第二楽章6節
気品のある貴族は、何をしても気品に溢れている。
例え、それが、崩れ落ちた姿であっても。
私は、ナファルを抱きしめながら、クリビアを眺めていた。
「あの…、大丈夫ですか…。」
私は立ち上がり、クリビアの元へ歩んで、彼の背を撫でる。
「すまない…。まさか、ルナさんが宝珠を生み出していたとは…。」
私に微笑みかけるクリビアは、弱々しく音色を奏でる。
「あの…。」
ここは、白妙の国。
知られてはいけないことが、一つだけある。
「ここでは、隠さなくていい。貴女たちは、魔族なんだね。」
私は、その答えを紡ぐことができない。
今、人族と魔族が戦争していることは、リュパンや、その周りの人の会話から察していた。
この人族の住まう中心の地で、ルナが魔族であることを知られる。
その意味は、私でさえわかる。
「怯えなくていい。我々人族の中にも、魔族と交流を持つ者は、少なからず居る。」
穏やかなクリビアの微笑みが、私の瞳に彩られる。
「私は、幼い頃から捻くれ者でね。おとぎ話に疑問を持っていた。何より、それを盲信する大人が、少し滑稽に見えていてね。」
柔らかいクリビアの音色が、私の耳に奏でられる。
「ずっと学び続けてきたんだ。魔族とは、何か。人族とは、何か。そこに、違いはあるのか。本当は、私たちは、共にあるべきものではないのか。」
私には、難しい話は、わからない。
でも、クリビアの心の温かさは、わかる。
「私は、もう、確信している。この戦争が無益であることを。ただ、その先に、必ず共に歩む時代が来ることも。」
「クリビアさん、人族と魔族が恋をするのは、変ですか…。」
私は、私の言っている言葉の意味がわからずに、それを奏でていた。
それは、無意識の問い。
「私は、人族です。」
私とルナの間に、人族も魔族もない。
でも、私とルナを見る多くの目には、それがあるのかもしれない。
もしそれが、私たちを引き離すものだとしたら、私たちは、この世界から逃げる。
私にとって、何より大切なのは、ルナ。
それは、絶対に変わらないこと。
「ステラさん、貴女は、ルナさんに恋しているんだね。」
クリビアの奏でる音色に、私は固まった。
私は、もうわかっていた。
ただ、それを言葉という形にすると、鼓動が止まらなくなり、心の中の淡い彩りが燃え上がりそうになる。
それを、私が知ってしまうと、ルナを求めてしまいそうになる。
それが、少し、怖かった。
だから、わからないでいようと、そうしてきた。
「はい…。」
でも、嘘はつけない。
ルナに恋してる。
それを、否定することなんて、できるはずがない。
私は、弾む心と、疼く身に、頬を燃やした。
「私も、ステラちゃんに恋してるよ。」
私は、その可憐な音色に肩を弾ませた。
横目に映る白銀の髪、ルナが私とクリビアを交互に見つめ、微笑んでいる。
「いつから、聞いていたの…。」
私は、ルナへと振り向きながら、恐る恐る問う。
「ずっとよ。」
無垢な微笑みが、私の顔を、更に燃やした。
「はい、クリビアさん。貴方の分の宝珠も出したの。どうぞ。」
その繊細で麗しい手に負けないほどの煌めく宝珠が、クリビアの手へと贈られる。
「いや…、本当に有難いが、こんな大切なものを、受け取るわけにはいかない。私が、貴女たちを此処に呼んだのは、礼をするためであって、その対価を求める為ではないよ。」
「ありがとうを形にするのは、よくないの。」
クリビアの微笑みに、ルナは無垢な問いを奏でた。
「………貴女たちは、どこまでも、綺麗な子たちだね。」
クリビアは、優しく微笑むと、少し諦めたようにため息を奏で、ルナの手から宝珠を受け取った。
それを柔らかく手のひらで包み込み、それを見つめる。
「あの…、食べちゃだめですからね…。」
私は、小さく囁いた。
「宝珠を食べる人なんて、居ないよ。」
クリビアは、私へと瞳を奏でる。
「私、ステラちゃんの宝珠を食べたよ。ステラちゃんも、私の宝珠を食べたの。」
ルナが、その無垢な煌めきを瞳に奏で、詩うように紡いだ。
その音色に、クリビアの笑顔が固まるのが、私の瞳に刻まれた。
テーブルに配された茶器は、透き通る様な乳白色を奏でる。
その繊細な音色に描かれた花は、可憐に咲き誇り、まるで春の訪れを詩っているようだった。
そこへ注がれる柔らかな香り、茶色に揺れる水色が、穏やかに茶器の乳白色を覗かせる。
その隣に配された皿もまた、薄く繊細に佇み、乳白色の彩りに描かれた花が、可憐に咲き誇る。
そして、それに飾られるのは、甘美な彫刻。
その一つ一つが麗しい彩りを奏で、共鳴の果てに詩を織り成し、果実を包む楽園を演じている。
「あまあい。」
ルナの無垢な音色が反響し、テーブルの彩りに想いを馳せる私の意識を弾ませた。
「お茶も美味しいよ。ステラちゃんも、早く食べよう。」
ルナの煌めく瞳が、私を包み込む。
「うん。」
私は、ルナへと微笑みを返し、クリビアを見つめた。
「こんな素敵なものまで、ありがとうございます。クリビアさん、いただきます。」
思わず蕩けそうになる甘美が、私の口に広がった。
「このティーウェアはね、漆黒の国で買ったんだよ。魔族の作るものは、どれも繊細で美しい…。おとぎ話に踊らされて、これほど美しいものに触れずに生きるのは、勿体無い。」
クリビアが、紅茶を飲みながら、囁いた。
「貴女たちが、恋をしているようにね。」
その微笑みに、私は、鼻から紅茶を注ぎそうになった。
「ステラさん、貴女は、人族であると言ったけど、宝珠を生めるとも言った。それは、いつからかな。」
茶器を受け皿に置き、静かに私を見つめる。
「わからないです…。ナファルくんが怪我をした時に、私は泣いてしまいました。その雫が、宝珠になったのだと思います。」
「ありがとう。その宝珠のおかげで、息子は傷跡さえ残っていない。」
クリビアの穏やかな笑み、愛する子を想う、優しい音色。
「私が思うには、恐らく、ステラさんに、その力が宿ったのは、ルナさんの宝珠を…………、食べた時から。」
瞬きの間に震えた、クリビアの驚愕を詩う音色。
だが、クリビアは、姿勢を正し、私を見据え、その音色を整然と奏で始めた。
「宝珠を生む魔族。それは、長い歴史の中でも稀です。宝珠とは、魔法を持たずとも魔法を奏でる唯一の方法ですから。故に、欲しがる者も多く居ます。中には、その為に、手段を選ばない者も。」
私の心を貫く、リュパンの残響。
「そして、ステラさん。人族である貴女が宝珠を生み出した。これは、奇跡です。」
その残穢すら包み込むように、クリビアは優しく奏でる。
「人族と魔族のおとぎ話より、更に疑わしき伝説。そこに描かれた原初の魔王の持つ家宝。金色を帯びた純白の宝珠。それだけは、その長い歴史の中で、一つとして生まれることはなかった。」
テーブルに置かれた、二つの宝珠。
ルナの純白の宝珠に寄り添うように、私の金色を帯びた宝珠が彩られている。
「ステラさん、それを生み出したのが、貴女です。言うなれば、ルナさんの宝珠は、全てを還す、鏡の宝珠。それに呼応するように芽生えたのが、ステラさんの宝珠、癒しの宝珠です。」
私やルナから、ぽろぽろと出てくる玉が、厳かに詩われ、私は少し戸惑った。
「どちらも、命より重く考える者も多く居ます。もし、宝珠を持つ事を知った者に、入手経路を聞かれたら、必ず、拾ったと答えてください。必ずです。」
クリビアは、ケーキを美味しそうに頬張るルナを、瞳に映す。
「特に、ルナさん…。本当に、絶対に、必ず、約束してください。自らが生み出したなどと言わないように…。本当に…。」
クリビアの心配は、痛いほど、私にも理解できる。
「貴女たちが、嘘をつくことに抵抗を感じるのも、わかっています。ただこの嘘だけは、貴女たちを守る盾です。それだけは、忘れずにいてください。」
クリビアの誠実なる祈りが、私たちの心に刻まれた。
「はあい。」
驚く速度でケーキを食べ終えたルナが、音色を弾ませた。
私が守らないと…、その想いが、より強く芽生えた。
「私は、もう本当に充分だよ。」
私のケーキを一緒に食べようと微笑む音色に、ルナは手を振った。
「ステラちゃんにも、美味しいをいっぱい楽しんでもらいたいの。」
そう奏でながらも、フォークに乗せたケーキのかけらを、ルナの口元へと運ぶと、彼女は、それを頬張った。
「あまあい。」
私は、その可憐な音色に癒されながら、私も味わうことにした。
「ところで、ディナーもどうかな。」
私たちを穏やかに見つめるクリビアが、優しく微笑みかける。
「あの、とても嬉しいのですが、ケーキでお腹がいっぱいで…。」
私の心に描かれる色彩は、一つ。
「路地裏で、お腹を空かせている人たちがたくさん居ます。彼らに、食べ物を買って帰りたくて…。その途中だったのです。」
それは、市場で呼び止められた、あの彩り。
ただ、それを伝えるということは、クリビアから贈られた慈愛を否定しているようで、心が軋む。
「そうか、それは申し訳ないことをしたね。なら、ディナーはお弁当にしよう。ちょうど、たくさん用意していたんだ。少し待っていてほしい。」
それは、きっと、彼の嘘。
嘘は、私たちを守る盾になる。
そう奏でたのは、クリビア。
でも、私は知っている。
嘘は、誰かを癒す詩にもなる。
私は、その詩を、優しく抱いた。
連なる馬車が、茜色の街に揺れる。
その穏やかな音色が奏でる先は、私たちが、今、生きる場所。
小さな路地裏に、多くの灯火が、その日を生きている。
昨日と同じ色彩が、明日も彩られる事を祈りながら。
私たちは、そこに立つ。
煌びやかな市場の隣で、日陰を詩う路地裏は、私たちの大切な場所。
動きやすいようにと、新たに仕立てられた漆黒のドレスを身に纏い、私は、次々と降りてくる給仕を見つめる。
隣には、純白のドレスに身を包む天使、ルナが微笑んでいる。
やがて、私たちを囲むように、路地裏の住民が賑わいだす。
彼らにお弁当を配るのは、凛と佇む給仕たち。
リュパンの館で見てきた給仕とは、似て非なる麗しさに、私は震えた。
私たちも、お弁当の山に触れ、共に配る。
それを受け取る彼らの音色は、お弁当に向けられたものではなかった。
「ステラちゃんもルナちゃんも、可愛いドレスを着ているね。綺麗なお姫様が来たのかと思ったよ。」
次々と贈られる旋律に、私は思わず俯き、顔が爆発するのを必死に抑えた。




