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夜想曲『花の国』  作者: ことは
Secondo movimento『月の詩』
118/126

第二楽章6節

気品のある貴族は、何をしても気品に溢れている。

例え、それが、崩れ落ちた姿であっても。

私は、ナファルを抱きしめながら、クリビアを眺めていた。

「あの…、大丈夫ですか…。」

私は立ち上がり、クリビアの元へ歩んで、彼の背を撫でる。

「すまない…。まさか、ルナさんが宝珠を生み出していたとは…。」

私に微笑みかけるクリビアは、弱々しく音色を奏でる。

「あの…。」

ここは、白妙の国。

知られてはいけないことが、一つだけある。

「ここでは、隠さなくていい。貴女たちは、魔族なんだね。」

私は、その答えを紡ぐことができない。

今、人族と魔族が戦争していることは、リュパンや、その周りの人の会話から察していた。

この人族の住まう中心の地で、ルナが魔族であることを知られる。

その意味は、私でさえわかる。

「怯えなくていい。我々人族の中にも、魔族と交流を持つ者は、少なからず居る。」

穏やかなクリビアの微笑みが、私の瞳に彩られる。

「私は、幼い頃から捻くれ者でね。おとぎ話に疑問を持っていた。何より、それを盲信する大人が、少し滑稽に見えていてね。」

柔らかいクリビアの音色が、私の耳に奏でられる。

「ずっと学び続けてきたんだ。魔族とは、何か。人族とは、何か。そこに、違いはあるのか。本当は、私たちは、共にあるべきものではないのか。」

私には、難しい話は、わからない。

でも、クリビアの心の温かさは、わかる。

「私は、もう、確信している。この戦争が無益であることを。ただ、その先に、必ず共に歩む時代が来ることも。」

「クリビアさん、人族と魔族が恋をするのは、変ですか…。」

私は、私の言っている言葉の意味がわからずに、それを奏でていた。

それは、無意識の問い。

「私は、人族です。」

私とルナの間に、人族も魔族もない。

でも、私とルナを見る多くの目には、それがあるのかもしれない。

もしそれが、私たちを引き離すものだとしたら、私たちは、この世界から逃げる。

私にとって、何より大切なのは、ルナ。

それは、絶対に変わらないこと。

「ステラさん、貴女は、ルナさんに恋しているんだね。」

クリビアの奏でる音色に、私は固まった。


私は、もうわかっていた。

ただ、それを言葉という形にすると、鼓動が止まらなくなり、心の中の淡い彩りが燃え上がりそうになる。

それを、私が知ってしまうと、ルナを求めてしまいそうになる。

それが、少し、怖かった。

だから、わからないでいようと、そうしてきた。


「はい…。」

でも、嘘はつけない。

ルナに恋してる。

それを、否定することなんて、できるはずがない。

私は、弾む心と、疼く身に、頬を燃やした。


「私も、ステラちゃんに恋してるよ。」

私は、その可憐な音色に肩を弾ませた。

横目に映る白銀の髪、ルナが私とクリビアを交互に見つめ、微笑んでいる。

「いつから、聞いていたの…。」

私は、ルナへと振り向きながら、恐る恐る問う。

「ずっとよ。」

無垢な微笑みが、私の顔を、更に燃やした。


「はい、クリビアさん。貴方の分の宝珠も出したの。どうぞ。」

その繊細で麗しい手に負けないほどの煌めく宝珠が、クリビアの手へと贈られる。

「いや…、本当に有難いが、こんな大切なものを、受け取るわけにはいかない。私が、貴女たちを此処に呼んだのは、礼をするためであって、その対価を求める為ではないよ。」

「ありがとうを形にするのは、よくないの。」

クリビアの微笑みに、ルナは無垢な問いを奏でた。

「………貴女たちは、どこまでも、綺麗な子たちだね。」

クリビアは、優しく微笑むと、少し諦めたようにため息を奏で、ルナの手から宝珠を受け取った。

それを柔らかく手のひらで包み込み、それを見つめる。

「あの…、食べちゃだめですからね…。」

私は、小さく囁いた。

「宝珠を食べる人なんて、居ないよ。」

クリビアは、私へと瞳を奏でる。

「私、ステラちゃんの宝珠を食べたよ。ステラちゃんも、私の宝珠を食べたの。」

ルナが、その無垢な煌めきを瞳に奏で、詩うように紡いだ。

その音色に、クリビアの笑顔が固まるのが、私の瞳に刻まれた。



テーブルに配された茶器は、透き通る様な乳白色を奏でる。

その繊細な音色に描かれた花は、可憐に咲き誇り、まるで春の訪れを詩っているようだった。

そこへ注がれる柔らかな香り、茶色に揺れる水色が、穏やかに茶器の乳白色を覗かせる。

その隣に配された皿もまた、薄く繊細に佇み、乳白色の彩りに描かれた花が、可憐に咲き誇る。

そして、それに飾られるのは、甘美な彫刻。

その一つ一つが麗しい彩りを奏で、共鳴の果てに詩を織り成し、果実を包む楽園を演じている。


「あまあい。」

ルナの無垢な音色が反響し、テーブルの彩りに想いを馳せる私の意識を弾ませた。

「お茶も美味しいよ。ステラちゃんも、早く食べよう。」

ルナの煌めく瞳が、私を包み込む。

「うん。」

私は、ルナへと微笑みを返し、クリビアを見つめた。

「こんな素敵なものまで、ありがとうございます。クリビアさん、いただきます。」

思わず蕩けそうになる甘美が、私の口に広がった。


「このティーウェアはね、漆黒の国で買ったんだよ。魔族の作るものは、どれも繊細で美しい…。おとぎ話に踊らされて、これほど美しいものに触れずに生きるのは、勿体無い。」

クリビアが、紅茶を飲みながら、囁いた。

「貴女たちが、恋をしているようにね。」

その微笑みに、私は、鼻から紅茶を注ぎそうになった。


「ステラさん、貴女は、人族であると言ったけど、宝珠を生めるとも言った。それは、いつからかな。」

茶器を受け皿に置き、静かに私を見つめる。

「わからないです…。ナファルくんが怪我をした時に、私は泣いてしまいました。その雫が、宝珠になったのだと思います。」

「ありがとう。その宝珠のおかげで、息子は傷跡さえ残っていない。」

クリビアの穏やかな笑み、愛する子を想う、優しい音色。

「私が思うには、恐らく、ステラさんに、その力が宿ったのは、ルナさんの宝珠を…………、食べた時から。」

瞬きの間に震えた、クリビアの驚愕を詩う音色。


だが、クリビアは、姿勢を正し、私を見据え、その音色を整然と奏で始めた。

「宝珠を生む魔族。それは、長い歴史の中でも稀です。宝珠とは、魔法を持たずとも魔法を奏でる唯一の方法ですから。故に、欲しがる者も多く居ます。中には、その為に、手段を選ばない者も。」

私の心を貫く、リュパンの残響。

「そして、ステラさん。人族である貴女が宝珠を生み出した。これは、奇跡です。」

その残穢すら包み込むように、クリビアは優しく奏でる。

「人族と魔族のおとぎ話より、更に疑わしき伝説。そこに描かれた原初の魔王の持つ家宝。金色を帯びた純白の宝珠。それだけは、その長い歴史の中で、一つとして生まれることはなかった。」

テーブルに置かれた、二つの宝珠。

ルナの純白の宝珠に寄り添うように、私の金色を帯びた宝珠が彩られている。

「ステラさん、それを生み出したのが、貴女です。言うなれば、ルナさんの宝珠は、全てを還す、鏡の宝珠。それに呼応するように芽生えたのが、ステラさんの宝珠、癒しの宝珠です。」

私やルナから、ぽろぽろと出てくる玉が、厳かに詩われ、私は少し戸惑った。

「どちらも、命より重く考える者も多く居ます。もし、宝珠を持つ事を知った者に、入手経路を聞かれたら、必ず、拾ったと答えてください。必ずです。」

クリビアは、ケーキを美味しそうに頬張るルナを、瞳に映す。

「特に、ルナさん…。本当に、絶対に、必ず、約束してください。自らが生み出したなどと言わないように…。本当に…。」

クリビアの心配は、痛いほど、私にも理解できる。

「貴女たちが、嘘をつくことに抵抗を感じるのも、わかっています。ただこの嘘だけは、貴女たちを守る盾です。それだけは、忘れずにいてください。」

クリビアの誠実なる祈りが、私たちの心に刻まれた。

「はあい。」

驚く速度でケーキを食べ終えたルナが、音色を弾ませた。

私が守らないと…、その想いが、より強く芽生えた。


「私は、もう本当に充分だよ。」

私のケーキを一緒に食べようと微笑む音色に、ルナは手を振った。

「ステラちゃんにも、美味しいをいっぱい楽しんでもらいたいの。」

そう奏でながらも、フォークに乗せたケーキのかけらを、ルナの口元へと運ぶと、彼女は、それを頬張った。

「あまあい。」

私は、その可憐な音色に癒されながら、私も味わうことにした。

「ところで、ディナーもどうかな。」

私たちを穏やかに見つめるクリビアが、優しく微笑みかける。

「あの、とても嬉しいのですが、ケーキでお腹がいっぱいで…。」

私の心に描かれる色彩は、一つ。

「路地裏で、お腹を空かせている人たちがたくさん居ます。彼らに、食べ物を買って帰りたくて…。その途中だったのです。」

それは、市場で呼び止められた、あの彩り。

ただ、それを伝えるということは、クリビアから贈られた慈愛を否定しているようで、心が軋む。

「そうか、それは申し訳ないことをしたね。なら、ディナーはお弁当にしよう。ちょうど、たくさん用意していたんだ。少し待っていてほしい。」

それは、きっと、彼の嘘。

嘘は、私たちを守る盾になる。

そう奏でたのは、クリビア。

でも、私は知っている。

嘘は、誰かを癒す詩にもなる。

私は、その詩を、優しく抱いた。



連なる馬車が、茜色の街に揺れる。

その穏やかな音色が奏でる先は、私たちが、今、生きる場所。

小さな路地裏に、多くの灯火が、その日を生きている。

昨日と同じ色彩が、明日も彩られる事を祈りながら。


私たちは、そこに立つ。

煌びやかな市場の隣で、日陰を詩う路地裏は、私たちの大切な場所。

動きやすいようにと、新たに仕立てられた漆黒のドレスを身に纏い、私は、次々と降りてくる給仕を見つめる。

隣には、純白のドレスに身を包む天使、ルナが微笑んでいる。


やがて、私たちを囲むように、路地裏の住民が賑わいだす。

彼らにお弁当を配るのは、凛と佇む給仕たち。

リュパンの館で見てきた給仕とは、似て非なる麗しさに、私は震えた。


私たちも、お弁当の山に触れ、共に配る。

それを受け取る彼らの音色は、お弁当に向けられたものではなかった。

「ステラちゃんもルナちゃんも、可愛いドレスを着ているね。綺麗なお姫様が来たのかと思ったよ。」

次々と贈られる旋律に、私は思わず俯き、顔が爆発するのを必死に抑えた。

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