第二楽章2節
路地裏に彩られる、小さなお誕生日会。
それは、何物にも変え難き、幸せの音色。
そこに紡がれる、一つの残響。
それは、刻まれた傷に震える、悲哀の詩。
「私共は、鍛冶屋を営んでおりました…。武具だけでなく、傷痍軍人の補助器具、時には日用品まで作ってきました。」
その親子が、生い立ちを奏で始めてくれた。
「カンパニュラといえば、昔は少しは有名だったのですよ。」
少し誇らしげな音色は、遠い日を懐かしむ様に奏でられる。
「私の息子…、ユズリハにも、その技術を教えている頃でした。」
少しずつ澱む、彼の残響の音色。
「私たちの工房は、錬金術師を名乗る商人に、奪われました。」
悲しく奏でられた旋律は、路地裏に流れる。
「錬金術師…。」
私は、思わず、それを零した。
その商人は、間違いなくリュパン。
彼に踏み躙られたのは、私たちだけではなかった。
その悲しみが、私を深く沈める。
それが、私の雫を呑み込み続けた。
「すいません。悲しませるつもりでは、なかったのです。」
カンパニュラは、申し訳なさそうに、目を伏せた。
ルナが、私を抱きしめ、頬を寄せてくれる。
私の雫に、ルナの雫が呼応し、優しく溶け合う。
そこに生まれる宝珠が、だらの目にも触れる事なく、優しく煌めいた。
「錬金術師って、ご主人様さんみたいだね。」
難しそうに考え込む彩りや、呆けた彩りを奏でながら、私たちを見つめていたルナが、私に囁く。
「うん。リュパンだよ…、その人。」
私は、目を伏せながら、小さく奏でた。
「ご主人様さん、みんなに意地悪してたの。」
ルナの悲しそうな音色が、問いかける様に、静かに響く。
「貴女たちは、あの男の館の者だったのですね…。」
「違うよ。もう物じゃないよ。ステラちゃんも私も、女の子に戻れたの。」
ルナは、一生懸命に手を振り、慌てる様に音色を奏でる。
「本当に、申し訳ない。貴女たちの苦しみも知らずに、こんな話をしてしまって…。」
カンパニュラの頬に、雫が伝う。
私は、それを指で拭い、微笑んだ。
「平気です。もう、幸せですから。だから、カンパニュラさんも、ユズリハさんも、幸せになってほしいのです。」
私は、どうしても叶えたい願いを、静かに紡いだ。
「ありがとうございます…。ここに居る、殆どの者は、彼に奪われて堕ちてきた人ばかりです。」
ゆっくりと見渡す路地裏には、地に這う人々が、悲哀の旋律を奏でている。
「でも、貴女達を見て、少しだけ、前を向ける様になりました。」
カンパニュラの瞳に、私たちが刻まれるのを、私は、ただ見つめていた。
「貴女達には、救われてばかりです。こんなにも傷ついているのに、こんなにも温かくしていただき…、本当に、ありがとうございます。」
彼の微笑みが、静かに風に舞う。
「その工房、奪われた人たちと一緒に、やり直すことはできますか…。」
私は、ゆっくりと、力強く問う。
「やりたいという者が居れば、もちろん私は技術を教えます。ですが…。」
わかっている。
ここに流れ着いたということは、全てを失ったということ。
それは、工房を持つ以前に、今日を生き抜くものさえ無いということ。
でも、私たちには、テラからもらった想いがある。
「ルナちゃん、あの袋の中身、私が全部貰っちゃっても、いいかな。いつか、必ず返すから…。」
「私のものじゃないよ。二人のものなの。だから、ステラちゃんが決めていいよ。」
ルナは無垢な瞳を、私へと輝かせる。
「ステラちゃん、この人を助けたいのでしょう。それなら、私の想いも一緒だよ。」
その優しいルナの微笑みが、私を救う。
「うん。ありがとう。」
私も、ルナへと微笑み、幸せに溶け込む。
抱きしめ合う温もりは、輝く金貨が燻むほどの、私の大切な宝物。
「これで、工房を建てることはできますか。」
差し出す袋。
それを受け取ったカンパニュラは、中を見て、私へと返そうとした。
「こんなに…、流石に、これは受け取れません。」
「これでは、工房は、建ちませんか。」
私は、不安を奏でた。
「少なくとも、二軒は建ちます。建ちますが、どうして、こんな事を…。」
「それはね、今日が、私たちのお誕生日だからなの。」
ルナが、私の腕を抱き、嬉しそうに奏でた。
「お誕生日は、プレゼントを貰う日では…。」
カンパニュラが、辿々しく音色を紡ぐ。
「プレゼントなら、もう貰いました。」
私は、静かに微笑んだ。
「うん、一緒にお誕生日会をしてくれたもの。」
私の想いを、ルナが煌めく音色で奏でる。
「おじさんのお店ができたら、遊びに行くね。」
ルナの微笑みが、この静かな空間に、柔らかな彩りを振りまいた。
彼らは、私たちが見えなくなるまで、見送り続けてくれた。
いつか、カンパニュラとユズリハたちが営むお店に行く。
そんな夢が、私たちに明日を奏でてくれる。
「ステラちゃん、さっき、ユズリハさんと、何をお話ししていたの。」
二人を見送り終えたルナが、私を覗き込む。
彼らの去り際に交わした、ユズリハとの小さな音色。
「ステラちゃん、顔が真っ赤になっていたから、心配だったの。」
そう言って、私の額に手を添えてくれた。
その手に、私は瞼を閉じる。
蘇る、あの色彩。
「こんなにも可憐で、麗しい人を、初めて見ました。それに、心まで、これ程までに美しい…。」
ユズリハの残響が、再び私の心の中で響き渡る。
その事で、顔に熱が籠るのを、私は感じる。
「また、赤くなってるの…。何か、あったの…。」
ルナの不安そうな音色が、私に問いかける。
「その…、私のこと、好きって……。」
それを奏でた刹那、私の顔が燃え上がった。
でも、私は、伝えたい。
私の好きな人は、ただ一人。
ルナだけだと言う事を。
ただ、それを今伝えると、今度は、私の顔が爆発してしまう。
私は、両手で顔を抑え、思わず座り込んだ。
ルナは、私の中で奏でる熱が落ち着くまで、背中を撫で続けてくれた。
「ありがとう、ルナちゃん。もう大丈夫だよ。」
顔を上げ、微笑む私の頭を、ルナは、優しく撫でる。
再び、顔が燃え上がりそうになるのを、必死に耐える。
それを誤魔化すように、テラからもらった袋に触れた。
「きらきら、まだいっぱいあるね。」
彼らが受け取ったのは、工房を建てる分だけ。
残りは、受け取ってもらえなかった。
だから、二人で、したい事をすることに決めた。
「みんなに、元気になってもらおう。」
重なる音色に、私たちは手を取り合い、小さく跳ねる。
周りに集まり出した、穏やかな微笑みに囲まれ、二人で笑い合いながら。
二人は、その日のうちに、大金を使い果たした。
子供が、お金を持つというのは、こういう事である。
そして、それが入っていた袋は、可愛いからという理由で、ルナが貰うこととなった。
それは、ずっと後で、世界が気づいた事。
知っていたのは、ほんの僅か。
再び空腹に困った二人が、行き交う行商人に声をかけられ、手放す事となった、ルナの宝珠。
その代金によって、袋が再びきらきらで満たされた。
この宝珠は、始祖の魔王レーヌですら、一つを家宝にしてきたほどの価値があった。
そんな価値も知らず、ルナが、いつのまにか、ぽろぽろと出していた宝珠。
それを配り歩く内に還ってきた大量のきらきらが、二人のお小遣いとなった。
ただ、ステラは、すぐに喉へと指を突っ込もうとするルナを、いつも必死に止めていた。
少しずつ光に照らされ始めた路地裏。
「おえ…。」
「だめだよ、ルナちゃん。お金は、私が何とかするから、無理して泣かないで…。」
そう叫びながら、必死にルナを止める、ステラの泣き顔が、いつのまにか、此処の小さな名物となっていた。
そして、ステラもルナも気づいていなかった。
ステラの中に溶け込んだルナの宝珠により、ステラの涙もまた、宝珠となって、ぽろぽろと転がっていた事を。




