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夜想曲『花の国』  作者: ことは
Secondo movimento『月の詩』
113/116

第二楽章1節

スープの芳醇な香り、口に広がる野菜の甘み、その温もりが、何より、その優しさに触れた事が、私たちを癒してくれる。

「スープいっぱいだね。」

ルナが、私の顔を見つめ、微笑む。

半分も食べきれずに、膨れたお腹を撫で、私たちは、微笑みあった。

「こんなに食べたの、初めてなの。」

両手を伸ばすルナの繊細な影が、優しく揺れる。

それが、私の影と重なり合い、私は微笑んだ。

「私も…、最後に、こんなにたくさん食べたの、もう思い出せないな…。」

それだけじゃない。

二人で分け合い、共に食べる。

その一つのスープより、私は豪華な物を食べた事がない。

「もう一つ、スープがあるよ。それと、お肉のパンも二つもあるね。」

私は、テラからもらった、包みを取り出し、微笑んだ。

きっと、今も、どこかで、お腹を空かせている人がいる。

これは、私たちだけが持っていていいものではない。

だから、これを手放す事を、きっと、ルナもテラも許してくれる。

「こんなにたくさん、お誕生日会みたいだね。」

「そうだね。私たちの本当の誕生日は、きっと今日なんだよ。」

その夜が昨日だったのか、今日だったのかは、わからない。

でも、この日という今を手にしたことには、変わらない。

少なくとも、今の私たちは、昨日までの私たちとは、違う。

私たちは、私たちの想いのままに、此処に居る。

私たちは、選んだことをやる事ができる。

「ねえ、ステラちゃん、お誕生日会なら、みんなとしたいな。」

食べきれない一つのスープと、お肉のパン。

「うん。きっと、お腹が空いている人は、他にも居るよ。だから、一緒に食べよう。」

私たちは、柔らかな微笑みを分かち合った。

「したい事、もう見つかっちゃったね。」

ルナが、輝く笑顔を奏でる。

私は、テラからもらった包みを抱え、ルナが残ったスープを大切そうに両手に包んだ。

足元に置かれた袋、私は、それを思い出した。

「そういえば、袋には、何が入っているのかな。」

私たちは、テラからもらった袋を手に取り、一緒に覗き込んだ。

それが、陽光に照らされ、輝く。

「金色のきらきらが、いっぱいだね。」

ルナは、袋の中に手を入れて、楽しそうに囁いた。

「ねえ、見て。絵も彫ってあるよ。」

その一つを取り出し、陽光に掲げて、ルナは、それを眺めている。

「食べれなさそうだね。飾るのかな。…ステラちゃん、どうしたの。」

それを袋に戻したルナが、不思議そうに、私を見つめた。

でも、私は、それを知っている。

その意味も、その重さも。

それを、多く持つ人の怖さも。

それを、手放す事の恐ろしさも。

それが齎した、私と私の家族の行く末も。

それ故に、その価値さえも、知っている。


「受け取れない…。」

私は、立ち上がり、テラを探す様に見渡す。

もう、どこにも、その影はなかった。

「ルナちゃん、これは、お金だよ。それも、たくさんの。こんなの、貰うわけにはいかないよ…。」

私は、その袋を持つ手が震えるのを抑えながら、座り込む。

「お金、知ってるよ。ご主人様さんが、私より大切なものだって言ってたの。」

ルナが誇らしげに奏でる。

「じゃあ、今度、会えたら、いっぱいお礼しなきゃだね。」

そう言いながら、ルナは指を喉へと入れる。

「だめだよ、ルナちゃん。気持ちは大切だけど、今じゃないよ。」

「おえ…。そうなの。」

指を抜き、不思議そうに問うルナの瞳から、宝珠が零れ落ちた。

「うん。それに、この街で、魔法を使うのは、本当は危ないの。」

「そうだったね…。みんなを怖がらせちゃうものね。」

ルナは、口を塞ぎ、ここが白妙の都である事を思い出す。

「怖がらせるからじゃないの。誰も、ルナちゃんを怖がったりしないよ。ルナちゃんは、可愛くて優しい子だから。でもね、また誰かが、ルナちゃんを閉じ込めちゃうかもしれないの…。」

私は、ルナの肩を抱きしめ、囁く。

その音色の影に潜む、リュパンの歪な不協和音。

私は、それを振り払い、固まるルナに微笑みかけた。

「それにしても、そんなにぽろぽろ出てくるものなの。」

宝珠を拾い、私は不思議そうに見つめた。

「想いが強いと、ぽろぽろ出るよ。」

ルナは微笑む。

「でもね、どんな思いでも、効果は同じなの。」

私の手渡した宝珠に触れ、ルナは静かに見つめる。

「これはね、全てが還る宝珠というみたいなの。私には魔法が使えないけれども、私から生まれる宝珠は魔法が使えるみたいなの。」

ルナの楽しそうに見上げる先に輝く、指先に触れた宝珠。

「ご主人様さんと一緒に居た人から、教えてもらっただけだけれども…。」

ルナは、少し俯き、その宝珠を、再び私へと渡す。

「ステラちゃんは、いつも誰かのために頑張ってるから、幸せが還ってきたんだよ。」

私は、触れた宝珠と共に、ルナの言葉に抱かれ、雫が頬を伝った。

ルナは、私の知らない苦痛を味わってきた。

それが、何なのかはわからない。

私と同じものなのか、全く違うものなのか。

少なくとも、この宝珠を奪うために、リュパンは、この無垢な心に深い傷を刻んできた。

私が守れなかった、大切な人の大切な心。

それでも、ルナは、穏やかな音色を奏で続けている。

私は、それが、とても悲しく、とても辛く、そして、とても愛おしい。

ただただ、守りたい。

ルナだけは、守り続けたい。

私の全てを捧げても、守り抜きたい。


私は、ルナに贈ってもらった、大切な宝物さえ守れなかった、傀儡だった。

「ルナちゃん、前にくれた宝珠のことなんだけど…。」

でも、奪われなかった。

そして、今はもう、傀儡じゃない。

大切な人の大切な人になりたい、ただの人。

そうさせてくれたのは、ルナ。

「どうしたの。ご主人様さんに、取られちゃったのかな。でも、その宝珠もあげるから、心配いらないよ。」

だからこそ、それを伝えるのが、少しだけ、怖がった。

「違うの…。その……、飲んじゃったの…。せっかくくれたのに…、ごめんね…。」

あの日、給仕達に奪われそうになった時、私は、確かに飲み込んだ。

ルナから貰った大切な贈り物を、飲み込んでしまった。

今になって、罪悪感に溺れそうになる。

「え…、ちゃんと洗ったの。」

ルナは、心配そうに私を見つめる。

「気になるところは、そこなの…。」

私は、ルナの音色に、思わず微笑んでしまった。

「でも、本当だね…。溶け込んでる。ステラちゃんの中に、私が入っちゃった。」

ルナが顔を上げ、瞳を煌めかせて、私を見つめた。

ただ、ルナは、宝珠の溶け込んだ私の心の在処を撫でている。

それが、とても擽ったい。

「ルナちゃん、ふっ、少しだけ…、ふふ、手を離してほしいな…。」

「どうしたの。楽しいの。」

無垢な問いを奏でるルナの瞳は、楽しそうに輝いている。

その音色を紡ぐ度に、ルナの手が優しく揺れ、私は、その擽ったさに、思わず笑った。

「あはは、…だめ、ふふ。」

それでも、不思議そうに私を見つめるルナの手は離れない。

「どうしたの、何をするのが、だめなの。」

私は、不思議そうに見つめるルナのお腹を擽った。

「あはははははは。ステラちゃん、擽ったいよ。」

その笑う音色に揺れるルナの手が、更に私を擽る。

「あははは、ね…、ふふ、あはは、だから、ふふ、…だめなの…、あはは。」

私は、ずっと憧れていた。

こうして戯れる事を想い描いていた。

それに、縋り続けていた。

その想いが、こうして叶った。

ルナが、叶えてくれた。


「私も、ルナちゃんに、何か贈りたい…。」

私には、何も無い。

大切なルナへ贈るものすら、持っていない。

「私を、此処に連れてきてくれたよ。あまり目の見えない私と、ずっと一緒に居てくれるよ。これ以上、貰っちゃったら、欲張りになっちゃう。」

ルナが、私を抱きしめてくれた。

私も、ルナの背に手を回し、温もりを分かち合う。

重なる鼓動が、幸せを奏でた。



「あの、お腹いっぱいですか。足りますか。」

親子に見える二人へ、私たちは、口の付けていないスープと、お肉のパンを渡し、お誕生日会を催した。

私たちの前には、分かち合ったスープの残りが、今も優しく香っている。

「ありがとうございます。充分です。恵んでいただき、本当にありがとうございます…。」

それを奏でながら、頭を下げる二人。

ただ、その二人のお腹から鳴る音色が、まだ空腹である事を伝えた。

「私たちのスープでよければ、飲んでください。私たちは、もう、お腹がいっぱいで…。」

テラが、私たちに紡いでくれた言葉。

みんなで食べる方が、美味しい。


私たちは、それを噛み締め、その喜びに触れていた。

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