第二楽章1節
スープの芳醇な香り、口に広がる野菜の甘み、その温もりが、何より、その優しさに触れた事が、私たちを癒してくれる。
「スープいっぱいだね。」
ルナが、私の顔を見つめ、微笑む。
半分も食べきれずに、膨れたお腹を撫で、私たちは、微笑みあった。
「こんなに食べたの、初めてなの。」
両手を伸ばすルナの繊細な影が、優しく揺れる。
それが、私の影と重なり合い、私は微笑んだ。
「私も…、最後に、こんなにたくさん食べたの、もう思い出せないな…。」
それだけじゃない。
二人で分け合い、共に食べる。
その一つのスープより、私は豪華な物を食べた事がない。
「もう一つ、スープがあるよ。それと、お肉のパンも二つもあるね。」
私は、テラからもらった、包みを取り出し、微笑んだ。
きっと、今も、どこかで、お腹を空かせている人がいる。
これは、私たちだけが持っていていいものではない。
だから、これを手放す事を、きっと、ルナもテラも許してくれる。
「こんなにたくさん、お誕生日会みたいだね。」
「そうだね。私たちの本当の誕生日は、きっと今日なんだよ。」
その夜が昨日だったのか、今日だったのかは、わからない。
でも、この日という今を手にしたことには、変わらない。
少なくとも、今の私たちは、昨日までの私たちとは、違う。
私たちは、私たちの想いのままに、此処に居る。
私たちは、選んだことをやる事ができる。
「ねえ、ステラちゃん、お誕生日会なら、みんなとしたいな。」
食べきれない一つのスープと、お肉のパン。
「うん。きっと、お腹が空いている人は、他にも居るよ。だから、一緒に食べよう。」
私たちは、柔らかな微笑みを分かち合った。
「したい事、もう見つかっちゃったね。」
ルナが、輝く笑顔を奏でる。
私は、テラからもらった包みを抱え、ルナが残ったスープを大切そうに両手に包んだ。
足元に置かれた袋、私は、それを思い出した。
「そういえば、袋には、何が入っているのかな。」
私たちは、テラからもらった袋を手に取り、一緒に覗き込んだ。
それが、陽光に照らされ、輝く。
「金色のきらきらが、いっぱいだね。」
ルナは、袋の中に手を入れて、楽しそうに囁いた。
「ねえ、見て。絵も彫ってあるよ。」
その一つを取り出し、陽光に掲げて、ルナは、それを眺めている。
「食べれなさそうだね。飾るのかな。…ステラちゃん、どうしたの。」
それを袋に戻したルナが、不思議そうに、私を見つめた。
でも、私は、それを知っている。
その意味も、その重さも。
それを、多く持つ人の怖さも。
それを、手放す事の恐ろしさも。
それが齎した、私と私の家族の行く末も。
それ故に、その価値さえも、知っている。
「受け取れない…。」
私は、立ち上がり、テラを探す様に見渡す。
もう、どこにも、その影はなかった。
「ルナちゃん、これは、お金だよ。それも、たくさんの。こんなの、貰うわけにはいかないよ…。」
私は、その袋を持つ手が震えるのを抑えながら、座り込む。
「お金、知ってるよ。ご主人様さんが、私より大切なものだって言ってたの。」
ルナが誇らしげに奏でる。
「じゃあ、今度、会えたら、いっぱいお礼しなきゃだね。」
そう言いながら、ルナは指を喉へと入れる。
「だめだよ、ルナちゃん。気持ちは大切だけど、今じゃないよ。」
「おえ…。そうなの。」
指を抜き、不思議そうに問うルナの瞳から、宝珠が零れ落ちた。
「うん。それに、この街で、魔法を使うのは、本当は危ないの。」
「そうだったね…。みんなを怖がらせちゃうものね。」
ルナは、口を塞ぎ、ここが白妙の都である事を思い出す。
「怖がらせるからじゃないの。誰も、ルナちゃんを怖がったりしないよ。ルナちゃんは、可愛くて優しい子だから。でもね、また誰かが、ルナちゃんを閉じ込めちゃうかもしれないの…。」
私は、ルナの肩を抱きしめ、囁く。
その音色の影に潜む、リュパンの歪な不協和音。
私は、それを振り払い、固まるルナに微笑みかけた。
「それにしても、そんなにぽろぽろ出てくるものなの。」
宝珠を拾い、私は不思議そうに見つめた。
「想いが強いと、ぽろぽろ出るよ。」
ルナは微笑む。
「でもね、どんな思いでも、効果は同じなの。」
私の手渡した宝珠に触れ、ルナは静かに見つめる。
「これはね、全てが還る宝珠というみたいなの。私には魔法が使えないけれども、私から生まれる宝珠は魔法が使えるみたいなの。」
ルナの楽しそうに見上げる先に輝く、指先に触れた宝珠。
「ご主人様さんと一緒に居た人から、教えてもらっただけだけれども…。」
ルナは、少し俯き、その宝珠を、再び私へと渡す。
「ステラちゃんは、いつも誰かのために頑張ってるから、幸せが還ってきたんだよ。」
私は、触れた宝珠と共に、ルナの言葉に抱かれ、雫が頬を伝った。
ルナは、私の知らない苦痛を味わってきた。
それが、何なのかはわからない。
私と同じものなのか、全く違うものなのか。
少なくとも、この宝珠を奪うために、リュパンは、この無垢な心に深い傷を刻んできた。
私が守れなかった、大切な人の大切な心。
それでも、ルナは、穏やかな音色を奏で続けている。
私は、それが、とても悲しく、とても辛く、そして、とても愛おしい。
ただただ、守りたい。
ルナだけは、守り続けたい。
私の全てを捧げても、守り抜きたい。
私は、ルナに贈ってもらった、大切な宝物さえ守れなかった、傀儡だった。
「ルナちゃん、前にくれた宝珠のことなんだけど…。」
でも、奪われなかった。
そして、今はもう、傀儡じゃない。
大切な人の大切な人になりたい、ただの人。
そうさせてくれたのは、ルナ。
「どうしたの。ご主人様さんに、取られちゃったのかな。でも、その宝珠もあげるから、心配いらないよ。」
だからこそ、それを伝えるのが、少しだけ、怖がった。
「違うの…。その……、飲んじゃったの…。せっかくくれたのに…、ごめんね…。」
あの日、給仕達に奪われそうになった時、私は、確かに飲み込んだ。
ルナから貰った大切な贈り物を、飲み込んでしまった。
今になって、罪悪感に溺れそうになる。
「え…、ちゃんと洗ったの。」
ルナは、心配そうに私を見つめる。
「気になるところは、そこなの…。」
私は、ルナの音色に、思わず微笑んでしまった。
「でも、本当だね…。溶け込んでる。ステラちゃんの中に、私が入っちゃった。」
ルナが顔を上げ、瞳を煌めかせて、私を見つめた。
ただ、ルナは、宝珠の溶け込んだ私の心の在処を撫でている。
それが、とても擽ったい。
「ルナちゃん、ふっ、少しだけ…、ふふ、手を離してほしいな…。」
「どうしたの。楽しいの。」
無垢な問いを奏でるルナの瞳は、楽しそうに輝いている。
その音色を紡ぐ度に、ルナの手が優しく揺れ、私は、その擽ったさに、思わず笑った。
「あはは、…だめ、ふふ。」
それでも、不思議そうに私を見つめるルナの手は離れない。
「どうしたの、何をするのが、だめなの。」
私は、不思議そうに見つめるルナのお腹を擽った。
「あはははははは。ステラちゃん、擽ったいよ。」
その笑う音色に揺れるルナの手が、更に私を擽る。
「あははは、ね…、ふふ、あはは、だから、ふふ、…だめなの…、あはは。」
私は、ずっと憧れていた。
こうして戯れる事を想い描いていた。
それに、縋り続けていた。
その想いが、こうして叶った。
ルナが、叶えてくれた。
「私も、ルナちゃんに、何か贈りたい…。」
私には、何も無い。
大切なルナへ贈るものすら、持っていない。
「私を、此処に連れてきてくれたよ。あまり目の見えない私と、ずっと一緒に居てくれるよ。これ以上、貰っちゃったら、欲張りになっちゃう。」
ルナが、私を抱きしめてくれた。
私も、ルナの背に手を回し、温もりを分かち合う。
重なる鼓動が、幸せを奏でた。
「あの、お腹いっぱいですか。足りますか。」
親子に見える二人へ、私たちは、口の付けていないスープと、お肉のパンを渡し、お誕生日会を催した。
私たちの前には、分かち合ったスープの残りが、今も優しく香っている。
「ありがとうございます。充分です。恵んでいただき、本当にありがとうございます…。」
それを奏でながら、頭を下げる二人。
ただ、その二人のお腹から鳴る音色が、まだ空腹である事を伝えた。
「私たちのスープでよければ、飲んでください。私たちは、もう、お腹がいっぱいで…。」
テラが、私たちに紡いでくれた言葉。
みんなで食べる方が、美味しい。
私たちは、それを噛み締め、その喜びに触れていた。




