第二楽章8節
柔らかな陽光が、箱を啄む。
漏れる光に、ルナが目を擦る。
「ステラちゃん、おはよう…、ステラちゃん…。」
ステラの姿が見当たらず、辺りを見渡す。
だが、そこは、小さな光が差し込むだけの暗闇。
ルナは、ぽろぽろと宝珠を零し出した。
箱から漏れる嗚咽に、路地裏の人々が集まり、それを開けた。
「ステラちゃんが、居ないの。」
そこには、泣き噦るルナの姿があった。
ルナは、あまり目が見えない。
故に、一人で歩かない約束をしていた。
そして、それを叶えるために、常にステラが傍に居る。
そうでなくとも、ステラがルナを置いて居なくなることは考えられない。
ステラが居ないということは、何かに巻き込まれたということ。
それは、瞬く間に全ての路地裏に広がる。
ステラを探すことに協力しない者など、一人もいない。
「とりあえず、路地裏は全て見た。可能性が高いのは、市場か広場…。俺は市場を見にいく。アプフェルは、広場へ行ってくれ。それぞれに着いていく者は…。」
指揮を取るのは、プロテア。
片腕を失った傷痍軍人だが、その意志は折れずに居た。
それでも、路地裏に住んだのは、贖罪の為。
彼にとって、誰かを救うことは、生きる意味であった。
「私たちは、月と星の家の仲間。ステラちゃんとルナちゃんのお陰で今がある家族よ。絶対に、見つけだすわよ。」
アプフェルの叫ぶ声が路地裏に響く。
それに呼応する音色と共に、広場へと駆け出した。
ステラの手がかり。
それは、思わぬところに残されていた。
防壁近くの広場。
路地裏より荒廃した此処に来る者など、殆ど居ない。
それを見つけたのは、幼い子たちだった。
彼らもまた、ステラを探すために都中を駆け回る。
だが、大人の様に、遠くへは行けない。
だからこそ、大人が見落とした場所へと辿り着いた。
「これ…、ステラお姉ちゃんのだ。」
「そうだね、きっとそうだよ。急いで戻ろう。」
金色の宝珠。
それが、ステラから生み出されるものであることは、月と星の家の者なら、誰でも知っている。
子供達は、それを拾い集め、路地裏へと戻った。
路地裏に居るのは、ルナ。
一人で動いてはいけないとの約束を守り、宝珠をぽろぽろと生み出しながら、座っている。
それは、山の様に積もり、見えているのは顔だけだった。
思いもよらぬ彩りに、路地裏に戻った子供達は、小さな悲鳴をあげた。
「ルナお姉ちゃん、これ、ステラお姉ちゃんのだよね…。」
子供達に掘り起こされたルナは、その手に握る宝珠を見つめる。
「うん。どこで見つけたの。」
ルナは立ち上がり、子供達の手に引かれ、そこへと向かった。
土に埋まる様に、宝珠が未だ散らばっている。
それに紛れて、織出徽章が落ちていた。
それは、白妙が与えるものではない。
ルナは、それに触れ、持ち上げた。
「この匂い…。」
テラからもらった袋に、ステラの宝珠と、その織出徽章を入れ、立ち上がる。
「あのね、お願いがあるの。」
子供達を見つめるルナが、譲れぬ願いを奏でた。
テラの袋は、たくさんのきらきらと、二人の宝珠で膨れ上がっている。
それを握りしめ、ルナは、向かうべき場所へと、足跡を刻んだ。
ルナを案内する子供と、路地裏へと戻る子供。
その分かれ道に、ルナは小さく微笑んだ。
「みんな、いつもありがとう。他のみんなにも、ありがとうって伝えてほしいの。私は…、私たちは、幸せだったよって。」
「任せて。でも、お姉ちゃん達に言ってもらった方が、みんな喜ぶよ。」
子供達の無邪気な微笑み。
ルナは、それを愛おしそうに見つめ、立ち上がる。
そして、歩み出した足跡を、振り返ることはなかった。
路地裏に戻った子供達に、怒鳴り声が響き渡る。
「何故、行かせた。とにかく、その広場へ案内するんだ。」
ルナが何処へ行ったのかは、わからない。
故に、その手がかりを探りに、大人たちは広場へと駆けた。
そこには、幾つもの足跡と、車輪の跡が彩られている。
「こんな所に馬車…。ステラちゃんの宝珠は、ここに落ちていたんだね。」
報告を聞いて戻ってきたプロテアは、息を切らせて問う。
「うん。それと、ルナお姉ちゃんは、布のバッジも拾ってたよ。」
少年の音色に、プロテアは、肩を掴む。
「その布の絵を覚えているか。」
必死に思い出そうとする子供達。
だが、それを確りと見たわけではない。
「わからない…。」
だが、馬車の痕跡、勲章か、或いは徽章。
それが残るという事は、ステラは貴族か王族に関わる何かに巻き込まれた。
「リュパン…。」
ステラとルナが、どこから逃げてきたのかは、知っている。
故に、答えは、一つしかなかった。
「アプフェルに、月と星の家の者の全てを集める様に言ってくれ。それと、秘密の部屋を開放する。」
大人達へと奏でるプロテアの瞳は、路地裏に住まう者達の見る初めての彩りを放っていた。
「俺は、先に行く。行き先は、錬金術師の館だ。」
そう言い残し、プロテアは駆け出した。
宮殿へと繋がる大通り。
行き交う灯火の香りに酔いながらも、ルナは歩を進めた。
リュパンの館までは、この道を辿れば着く。
「みんな、ありがとう。ここからは、一人で行くね。みんなは、おうちに帰ってね。お約束。」
微笑むルナは、柔らかい音色を奏でる。
だが、その震えを、子供達は聞いていた。
そして、止まる事なく溢れ出る宝珠を、子供達は見ていた。
ルナの揺るがぬ心が、子供達に、そうすることしかできない事を奏でている。
故に、子供達は、止めることも、追うこともできずにいた。
ルナは、外套を深く被り、ゆっくりと歩く。
その足跡は、これまでの何よりも重い。
だが、この先に、ステラの鼓動を感じる。
それは、ステラの中に溶け込んだルナが教えてくれる。
ルナの中に溶け込んだステラと繋がる様に。
「こんには。ルナです。」
門の前に立つ護衛に、ルナは声をかけた。
その声に、彼が飛び上がる。
「これを、ご主人様さんに…。その代わり、ステラちゃんを返してほしいのです…。」
差し出したのは、テラの袋。
中に詰め込まれた、数え切れぬきらきらと宝珠。
ルナは、それに最後の祈りを込めた。




