第三楽章序節
白妙が、砂塵へと消えていく。
歴史が生まれるよりも以前から、この国は絢爛に彩られていた。
故に、それは永遠に続くとも、続かぬとも、それすら思うことはなかった。
それを奏でたのは、原初の魔王レーヌ。
その色彩を見た者は、歴代の魔王と勇者のみ。
それが、この世界を舞うなどと、誰が描けただろうか。
崩れゆく白妙を遠くに眺める、鍛冶屋のカンパニュラ。
「ユズリハ、みんなを集めろ…。ここも危険かもしれない。」
彼は、ステラとルナの施しを受け、王都を離れて、新しい道を歩むと決めた。
それに着いてきてくれた者も、大勢居る。
故に、二人の身を案じながらも、更に遠くへと移り住み、そこに鍛治の村を奏でることを決めた。
それは、決して短くはない旅路。
だが、漸く光に照らされた旅路。
それを歩む者に、振り返る影など一つもなかった。
砂塵の詩。
それは、魔法を超越した禁呪。
憎しみ合い続けた人族と魔族へと奏でる、終止符の始まり。
全てが砂と消える中で、それは終わり、そして始まった。
だが、争いを知らず、白妙に営みを紡ぐだけの小さな灯火には、関係ない。
突如、降り注いだのは、崩壊の悪夢。
それだけが、民の全てであり、真実。
白妙は、王宮に近いほど、その市街地に生きる者の身分は高くなる。
故に、騎士団の救援は、中心部が優先される。
それでも、その騎士団は、白妙の誇る師団グランディオーソ。
そこに市民権を持つ全ての民を引き連れ、幾つかの街へと避難した。
取り残されたのは、身分を持たない民。
路地裏に住まう、幾つもの灯火。
その中に、月と星の家の仲間も居た。
彼らは、既に傷を負っている。
幾つもの灯火を手放し、打ち拉がれている者ばかりだ。
だが、プロテアだけは、駆けていた。
もし、軍人である呪われた器が、今も尚、その灯火に満たされているのなら、先立つべきは自分自身。
それは、思考ではなく、摂理。
それが、プロテアの生き方だった。
一つ一つに声をかけ、広場へと集める。
やがて集う灯火は、ただただ怯えている。
それは、この刹那の彩りへの想いではなく、もう戻らぬ色彩への喪失。
故に、ここから動くことすら拒む者も多く居た。
彼らの望む明日は、白妙と共に在ること。
全てを奪われ、或いは、全てを捨てて、それでもここに留まり続けた。
彼らにとって、ここには、変えることのできない色彩と旋律が遺っている。
それは、自らの灯火よりも、重い。
「どうしても、ここを離れないのか。」
「当たり前だ。ここで妻は生きたんだ。今更、家を変える事などできるか。」
「だが、もうここでは、食べることすら叶わない。ここに居ても、飢えと共に消えゆくだけだ。」
「それを、不幸の様に語らないでくれ。ただ生き延びることが、幸せとは限らないんだよ、青年よ。」
プロテアは、返す言葉を見つけ足すことはできなかった。
彼もまた、その灯火を失うべき場所を探して、今も彷徨っている。
「わかった。俺たちは、白妙と漆黒の国境を目指す。気が向いたら、来てくれ。」
幾つもの灯火を残し、プロテア率いる民は、その足跡を奏で始めた。
彼らは、今も、それを名乗っている。
そこに、在るべき二人が居なくとも。
いつか、帰ってくることを信じて。
月と星の家。
そう、名乗り続けている。
月と星の家が、一つの連なりを成し、その手の届かぬ地に、もう一つの連なりが生まれた。
彼は、白妙でも有数の貴族。
その中でも異質だったのは、気品溢れる色彩を奏でながら、路地裏へと赴いていた事。
身分を偽り、共に得たと嘯いて分かち合う。
彼にとって、そこもまた家であり、彼らもまた家族であった。
彼は、二つの宝珠を首飾りに仕立て、その家系の証とした。
その宝珠は、ステラとルナから贈られし真の宝。
「受けた恩を、まだ返せていない。」
クリビアは、凡ゆる貴族が我先にと白妙を捨てる中、ここに留まった。
妻にナファルを託し、成すべき事の為に為す。
それが、彼にとっての貴族のあるべき姿。
そして、何より、息子の命を救われ、その礼に招いたにも関わらず、宝珠を授かった。
彼にとって、ステラとルナは、正に女神。
その女神は、自らを擲ってでも、他者へと尽くしている。
彼は、その二人を尊敬し、祈りにも似た想いを奏でた。
故に、彼女たちは、逆境にこそ、民の拠り所となる。
例え、そこに居らずとも、その反響と残響が、必ず民を支え、光へと導く。
その確信があったからこそ、クリビアは、一つの答えの中で、揺らぐ事のない意志を貫いた。
「この道の果てに、私の別荘と村がある。そこへ向かう。何も心配は要らない。私の家族たちよ。」
その叫びは、希望を手放しかけた路地裏の灯火に、再び温かな光を芽生えさせる。
クリビアの持つ本当の力が、ここに奏でられた。
彼らが白妙を離れた頃、ステラとルナは、更に遠く、星々の果てへと歩む。
ステラの手、そして、ルナの足が、その彩りを取り戻した。
それでも、まだ、思う様に動かすことなどできない。
一度その手を離れたものは、取り戻そうとも、それと繋がるには、多くの時間を賭して尽力する必要がある。
だが、そうである事など、二人が知る由もない。
空が宵闇に静寂を奏でる。
岩を這う地平線に、足跡が砂塵を纏う。
ゆっくり奏でる吐息は、掠れている。
それでも、ここで立ち止まるわけにはいかない。
せめて、身を委ねることが許される柔らかな土を探さなければ。
気づけば、静かに微睡みの吐息を奏で始めた鼓動に、微笑みが奏でられた。
私は、星に成りたかった。
成れないと悟り、絶望もした。
だけど今、背中に感じるのは、確かな鼓動。
動かぬ足を持つ月を背負い、動かぬ手を持つ星は、その温もりに生かされる。
そこに溶け合う鼓動だけが、私たちの真実。
私は、今、空の下で生きている。
そこに月が照らさずとも、ルナが微笑んでくれる。
そこに星が寄り添わなくとも、私はルナと共に在る。
私は、私の旅路を誇りに思う。
ルナに出会えた。
ルナが居てくれる。
ルナと共に歩ける。
何も後悔はない。
私は、ただ、ゆっくりと、足跡を奏で続ける。
優しいそよ風を、頬に感じながら。
「ステラちゃん、ごめんなさい…。」
少し弾んだ彩りが、背中に揺れる。
それは、優しい囁きを奏でた。
「どうしたの、ルナちゃん。」
私は、途切れる吐息を悟られぬように紡ぐ。
「寝ちゃってたから。」
「寝ていても、いいよ。」
「だめ。ずっと一緒だもん。」
静かに絡み合う音色が宵闇を揺らす。
流れる雲に、月が彩られ始めた。
ただ当てもなく歩む道。
この道の先に、何が在るのか。
私たちは、何処を目指すべきなのか。
「あのね、前に、知らない女の子に、教えてもらったの。」
私の背に頬を寄せ、ルナは途切れそうな音色を奏でた。
「私たちの行く宛ての事かな。」
その音色に微笑み、私は、その鼓動に弾む。
「うん。」
「それは、どこかな。遠いかな。」
できるだけ、遠く。
リュパンの届かぬ地まで。
私たちの本当の安息は、そこでようやく得る事ができる。
「きっと、遠いよ。」
「そうなんだね。良かった。」
私の微笑みが、風に舞う。
それが、ルナの白銀の髪を靡かせる。
やがて、ルナは、静かに奏でた。
「花の国という場所なの。」
空を彩るのは、この大地を見守る月と、それに寄り添う星々。
私たちの帰着点が、ここに紡がれた。




