第二楽章7節
その不協和音は、歪に下された。
「あの二人を連れ戻せ。」
その場所は、もうわかっている。
それを奏でたのは、純白の宝珠。
ルナが施した、感謝の音色。
行き交う灯火に、その微笑みを分かち合い、施しを贈り、施しを贈られる。
その細やかな色彩が、路地裏の生活を繋ぐ。
それを彩るのは、幾つもの宝珠。
それが、市場に広がり、その価値を忘れかけた頃。
この都を包んでいたのは、おとぎ話に踊らされた色彩。
数多の灯火が孕む悪意無き旋律。
白妙が抱き続けた、魔族への嫌悪。
戦争が彩り続けた、漆黒の殲滅という願い。
その灯火が持つのは、ルナの宝珠。
鏡の宝珠は、全てを還す宝珠。
その魔法は、ただ静かに、それを奏でるだけ。
何も選ばず、何も増やさず、何も減らさず、ただ還すだけ。
その数え切れぬ灯火の果てに、不協和音が重なり合う。
勇者テラと、白妙の王ケーニヒの邂逅。
それが奏でる崩壊のコンチェルト。
その裏で、蠢き出した、リュパンの手。
その手が、ステラとルナを掴む。
リュパンにとって、それは、ただの人形を我が元へ戻すに過ぎない。
故に、我が身から離れる事など許されない。
彼の歪な色彩が、無垢なる音色を蝕み始めた。
クリビアに贈ってもらったドレスを纏い、市場で買い物をする。
絡み合う指は、私たちの想いを一つにしてくれる。
漆黒の煌めきと、透き通るような純白が、風に舞い、私たちが一つである事を奏でる。
振り向く灯火の微笑みが、まるで私たちの想いを詩う讃美歌の様で、心が弾む。
隣で微笑みを奏でるルナは、二人で見つけた焼き菓子を頬張っている。
「美味しいね。」
分かち合う一つの美味が、どれ程の豪華な晩餐よりも至高の美味を奏でてくれる。
広場に聳える原初の父の像。
私にとって、ここは、苦痛と屈辱の象徴だった。
だから、ずっと避けてきた場所。
でも、今は、ルナと座る、憩いの園。
私に燻り続けた傷は、ルナという掛け替えのない彩りによって、優しく塗り替えられていく。
一つ一つの足跡が、私たちが生き直している事を奏でてくれる。
私たちは、もう人形じゃない。
私たちの足で、私たちの道を歩く、私たちだけの私たち。
これほどの幸せを、私たちは謳歌している。
でも、勿体無いなんて、思わない。
ただ、それに感謝を祈り、この刹那を享受する。
それだけで、揺らぐ事のない色彩が、この世界に満ち溢れる。
街を行き交う優しい音色が、私たちを包んだ。
大きな籠を満たすのは、路地裏の人たちへの贈り物。
美味しい香りに、ルナは微笑んでいる。
「そろそろ、帰ろう。」
私は、ルナへ囁いた。
「うん。」
ルナの眩しい音色が、私の瞳を癒してくれる。
路地裏へと戻れば、幾つもの温かい灯火が、手を振ってくれる。
「ステラちゃんとルナちゃんが、この路地裏に来てから、ここが明るくなったよ。」
私を包んでくれる優しい音色に、私たちは微笑んだ。
「いつも、優しくしてくれて、ありがとうございます。」
私は、微笑み、穏やかに奏でる。
「ここに居るほとんどの人は、あの自称錬金術師に全てを奪われた。立ち上がった鍛冶屋と共に都も出た者も多いが、私たちは、立てなかった。」
路地裏に集う灯火が奏でる。
「恨む日々に溺れ続けた。絶望に追われ続けた。でも、君たちが来てくれて、ようやく光を見れる様になったんだ。」
私たちの身に余る言葉。
「君達は、この路地裏の光だ。本当に、ありがとう。」
私とルナは、その音色に、雫を零す。
「私たちの方こそ、ここに受け入れてくれて、ありがとうございます。」
あの地獄から漸く抜け出し、たどり着いた場所が、ここで良かった。
この小さな私たちの家に、陽光が煌めいた。
ルナが差し伸べた手に、幼い手が集う。
私が詩う音色に、無垢な音色がカノンする。
大きな灯火が、それを囲み、優しく微笑む。
分かち合う甘美が、みんなの心を弾ませる。
絢爛など要らない。
持て余す輝きなど要らない。
ただ、そこに集い、分かち合う。
それが、どれ程、光に満ち溢れているか。
世界の全てに伝えたい。
私たちは、誰よりも幸せだと、この大きな空へと奏でた。
指を絡めて、影を繋ぐ。
その足跡が、あちこちに奏でられる。
穏やかな音色を二人で詩いながら、そのひと時を噛み締める。
それだけでいい。
それが、何よりの幸せ。
私たちの瞳から、ぽろぽろと生まれる宝珠よりも、この日々の方が何より大切な宝物。
流れる雲を支える空。
私は、ゆっくりとそれを見上げ、この日々が続きますようにと、静かに祈った。
華やかな市場の日陰に彩る路地裏で、私たちの買い集めた温かい晩餐を楽しむ。
ドレスから質素な装いへと変え、私たちも、その輪に入る。
「ドレスも可愛いけど、その服も可愛いね。」
優しい音色に、私は頬を薄紅へと染めた。
この服も、クリビアが贈ってくれた。
そして、それは、此処に集う仲間たちも纏う彩り。
質素であるが故に、生活に馴染む。
それが何よりの装飾だった。
「みなさんも、とても似合ってます。」
「うん。とっても可愛い。」
私の囁きに、ルナの弾む音色が共鳴した。
それを包むように、幾つもの微笑みが奏でられ、穏やかな晩餐は、優しい空へと届く。
陽光が茜色を奏で、山々の隙間へと隠れていく。
気づけば、優しい月が、私たちを見守ってくれている。
煌めく星が、もう寂しくないよと囁いてくれる。
私たちの安息の園。
そこに座り、この空の彩りを二人で眺める。
今日という大切な宝物が、明日という煌めく夢へと紡がれる。
「あのね、私ね、お花屋さんしたいの。」
ルナが微笑む。
「素敵。私、お花大好きだよ。」
小さい頃、村のお花畑でみんなで遊んだ記憶。
また、あの彩りを眺めたい。
今度は、ルナと一緒に。
「そうだ。私、花冠を作るのが得意だったの。」
私は、ルナに微笑み、その思い出を分かち合う。
「いつか、一緒にお花屋さんをして、お客様みんなに花冠を贈ろうね。」
二人で奏でた大切な夢。
絡まる指に、約束が彩られる。
その重なる手に、優しい熱が帯び始めた。
星々が月に寄り添い、穏やかな宵闇に子守唄を奏でる。
静かな寝息に、静寂が夢を彩る。
その優しさに抱かれ、私とルナは、指を絡め合う。
「おやすみなさい。」
見つめ合う瞳は、少しずつ微睡みへと沈み、心地よい風に身を委ねた。
忍び寄る影が、私の耳を撫でる。
それが、私を知るより早く、私は現を掴む。
与えられ続けた痛みが、警報を伝えてくれた。
私は、その瞳に映る麗しき天使、ルナをボロ布で包んだ。
それを投げ捨てられた箱へと隠し、ゆっくりと立ち上がる。
その影の方へと歩み、何も知らぬ音色を奏でた。
だが、その影は、直ちに、私と気づく。
私を強く掴む手。
私は、声ひとつ奏でる事なく、それに抗う。
もし、音を立てれば、ルナが目を覚ますかもしれない。
そうすれば、必ず彼女は、此処を探す。
故に、音を立てることはできない。
せめて、ルナだけでも…。
「ルナちゃん、ごめんね。…さようなら。」
両腕を縛られ、首に繋がれた鎖を引かれる。
ただ、頬を伝うそれは、ルナだけを願う。
その願いは、祈りとなり、純白に金色を纏う宝珠となる。
誰にも気づかれずに、大地へと舞う癒しの宝珠。
それは、馬車へと足跡を奏で、そこで途絶える。
私は、閉じた荷台に押し込められ、独り、夢を手放した。




