第三楽章1節
岩肌の隙間に彩る、小さな草むら。
そこに眠る、二つの影。
ゆっくりと空に奏で始めた陽光に、夢を手放す。
瞼を開き、瞳に映すのは、現の楽園。
「ルナちゃんは、今日も天使だね…。」
微笑みを浮かべながら、小さく囁く。
誰に届かずとも、そこに奏でられることが、安らぎを紡ぐ。
だが、私は気づいてしまった。
薄く開いた瞼の奥に、ルナの瞳が私を捕まえていることを。
「……起きてるの…。」
私は、小さな音色を奏でて、ルナへと問う。
「えへへ、ばれちゃった…。」
柔らかなルナの微笑みが、小さなここに花開く。
「ルナちゃんが先に起きるなんて、珍しいね。」
「うん。だから、ステラちゃんの寝顔を見ていたかったの。」
起き上がる私に合わせて、ルナも起き上がる。
私は、小さく伸びて、陽光を全身に纏う。
ルナも、それを見つめながら、小さく伸びた。
「はい、お水。」
私は、筒をルナへと渡す。
ただ、昔の様に、開けてから渡すことは、もうできない。
その小さな変化に、私は少しだけ悲しくなった。
でも、ルナは、もっと辛い変化に苛まれている。
私は、その悲哀を包み隠す様に、微笑みを彩った。
「ステラちゃん、どうぞ。」
ルナは、筒の蓋を開け、私に手渡してきた。
「違うよ、開けて欲しいという事じゃないの。ルナちゃんに…。」
「私も、お姉ちゃんしたかったの、ずっと。」
ルナの、その柔らかな音色に、私は言葉より微笑みを奏でた。
「そろそろ、出発しよう。」
私は、ルナに背を向け、乗る様に促す。
「いつも、ごめんね。」
「謝ることなんて何一つないよ。いつも、ありがとう。ルナにくっ付けて、いつも嬉しいよ。」
「私も、いつも嬉しいの。」
重なり、一つに揺れる影は、ゆっくりと旅路を華やかに彩る。
この道の先に眠る廃村。
それは、新たな営みが芽吹き始めていた。
「ユズリハ、それでは連動反応が上手くいかない。」
我が子の作る色彩は、武具にはならない。
だが、カンパニュラにとって、それは、喜ばしい事でもあった。
彼は、生涯のほとんどを武具と向き合ってきた。
白妙のために命を賭して戦う者たちを守る為に、その使命を背負ってきた。
だが、同時に、それが奪うためにある事も、知っていた。
ただ、それは、扱う者に委ねられる。
ならば、その柄を握る者を信じ、託したい。
その想いは、自らが全てを奪われた時、崩れ落ちた。
歩んできた道を悔やむつもりも、恨むつもりもない。
だが、我が子には、別の道を歩んでほしかった。
「傷痍軍人だけじゃないよ。路地裏にだって、怪我が治らないままの人は、いっぱいいる。」
そう言って紡ぎ始めたのは数々の補助具だった。
鍛冶屋として名を馳せたカンパニュラの全てを、間近で見続けたからこそ、ユズリハは、それを身に付けてきた。
それを磨くことが、彼の今の歩む道。
彼が掴んだ未来。
カンパニュラを敬い、集った村であるが故、その名を鍛冶屋の村と称した。
だが、そこに鍛えられるのは、武具ではない。
例え失おうとも、もう一度、自由を掴むための凡ゆる手段。
ユズリハが路地裏に生き、その灯火と触れ合い、培った知識と、彼らの願望。
その旋律を、少しずつ奏で始めていた。
そして、それを叶えることができたのは、ステラとルナが分かち合った、無自覚なる施し。
故に、この再会は、偶然ではなく、必然と言える。
岩肌の道を抜け、木々が彩りを奏で始める頃、二つの影は、吐息を奏でることさえ手探りとなり始めていた。
「ステラちゃん、少し休もう。」
ルナが、心配そうに見つめてくる。
だが、夜が来るまでには、廃村にまで辿り着きたい。
そこは、すれ違った旅人が教えてくれた安息地。
残り僅かの食糧を分かち合い、安らぎの中で空腹を満たした頃、そのお礼にと、教えてくれた。
「もう少しで着くはずだから。ルナちゃん、最近、全然、食べてないから。寝ていてもいいよ。」
ルナは、頑なに食べようとしなかった。
理由は、わかっている。
歩けない事で、背負われ続ける。
私が足となり、歩み続ける。
故に、私に食べさせようとしてくれる。
私は、そうしたくて、そうしているだけなのに、ルナは、いつも、私を優先してくれる。
どれだけ、食べる様に願っても、満たされていると拒み続けた。
日を追う毎に軽くなる、背に感じる温もりは、私に焦燥を奏でる。
私が、もっと強ければ、ルナを心配させることもなかった。
廃村に着いたら、少し長く休もう。
今日には、辿り着くことができるはず。
明日は、歩かずに、ルナとのひと時だけを奏でよう。
きっと、そこは静寂の楽園。
二人だけの世界が待っている。
それだけで、重い足が軽くなる。
「明日は、少しのんびりしよう。木の実を探して、お腹いっぱい食べよう。」
私は、ただ前だけを見据えたまま、ルナへと囁いた。
背に感じる温もりが、優しく頷くのを感じる。
もうすぐ、着く。
後、少し。
その安堵が、疲労を思い出させる。
だが、辿り着けさえすれば、二人だけの園で、私たちの心身を養う事ができる。
その色彩が、私の瞳を彩り始めた頃、辛うじて掴んでいた意識が途絶え始める。
背に感じる温もりは、弱々しく吐息を紡ぎ、微睡みに落ちていくのを感じる。
後、少し。
それまでは、意識を手放すわけにはいかない。
ルナを、守らなければ。
ルナだけは…。
私は、緩やかな黒に溺れていく。
後少し…。
その足跡は、音色を失った。
私に触れる温もり。
それは、ルナのではない、それだけはわかる。
心を支配し始める、リュパンの影。
だが、力が入らず、抵抗ができない。
ルナは、無事なのだろうか。
ルナを探したいが、瞼すら開く気力が出ない。
ルナを守らなければ。
その想いだけで、体を動かそうと踠く。
指先が、動く感覚。
私は、その勢いに委ね、手のひらを握りしめた。
「ステラさん。」
私の僅かな動きに呼応するように、聞き覚えのある声が私の耳を撫でた。
「ユズリハくん…どうして…。ルナちゃんは…。」
掠れる吐息に、必死に音色をのせる。
「ルナさんも無事です。ゆっくり休んでください。食べ物も水もありますから、言ってくださいね。」
ルナも無事。
その言葉を聞き、私は再び夢へと落ちた。
再び現を取り戻した時、私たちは小屋の中に居た。
壁の隙間から差し込む光に、ルナを見つける。
私は、その手を優しく握りしめた。
握り返してくれる温もりに、私は安らぎを覚える。
静寂のひと時に、ルナを見つめ、思わず抱きしめた。
温かな鼓動が、私の中へと溶け込んでいく。
ルナの白銀の髪を撫で、確かに私たちは生きていると知る。
「はう…こんなに…食べれないよ…。」
ルナが、夢の中を現へと奏でる。
ルナは、ずっと上の中で耐えてきてくれた。
私が、頼りないばかりに…。
「ケーキは、三つで…。いちごと…うっ…、チョコと…それは、鶏肉なの…。」
ルナは、甘いものが大好きだ。
いつか、また甘いものを分かち合いたい。
「だめだよ…。それはステラちゃんのだよ。…食べちゃだめ……。はう…、やっぱり我慢できないの…。」
ルナちゃんは、いつだって私のことを考えてくれる。
せめて、夢の中くらいは、独り占めしてほしい…。
「まだまだ出てくるの…。そんなに…、ふうっ…、どうしよう…。」
困ってしまうほど、たくさんの食べ物に囲まれているのかな。
一度だけ、あったね。
それは、クリビアの館の庭で彩られた、テーブルを埋め尽くすご馳走の山。
それは、ナファルの誕生日。
路地裏のみんなも招待されて、誰もが、お腹が壊れそうなほど食事を楽しんだ。
「はう…、また出てきちゃった…。そんなに出したら…う…、恥ずかしいの…、ステラちゃん…。」
「一体…、何の夢を見えているの、ルナちゃん…。」
優しく抱き寄せた私の腕の中で眠るルナは、幸せそうな微笑みを浮かべながら、吐息を奏でる。
不可解な言葉を紡ぎながら。
「あう。」
小屋を貫く、突然の旋律に、私はルナを見る。
「どうしたの…。」
夢の中に漂うルナは、再び穏やかな吐息を奏で始めた。
「ご、ごめんなさい。」
背後に響いた音色。
私は肩を跳ね、振り向いた。
「貴女は…。」
見知らぬ声、それを奏でる者が、頭だけを覗かせる。
「いえ、目を覚ましたのか、様子を見にきたのですが…、私、何も見てませんから…。外で待っています。」
「ルナちゃんは、まだ寝ていますが、私はもう平気です。」
私は、彼女に中へ入るように微笑んだ。
「そ、それは、まさか、私も加われという事でしょうか…。」
彼女は、扉から顔を出し、怯えたように紡いだ。
私は、何かしてしまったのだろうか。
「加わる…、えっと、…何に…。」
「何でもないです。ごめんなさい。外で待ってます。」
私が戸惑っていると、彼女は、何処かへ行ってしまった。
ルナは、疲れている時ほど、眠りながら苦しそうに音色を漏らす。
私も、初めて聞いた時は、病に伏せたと思い違いをして、必死に看病をしていた。
だが、今は、その違いがわかる。
ルナは、その身に抱えきれない疲労の中で、何も言わずに耐えてきた。
この漏れる吐息から、私は、それを受け止めた。
深く、強く。
「ん…。」
ルナの可憐な音色が響く。
「起きたかな。」
私は、ルナの頭を撫でながら微笑んだ。
「まだ、寝てるの。だから、撫でてほしいな。」
「起きてても、いっぱい撫でるよ。」
私は、腕の中のルナを寄せ、頬を重ねる。
手のひらに感じる白銀の柔らかな髪が、心を弾ませた。




