まるでおとぎ話の悪魔を彩るかの様に、パパは笑う。
男の子たちは、我先にと、その木剣を受け取り、黄色く音色を奏でた。
「貸してくれるの。」
誰かが紡いだ音色、それにカノンする様に、瞳を輝かせる。
「ステラを守ってくれるなら、それを授けよう。家宝にするがいい。」
今度は、神様を演じるかの様に詩うパパ。
男の子たちは、歓喜を奏で、木剣を腰に携えた。
「リラちゃん、それにみんなも、こんにちわ。ちょうどクッキーを焼いたところよ。持っていきなさい。」
ママが大きな袋を持って、顔を出した。
その微笑みに、私もリラブランも、他の女の子たちも、歓喜を奏でる。
「あの、今から、森に行きたいんです。……ステラちゃんと一緒に…。」
リラブランは、震える音色を奏でる。
「ママ、お願い。誰も怪我しない様に気をつけるから…。」
私は、それにカノンする様に必死に詩う。
「良いわね。なら、木の実を集めるお使いをお願いしようかしら。明日のクッキーの味は、あなたたちにかかっているわよ。」
ママが、優しく微笑んでくれる。
「ならば、騎士たちよ、木の実を集めるお姫様たちを、その聖剣で守るのだ。」
パパが、穏やかに詩ってくれる。
私の大切な宝物。
私の大切な思い出。
ずっと心の奥底に閉じ込め続けた、小さな希望。
「いつか、また、あの村に帰りたいな。」
そこがもう、失われた聖地と知りながら、私は夢を零した。
「村…、ステラちゃんのおうちのところかな。」
花の蜜を集めるルナが、穏やかに微笑む。
「うん。少し、思い出しちゃって。昔、よく森に入っていたの。」
私は、木の実を集めながら、ルナへと微笑んだ。
「ねえ、ルナちゃん。」
「なあに、ステラちゃん。」
「おんぶしてもいいかな。」
動く椅子を贈ってもらってから、私は、ルナをおんぶしなくなった。
それが、少し、寂しかった。
「ルナちゃんを、私の全部で感じたくて…。」
私の伏せた目を覗き込む様に、ルナは微笑む。
「いいの。」
ルナの、その問うような音色が、瞳を輝かせていた。
背中に感じる温もり。
そこから伸びる手は、高い枝を彩る木の実に触れる。
「いっぱい、クッキーを作れるね。」
ルナの弾む音色が、私の心を優しく踊らせる。
手に持つ袋は、テラから贈られた大切なもの。
それを満たすのは、きらきらでもなく、宝珠でもなく、二人で集めた木の実。
それが、私たちにとっての何よりの宝物。
微笑みを分かち合い、触れ合う指先が、一つの木の実を包む。
それが、掛け替えのないひとときである事を、私は知っている。
「ねえ、これ、何だと思う。」
隣り合って座る株の椅子で、ルナが誇らしげに手のひらを広げる。
そこには、二つの赤い果実が彩られていた。
「野いちごかな。美味しそうだね。」
私は、穏やかな微笑みを奏でた。
「えへへ。とっても甘いの。さっき、見つけたの。」
そう言いながら、ルナは、その一つを指先に触れ、私の口へと運んでくれた。
「美味しい…。ルナちゃんが食べさせてくれたから、もっと美味しい。」
私は、微笑みながら、もう一つの野いちごをルナの口へと運んだ。
「あまあい。」
ルナの可憐な音色が、静かな森に、安らぎの旋律を反響させた。
木漏れ日が、私の頬を撫でる。
それが少しだけ擽ったくて、ルナの白銀の髪へと頬を寄せた。
繊細で柔らかな白銀が、陽光を煌めかせる。
頬に伝う温もりが、私の雫と交わる。
「幸せだね。」
「うん。」
互いに背を腕に寄せ、包み合う。
そこに伝う鼓動が、少しだけ旋律を早くする。
熱を帯びる心は、きっと、陽光が奏でる暖かなひと時のせい。
私たちの瞳は、ただ互いだけを彩る。
重なり合う額。
私たちは、その温もりに繋がった。
そこに、言葉は無い。
ただ、この胸から響く鼓動だけが、互いの思いを雄弁に奏でていた。
「あわわわわ…。」
森に彩る山菜を取りに来たプラムは、その色とりどりの食材を落とし、両手で口を抑えていた。
その瞳に映るのは、体を寄せ合い、顔を重ねるステラとルナ。
「ご、ごめんなさい。」
彼女は、思い出したかのように、山菜を拾い集め、森の外へと駆けて行った。
ステラとルナに、気づかれることもなく。
鍛冶屋の村へと戻った私たちを迎えたのは、少し不思議な彩りだった。
プラムが私たちに歩み寄り、小さく囁く。
「森の奥に、広場があるの。誰も知らない場所よ。そこで、よくユズリハと遊んでいたの。あそこなら、ちょうど良いわよ…。」
ここに来て数日。
プラムは、いつも私たちを気にかけてくれている。
ユズリハが、私たちのお兄ちゃんなら、プラムは、お姉ちゃんだ。
だから、きっと、私たちの計画に気づいていたのだろう。
「ありがとう。プラムちゃん。後で、案内してほしいな。」
私は、穏やかな微笑みを奏で、集めてきた木の実と蜜を運んだ。
向かう先は、村で分かち合う台所。
「楽しみにしていてね。」
私は、プラムに音色を届け、動く椅子を押しながら、そこへと向かった。
「た、楽しみに…、え…。」
その小さな音色は、私の背に届くことなく、優しく空へと舞い上がった。
芳しさが村を包む。
焼き上がったクッキーは、木の実と蜜が混ざり合い、野いちごのかけらが散りばめられている。
「あまあい。」
その一つを分かち合い、頬張った私たちは、指を絡め、見つめ合いながら音色を重ねる。
これなら、きっと、みんなも喜んでくれる。
私たちは、頬を寄せ合い、これから奏でる旋律に、心を躍らせた。
テラの袋に詰め込まれたクッキー。
それを両手に抱え、ルナは動く椅子に座る。
その椅子に彩られたアルストロメリアの柄を包み、私は、ルナと共に歩く。
その先で、村の広場に集まるみんなが、温かく迎えてくれる。
「お待たせしました。本当は、ここで楽しみたかったのですが…。プラムちゃんが、素敵な場所に案内してくれるそうです。」
私は、弾む心を抑えながら、穏やかに奏でた。
先ほどの森を、今度はみんなで歩く。
木漏れ日に揺れる囀りが、私たちの足音と共鳴する。
そこにあるのは、ただ穏やかなコンチェルト。
そこに潜む不協和音など、それを奏でる者以外には、知る由もなかった。
「思っていたのと、違う…。」
小さく漏れる、不協和音。
それは、プラムが思わず奏でた囁き。
その音色と共に、彼女の頬は、赤く燃え上がった。
「プラム、どうしたの。」
ユズリハが、心配そうに覗き込んだ。
「な、何でもないわよ。」
「顔が、真っ赤だよ。熱でも出てるのかな。」
ユズリハは、プラムの頬に手を添えた。
「違うわよ。お熱なのは、ステラちゃんとルナちゃんの方…いえ、何でもないわ。ただの勘違いよ。そう言うことにしておいて。もう黙って歩きなさい。ユズリハは、そうやって顔を突っ込むから、駄目なのよ。二人の世界は、二人に浸らせてあげるのが、マナーよ。もう本当に…。それにね、頬に手を添えるなんて、勘違いさせることも良くないわよ。でも…、ありがとう。」
止まらぬプラムの旋律に、ユズリハは、口を閉じるのを忘れていた。
「プラム、今日は、よく喋るね…。」
「そういうところよ…。」
頬を薄桃色に染めたプラムが、ため息を奏でた。




