第二楽章終節
天井が砂となり、陽光が差し込む。
「ルナちゃん、大丈夫…。」
鎖に繋がれたまま、私はルナを見る。
「ステラちゃんも、おててが…。」
「私は、平気…。宝珠のおかげかな…。痛くはないの…。」
「私も…。きっとステラちゃんの宝珠のおかげだね。」
痛みもなく、赤いせせらぎすら無い。
それを確かめ合う様に微笑みを彩るが、そこに安らぎはない。
リュパンが戻ってくる前に、何とか逃げないと…。
私は、上手くいくはずはないと分かりながら、鎖に繋がれた手を引っ張った。
その形を保っていた壁が、砂となって零れ落ちる。
「ルナちゃん、鎖を弾ませるかもしれないわ。」
私は、抑え切れない微笑みに紡ぐ。
ルナは、それを見て腕を引っ張るが、外れそうにない。
私は、足の鎖も壁から外し、ルナの鎖を引く。
壁は、簡単に崩れ落ちた。
「ステラちゃん、力持ちだね。」
ルナが瞳を煌めかせて微笑む。
「喜んでいいのかな…。」
私は、何とも言えない気持ちになった。
枷の鍵は、壁にかかってある。
私はそれを掴み、私たちを繋ぐ全てを外した。
「逃げよう。」
私は、ルナに背を向けて、乗る様に促す。
「私は、行かないの。」
ルナは、穏やかに微笑んだ。
「何を言ってるの。早く乗って。」
私は、急かす様に奏でる。
「私を背負っていたら、すぐに追いつかれちゃうの。」
ルナが、壁が崩れないと紡いだ理由。
私に一人で逃げてもらうための嘘。
私を守るための、優しい嘘。
何より、悲しくて、嬉しい嘘。
だから、私は、絶対に守る。
「平気よ。私、かけっこなら得意だから。路地裏でも、子供達に負けてなかったでしょ。」
「んー…………んー…負けてたよ…。」
「…。そんな昔のことは、忘れたわ。早く乗って。」
「だめ。ステラちゃんだけで逃げて。」
「嫌よ。絶対に嫌。」
「ステラちゃんまで、また捕まっちゃう…。」
「一緒に居ようねって約束したよ。」
「…でも、昨日、ステラちゃん、私を置いて行ったよ。」
「ご、ごめんなさい…。でも、もう二度と、離れない。」
私は、ルナを抱き上げ、立ち上がる。
だが、その場で蹌踉めき、うまく動けない。
「う…。ごめんね、ルナちゃん、ちょっと疲れてて…。やっぱり、おんぶさせてほしいな…。」
「ごめんなさい。おんぶにするの。」
ルナは、慌てて私のお願いを聞いてくれた。
いつだって、ルナは、私が困ると助けてくれる。
初めから、こうすれば良かったと、私は溜息をついた。
階段を登り、地上の彩りに、私は目を疑った。
全てが砂と化し、白く砂塵が舞っている。
「何…これ…。」
私が呆然と立ち尽くしていると、ルナは私の背から顔を出した。
「大きな砂場みたいだね。」
ルナの輝く音色に、私は少しだけ心が安らいだ。
「行こう。」
とにかく、ここから遠くへ離れなければならない。
リュパンが、何をしに行ったのか、どこまでいったのか、いつ戻るのか、何もわからない。
だからこそ、できるだけ早く、できるだけ遠くに行きたい。
もう二度と、捕まらないために。
「ステラちゃん、待って。」
ルナが慌てた様に音色を奏でた。
「ど、どうしたの。」
思いもよらぬ声量に、私は思わず肩を跳ね、ルナへと目を向ける。
「テラさんの袋が落ちてる。」
「本当だ。…空っぽだね。でも、見つかってよかったね。」
「うん。またいっぱい色んなの入れられるね。」
「これから、色んなものを集めに、色んなところに行こうね。二人で一緒に。」
私たちは、瞳を絡め、ここに約束した。
もう、何処が防壁だったのかさえわからない。
私たちが持つのは、テラからもらった袋だけ。
でも、背にはルナがいる。
私は、私として、もう一度、歩き出すことができた。
それだけで、私は幸せ。
これ以上、何も望むことなんてない。
「ステラちゃん、喉が渇いちゃったね…。」
私たちは、歩き始めてすぐに、水を望んだ。
昨日の夕方に、路地裏のみんなと食べた晩餐以降、私たちは、何も口にしていない。
「そうだね。何処かに、川はないかな…。」
私は、辺りを見渡す。
「泳ぐの。」
嬉しそうに問いかけるルナ。
「水を飲むのよ…。」
私たちは、川を求めて、歩き出した。
「ステラちゃん、あっちの方に川の音がするの。」
ルナが指を刺す先には、何も見当たらない。
でも、ルナが言うなら、きっとそうなのだろう。
私は、その方向へと歩み出した。
「ねえ、ルナちゃん…、どうしてわかったの。」
川には辿り着いた。
辿り着いたのだけれども、思いの外、遠かった。
このせせらぎを、ルナは聞いていたのだろうか…。
「目があまり見えないと、音がよく聞こえる様になるの。」
ルナの微笑みに、私も納得した。
「それにしても、遠かったね…。」
ただ、ここまで来れば、少し休んでも、平気だろう。
「水が、気持ち良いね。」
私は、ルナに微笑みかける。
手に触れる水が、優しく私たちを癒してくれる。
そのせせらぎが、私たちに小さな光を奏でてくれる。
柔らかな陽光は、もうすぐ大地へと眠るだろう。
見渡す草原に、小さな風が舞った。
「ねえ、ステラちゃん。」
ルナが両手を小さく広げている。
私は、そっと体を寄せ、背へと腕を添えた。
重なり合う鼓動が、私たちが世界で二人だけの様に優しく奏でる。
私の瞳に映るのは、私だけが映るルナの瞳。
それは、溶け合う様に近付いていく。
閉じた瞼。
絡み合うまつ毛。
触れ合う吐息。
そこに感じる温もりが、重なり合う旋律を彩る。
私たちの初めて。
それは、茜色に染まりゆく空へと溶け込んだ。
一つの音色が、静かに弾む。
それは、私の中のルナと、ルナの中の私が一つになろうと芽吹く音。
私たちは、気づいている。
互いに、その肢体へと彩った宝珠が触れ合っていることを。
それは、優しく絡み合い、一つの旋律を奏でる。
私たちは、その穏やかさに、微睡みへと沈む。
ようやく得られた安息が、夢へと誘った。
その心地よさが、全てを忘れさせてくれる。
絡み合う指。
それは、決して離れぬ誓い。
共に歩むと、奏でた願い。
故に、宝珠は、静かに煌めく。
失ったものを、取り戻す様に。
静寂の空。
月が見守り、星が寄り添う。
その彩りの中で、私は、現へと揺らめいた。
ゆっくりと起き上がり、瞼を擦る。
「…。」
それは、小さな違和感。
その違和感に、ルナを見つめる。
私は、これが夢であると戸惑う。
「おはよう、ステラちゃん。」
知らぬ間に、私は、両手でルナを揺らしていた。
その穏やかな彩りに、ルナはゆっくりと、体を起こす。
「戻ってる…。」
「どうしたの。」
「ルナちゃん、戻ってるよ。ルナちゃんの足も、私の手も。」
純白の宝珠は、何も増やさず、何も減らさず、全てを還す。
金色の宝珠は、ただ癒し続ける。
それは、何を選ぶこともない。
何処までも広がる空の下で、私たちは、抱き合った。
幾つもの宝珠を、その瞳に奏でながら。




