第二楽章11節
ごめんなさい。
この節は、特に閲覧注意です。
かなりセンシティブです。
残酷描写が、たくさんあります。
必要だと考えたので描きましたが、本当に辛い表現ばかり続きます。
なので、今、辛い想いをされている方や、過去に、辛い想いをしてこられた方は、避けた方がいいかもしれません…。
白妙の宮殿。
そこには、もう王はいない。
勇者と魔王を討つべく取り囲む騎士団と、地に伏すテラとメル。
それは、灯火を抱き、夢を描くのを手放しかけた頃。
白妙の空に咲き乱れた祈りは、勇者の加護に触れ、宝珠を奏でる。
その旋律が、思わぬ再会を彩った。
原初の魔王、レーヌの降臨。
彼女が紡ぐ詩は、魔力ですらなく、奏でられぬ音色。
それは、聖域により落とされた色彩。
「砂塵の詩。」
その旋律は、白妙の全ての刃と石造りを砂へと還らせた。
それは、白妙随一を誇るリュパンの館でさえ、その例外ではない。
要が砂と化し、綻び始めた壮麗なる佇まいは、そこに孕む絢爛なる装飾と、手に余る宝物に耐えきれずに崩れ落ちる。
「退避だ、退避しろ。」
叫び声を奏で、逃げ惑うのは、リュパンの私営騎士団。
「追うな。ステラちゃんとルナちゃんを探すんだ。」
それを追おうとする月と星の家の仲間。
彼らを引き留め、成すべき事へと導くのは、プロテア。
自らの手で見つけられなくとも、二人の居場所を知っている人物が、一人は居る。
そして、彼が為すであろう事、この色彩が生じたが故の答え。
リュパンは、宝物庫に向かうはず。
彼を拷問してでも、二人の居場所を聞き出す。
リュパンは、商人とはいえ、その財力を以てして、都を牛耳り、絶大な権力を得た。
彼に刃を突き付けるなど、その罪の重さは、計り知れない。
「あはは。」
プロテアは、思わず吹き出した。
そんなもの、あの路地裏に辿り着いた日に、捨てた。
そんなもの、ステラとルナに比べたら、羽根より軽い。
彼が持つ小剣は、武具ではなく生活のための道具。
故に、それを刃と見做す者は、私営騎士団のみであった。
プロテアの予想は、当たっていた。
鎖に繋がれたステラとルナを地下に残し、リュパンは宝物庫へと駆け上がる。
だが、取り残された二人は、その彩りを、ただ眺めるだけではない。
その瞳から零れ落ちた宝珠を、彼へと投げつける。
「二度と、私たちの世界に入ってこないで。」
それは、二人が奏でた、唯一の報復。
「後で、心ゆくまで貪ってやる。」
頭にぶつかった宝珠を拾い、歪な笑みを浮かべて、口へと運ぶ。
嚥下されたそれは、喉を通り、肢体へと溶け込み、混ざり合う。
貪欲な旋律は、それを覆い、彼の鼓動を感じる事は、二人には叶わなかった。
ただ、その旋律は、意図せぬ脈動を奏で始める。
それが芽吹くのは、陽光に舞う禁呪と触れる時。
宝珠は、ただ静かに、その時を待つ。
何も選ばず、何も増やさず、そして、何も減らさない。
ただただ、在るがままに、それを待っていた。
砂塵に埋もれゆく絢爛は、ルナが交換にと差し出したテラの袋を包んでいる。
見渡せば、都のほぼ全てが白い砂と化していても、リュパンにそれは映らない。
「これだけあれば、立て直せる…。」
砂の山を掘り起こし、取り出したのは、テラの袋。
それを開け、溢れるほどの金貨と宝珠を覗く。
これに加え、地下室の床を埋める宝珠。
その価値は、宮殿が幾つも建つほどの富を与える。
「あんな人形を早く消し去り、新たに宝珠を生めなくしなくては…。」
如何なる価値も、蔓延れば、それを失う。
だが、独占すれば、富は一つへと集う。
ならば、逃さぬ様に囲えばいい。
それで良かったはずだった。
だが、ステラとルナは、そこから這い出た。
あろう事か、仲間を引き連れて、崩壊を呼んだ。
「あんなもの、もう要らん。」
歪な不協和音が、砂塵を揺らす。
その埃に塗れ、リュパンは、視界を見失った。
故に、向けられたそれに気付くことができずにいた。
「ステラとルナは、どこだ。」
プロテアの赤い旋律が、リュパンを劈いた。
「お前は…。私は、お前を知っている。戦場のリスノワール、灯火の狩人プロテア。」
リュパンは、朗らかに微笑みを演じ、その不協和音を隠す。
「お前を雇ってやろう。いくら欲しい。」
プロテアは、それに答えず、リュパンの右目を貫いた。
「もう一度、聞く。ステラとルナは、どこだ。」
プロテアの瞳は、揺るぎなくリュパンを捉える。
「貴様、誰に何をしたのか、わかっているのか。」
その悲痛な叫びさえ、プロテアの色彩を変える事はない。
プロテアは、リュパンの髪を掴み、左目を貫いた。
「これが、最後だ。ステラと…。」
「に、逃げた。あいつらは逃げた。どこに行ったかもわからん。」
「そうか。」
リュパンが、自らの所有物と奏でたものを、逃したままにするはずがない。
まして、二人は捕えられていた。
この短時間で、混乱に乗じて逃げたと言いたいのだろう。
だが、この館は、月と星の家の仲間に囲まれていた。
プロテアは、リュパンの首を貫いた。
「あ…ぐ…。」
砂塵の舞う地に沈むリュパン。
だが、流れ出す赤に、灯火は乗らない。
それは、一つへと収束する。
混ざり合った宝珠が、器を侵食した。
芽吹いた花が、灯火を呑み込む。
それは、リュパンの中に紡がれる色彩。
故に、逃れる事はできない。
純白の金色の空間。
そこに限りは無く、音も影も無い。
「誰か。」
リュパンは、叫ぶが、それは響かず収束する。
「何なんだ、一体…。」
仕方なく、歩き出す。
出口は何処か、あるいは入口なのか。
地も空も、その先も、全てが純白の金色。
ついに、リュパンは、その空間から出る事を諦め始めた。
もう、何日も食べず、飲まず、それがどれだけの時間を彩ったのかさえわからない。
ただ、微睡みに落ちようとすると、リュパンに全てを奪われたという音色だけが、肢体に反響する。
それは、誰の声でもない。
リュパン自身の声ですらない。
混ざり合う様に、短音が響くだけ。
故に、現に縛られ続けた。
何年経っただろう。
数時間しか経っていないとも感じる。
だが、この先が閉じる事が無いことだけはわかる。
その意味も、その理由も、それが齎すものも、何も分からないままに。
やがて、そこに黒い色彩が滲み始めた。
漸く現れた変化にリュパンは、歓喜を奏でようとした。
それを掴む歪な手。
顔を覆われ、四肢を掴まれ、引き摺られる。
抵抗の声すら出せず、瞼を開こうとも手に覆われた闇だけが奏でられる。
そこに聞こえ出したのは、嘲りの旋律。
それに気づいた刹那、リュパンを覆っていた無数の手が、その全てを引き裂く様に引いていく。
故に、服は剥ぎ取られ、肢体に柘榴が咲き乱れる。
漸く光を取り戻した瞳に彩られていたのは、かつて自らが蔑んできた幾つもの影だった。
それは、一糸纏わぬ醜い肢体を嘲笑い、罵声を奏でる。
彼にとって、その影は、彼によって支配された傀儡達。
本来ならば、ここに立つのは、リュパンではなく、その傀儡のはずだった。
その傀儡が、このリュパンを晒し者にして、嘲笑う。
許可なく言葉を紡ぐだけでも、怒りに満ち溢れる。
それが、あろう事か、彼を罵倒している。
リュパンは、抑えきれぬ怒りに震え、言葉を紡ごうとするも、一つの音色も紡げない。
そして、その醜い肢体を隠そうにも、磔られたように、動くことができない。
幾つもの目が、リュパンを突き刺し、嘲る。
彼の築き上げた尊厳は、容易く崩壊していく。
だが、それは、瞬く間に再生した。
恥辱と憤怒が入り混じる中、それは巡り、途絶えぬ反響を奏で続ける。
遂に、リュパンの中に張られた弦が切れた刹那、薄暗い鳥籠に堕ちていた。
鎖に繋がれ、身に纏うのは穢れた薄紗。
聞こえてくる足音が、恐怖を突き刺す。
リュパンは、それを見つめる。
その先に、何が待つのかは、未だわからない。
ただ、それが、悍ましい影であることだけは理解していた。
鉄格子に彩られ始めたのは、富に肥えた醜い足。
月を背に、歪な笑みを浮かべたそれは、鉄格子をゆっくりと開ける。
その錆びた音色が耳を劈く頃、自らが寝ていることに気づく。
瞳は開かれ、意識は覚醒しているのにも関わらず、彼は動くことさえできずに眠る。
故に、それが振り下ろされるのを見た。
「お…ぐえ…。」
吐瀉物と共に、腐った音色がこぼれ落ちる。
それは、靴底で抉られた腹の痛み。
「起きろ、人形。」
聞き覚えのない声は、これまでの旅路で奏で続けた音色。
その音色が、動けぬリュパンの耳を切り裂く。
だが、答えるよりも早く、次の痛みが奏でられた。
靴底が、顔を踏みつける。
軋む骨の音が、肢体に響き渡る。
それでも、指先一つ動かす事は、叶わない。
それが、その影の怒りを買ったと、リュパンは思い知らさらた。
靴の先端が、瞳に映る。
それは、閃光を放つ様に、リュパンの鼻筋を飛ばした。
飛び散る赤い花弁は、やがて口を満たす。
「はひゅ…はひゅ…。」
もはや、何を紡ごうにも、それが言葉を彩る事はない。
何故、こんな目に…。
それが心を支配した刹那、彼は答えに辿り着く。
この影は、リュパン自身。
だが、それが意味するものなど、何一つわからない。
わかろうとする余力すらない。
留まることを知らない痛みが繰り返され、肢体が潰され続ける。
最早、そこに流れる赤いせせらぎが、いつ始まったのかさえわからない。
許してくれ。
そう祈り続けるも、それを許さなかったのは、リュパン自身。
やがて、その全てが苦痛で麻痺する頃、リュパンの首に、鎖が繋がれた。
引き摺られるがままに階段を落ちる。
その扉の先に彩られた旋律は、これから起こることを優しく教えてくれる。
数々の器具が並べられ、鉄の腐臭に満ちた部屋。
そこは、リュパンの遊戯室。
荊の枷が手足を縛り、微動を紡ぐ度に身が抉られる。
薄紗すら剥ぎ取られ、身を守る物など一つもない。
そこに加えられるのは、熱した鉄。
声無き声で叫び、肢体を捻る。
それが、荊を食い込ませ、更なる苦痛を奏でる。
やがて、それが穏やかさを彩り始める頃、鉄の鞭が、肌を這う。
その度に飛び散る赤い花弁は、少しずつ身を削っていった。
影が腕を振り上げる度に、次の苦痛へと構える。
それが振り下ろされる頃、構えたことさえ無駄であったと悟る。
それでも、意識だけは鮮明にリュパンを起こし続けた。
もはや、力は残されていない。
息を吸うことすら、その痛みに斑らとなる。
だが、それで終わる程、彼の奏で続けた色彩は甘くはない。
集まり寄る複数の影。
その中心に立つのは何なのか、もうリュパンはわかっていた。
それは、リュパンが奏で続けたリュパン自身。
その悍ましく不快な不況音。
それは、嘔吐を催す悪臭と共に、粘り気のある泥に塗れた醜物を肢体へと抉り込ませた。
口を塞ぎ、蠢き、得体の知れぬ汚濁を流し込む。
思わず吐き出すそれは、燻んだ緑を孕ませ、白濁に蕩ける。
影がリュパンの髪を掴み、それが這う石造りへと叩きつける。
「舐め取れ。」
その声は、逆らう事を許さない。
震える舌で、ゆっくりと舐め、それを嚥下する。
吐瀉物と共に、濁った雫が瞳を溺れさせるが、何も変わらない。
その悍ましい醜物に口を塞がれたまま、腹部に疼痛を奏で、肢体の奥へと不快が這い上がる。
それは、肢体の中を蠢く蚯蚓の如く、それは這い摺り周り、蛆虫を産むかの如く、白く腐乱した花弁を撒き散らす。
それが、リュパンの心身を蝕み、呑み込み、瞬く間に糜爛していく。
引き抜かれたそれに、糜爛してゆく心が揺れる。
たが、それが休ませてくれることなどない。
再び始まる色彩に、終わらぬ悪夢を呑み込んだ。
いくつもの不協和音が、永遠に続く。
リュパンの持つ全てが、ここに破壊される。
彼は、彼が人形であると思い始めた。
虚無に全てを委ね、塵ひとつとして意思の持たぬ人形。
それは、彼が彼を守る為の唯一の盾。
だが、それも、打ち砕かれる。
癒しの再生。
記憶と痛みだけが残り、傷は消え、意思が芽生える。
そして、始まる、最初の旋律。
永遠の夢。
リュパンが与えてきた、疼痛、鈍痛、苦痛、屈辱、悲哀、後悔、欠損、凌辱、加虐、略奪、奪取、挙げきれぬそれが、全て還る。
終わらぬ夢に果ては無く、虚無すら無い。
ただ器は朽ちていく。
それでも、それを孕みながら咲く花は、永遠を彩る。
純白と金色が混ざり合い、リュパンが奏で続けた色彩に溶け堕ちたまま。
純白の宝珠は、何も増やさず、何も減らさず、全てを還す。
そして、金色の宝珠は、ただ癒しを与える。
それらは、何を選ぶ事もなく、その色彩を奏で続ける。




