第二楽章9節
彼は、以前より続く魔族との争いに、参加していた。
そこで奪った灯火は、数え切れない。
その一つ一つの顔を、今でも夢に見る。
故に、戦場に散る事を、願い続けていた。
だからこそ、我が身を削ってでも剣を振り、切り落とされた腕を知りながらも咆哮を貫いた。
それでも、彼は、白妙へと戻された。
自らの墓標は、要らない。
だが、灯火が残されたのなら、それを何かに捧げたい。
その願いを刻み、白妙を彷徨う。
行き着いた先は、路地裏だった。
そこに彩られていたのは、自らと同じ、虚無の旋律。
何かをしたい。
だが、それが何なのかは、何一つ芽生えなかった。
その路地裏で言葉を交わすうちに、一つの影を知る事となる。
王宮ですら手を焼いていた男、自称錬金術師のリュパン。
彼に奪われた者、傷つけられた者、逃げ出した者、それらは全て、行き場を失っていた。
戦場で、灯火を終わらせたい。
その願いが、再び火を彩った。
彼は、少しずつ剣を集める。
路地裏には、かつて名を馳せた鍛冶屋カンパニュラも居た。
故に、それは容易く叶った。
それだけでなく、彼は義手も手に入れた。
これで、戦える。
その決意に立ったのは、彼だけだった。
恨みを奏で、絶望を彩り、その手を伸ばすのは、今を生きる事。
路地裏には、明日を夢見る者は、一人として居なかったのだ。
彼は、集めた武具を部屋へと隠し、この小さな街を守る事にした。
それは、過ごしてみると、穏やかな日々だった。
戦う事を忘れ、日々の営みに触れる。
彼は、生きるという意味を、少しだけ学んだ。
だが、ここに陽光は差し込まない。
いつまでも、市場や大通りの影に隠れて、息を潜める。
それが、どうしても苦しかった。
そんな彼を支え続けてくれたのは、アプフェルだった。
故に、彼女だけには、武具を隠した秘密の部屋を教えていた。
そして、一つの鍵を分かち合った。
いつか、立ち上がるべき時に、その糧となるべく。
「その時が、来たよ。プロテア。」
扉を開き、月と星の家の仲間と共に、中へ入る。
そこには、山の様に積まれた剣と防具が彩られている。
「みんな、怖いよね。私も怖い。このまま、見ているだけでもいい。明日は、何も変わらない。同じ様に、その日を生きながらえる食べ物を乞うだけでいい。そうしていれば、私たちは生きることができる。」
アプフェルは、仲間へと振り返り、微笑みかけた。
「でも、私は、行く。ステラちゃんにも、ルナちゃんにも、まだ何もお礼してない。与えてもらってばかりで、何も還せていない。」
その瞳に、揺るがぬ意志が燃える。
「私は、ステラちゃんが好き。ルナちゃんが好き。そんな二人が、今、地獄へと囚われた。」
握る拳に、赤いせせらぎが滴る。
「……許せない。絶対に、許せない。」
山積みとなった防具を被り、吐息を奏でる。
「これの使い方なんて、わからない。」
剣を握りしめ、囁きは、咆哮へと変わりゆく。
「私たちは、路地裏に来た日、灯火があるだけの器だった。それを生きる私たちに変えてくれたのは、他の誰でもない、あの二人。」
その咆哮は、路地裏に響き渡り、その脈動を震わせる。
「だったら、命を賭してでも、守らないと、何のために生きてるのかわからない。」
その旋律に、呼応する咆哮が、雷鳴の如く空を割った。
「暴動だ。」
誰かが奏でた音色。
その時には、もう誰も止めることのできない蜿となって、一つの館を濁流へと呑み込もうとしていた。
その旋律が、空を穿つ頃、プロテアは、リュパンの館の前に立っていた。
手に持つのは、小さな剣。
護身用というよりは、生活のための道具として、それを携えていた。
だが、今は、何より心強い相棒となって、傍に立ってくれている。
「ここに、二人の少女が居るはずだ。案内しろ。」
門の前に立つ護衛の髪を掴み、その刃を目に突きつける。
「抗えば、お前は光を失う。そこのお前もだ。」
仲間を呼ぼうとするもう一人の護衛を睨む。
だが、それに従うほど、彼らも弱くはない。
故に、プロテアは、髪を掴まれた護衛の瞳を貫いた。
「どうする。お前も、こうなりたいか。」
ゆっくりと近づくプロテアに、護衛は従う他なかった。
だが、中には、私営騎士団が居る。
護衛の様な素人ではない。
戦場を経験していないとはいえ、彼らが騎士である事には変わりない。
まして、相手が持っているのは長剣、或いは槍。
室内という狭い空間という利点はあるが、数では圧倒的に不利。
勝てる見込みなど無い。
「それが、どうした。」
プロテアは、自問自答へと、自らの旋律をぶつけて、それを潰す。
この先に、ステラとルナが捕えられている。
理由なら、それで充分。
プロテアは、案内させた護衛の灯火を切り裂き、向かってくる騎士へと刃を構えた。
飛び散る肉片と赤い花弁。
その彩りに怯え逃げ惑う、新たに雇われた給仕たち。
プロテアは、切り裂くものを選んでいた。
全てを相手にはできない。
それよりも、抗う意思無き者を壊すわけにはいかない。
彼は、戦場に生きる事を望んではいない。
彼は、戦場に散る事を望んでいる。
故に、二人を守ることさえできれば、此処に散ることこそ、彼の帰着点なのだ。
義手となった腕は、鋼鉄の槌。
残る腕には、赤く染まった刃。
その様は、正に鬼神。
だが、押し寄せる騎士の波は、彼を飲み込む。
故に、リュパンの館は、赤い海へと溺れ始めた。
その旋律を、誰よりも早く予想し、最奥の鉄格子の廊下へと駆けるのは、リュパン。
その憤怒の旋律のままに、彼は、一つ目の扉を開ける。
「ステラちゃんは、おうちに帰してあげましたか…。」
鎖に繋がれ、吊り下げられているのは、白銀の髪を赤いせせらぎに染め、透き通る肌を刻まれたルナ。
彼女が、途絶えかけの吐息の中で、静かに音色を奏でた。
それを見つめるリュパンの顔は、歪に微笑んでいる。
「あの女なら、もう、この世界には居ない。私の手で、灯火を奪ったからな。」
彼が期待している事は、一つ。
ルナの雫が成す、純白の宝珠。
「嘘ばっかりなの…。」
ルナは、目を伏せたまま、静かに奏でた。
「泣かぬなら、地獄を見せてやろう。」
その為に、残しておいた灯火。
それは、鉄格子の更に奥、階段の先の地下室にある。
「楽園へ、案内してやろう。」
ルナの首を鎖で繋ぎ、リュパンは、そこへと引き摺っていった。




