第一楽章7節
漏れ入る陽光を見つめ、静かに佇む、金色の瞳。
「人間というものは、惰眠を貪る生き物なのか。」
柔らかい葉の温もりに、微睡みを流していく。
遠くに香る淡い煌めきが、空に陽光が彩られている事を教えてくれた。
「オルム様…。」
私は、あのまま眠ってしまっていた様だ。
あるはずのなかった無数の葉を撫でながら、体を起こす。
「ここは、妾の家だ。用が済んだのなら、そこの娘を起こして出ていけ。」
積みわらの様に彩られた葉の山に、目を向ける。
「魔王というのは、伝う話より、幾分も滑稽なものなのだな。」
オルムのため息が、静かに奏でられた。
「精巧に潜ませた魔力が、惰眠と共に垂れ流されている。」
オルムの金色の瞳に映る、葉の山に隠された魔力。
「お前たちは、持つものの異なる人間の境…、花の丘を目指しているのだろう。」
その金色は、私を捕えた。
「あの子の無垢は、その場所に於いて危険を極める。お前は、守りたいと言ったな。約束を違うなよ…。」
オルムの囁きが、私を重く包む。
洞窟の奥へと歩み始めたオルムの背は、羽を開かずとも、かつての人間の信仰を語っていた。
「さあ、行け、妾も惰眠を貪りたい。」
静かに響く音色に、私は跪いた。
「オルム様、ありがとうございます…。」
「むぐ、むぐ…。」
葉の山から漏れる吐息。
一枚、二枚と、葉が揺れ落ちる。
私は慌てて駆け寄り、山を崩した。
「メル…、おはよう。」
絡み合う眼差し。
「本当に食べられちゃったのかと、思ったわ…。」
メルの呆けた吐息が、頭から舞い降りる葉に溶ける。
メルを抱き寄せながら、ゆっくりと体を起こす。
「テラ、おはよう。」
メルの優しい微笑みが、私の心を躍らせた。
木漏れ日の道。
小鳥の囀りは、青天に響いている。
陽光に雲は踊り、遠くに翼の音がこだまする。
花の丘への道は、終焉の彩りを奏で始めた。
私たちは、来た道を歩み、家族の待つ拠点へと辿り着いた。
その足取りは、驚くほど軽かった。
まるで、オルムとの対峙が夢であったかの様に、力が漲っている。
故に、オルムとの対話が、揺るがぬ理として、私を刻んでいた。
懐かしい香り。
僅か一日の別離の覚悟が、遠い昔の様に感じる。
その芳しい彩りに触れた直後、数えきれない柔らかな旋律が、私たちに駆け寄る。
「魔王様、テラ様…、よくぞ、ご無事で…。」
オルタンシアの瞳には、支えきれぬほどの雫が奏でられている。
その手に持つのは、欠けた鍬。
私たちを囲む家族の手には、それぞれ朽ち果てる色を帯びた農具が握られている。
「テラさんが、どこに居るか分からなかったんだ…。」
アリウムの頬を伝う雫が、私に囁きを紡ぐ。
私はアリウムの瞳に頬を寄せ、その柔らかな体を抱いた。
「ただいま…。」
「おかえりなさい。」
アリウムの小さな手が、私の全てを包んだ。
私とメルは、集まる家族に、この先の道の安全を伝える。
次の拠点は、アリウムの過ごした集落。
ただ行くだけならば、二日も要さない。
しかし、この多くの命を背負い歩むには、同じ星座が、七度も彩る事となる。
その旅路は、私に色彩を与える。
これほどまでに、旅というものが至福に満ちたものだという事を、私は彼らから教わったのだ。
メルの人形劇の魔法は、月の元でこそ輝いた。
七度の星座は、その度に旋律を変える。
子供達を囲む舞台が、穏やかな音色を奏でる。
そこに彩られた、一人の姫。
私は、その姫に救われた。
そして、メルもまた、同じ想いを抱いている。
「必ず守ります。貴女も貴女の大切なものも…。」
淡く溶け行く魔力と共に、レーヌの言葉が、私を撫でた。
私の胸に小さく煌めく純白の石。
その首飾りは、確かな誓いを私に与え続けてくれる。
私は、それをそっと包み込み、二つの柄を握りしめた。
真の聖剣と、クレマティス。
私の守るべき、愛する者たち。
それを叶えてくれる、我が友。
私は、身に余るほどの至宝を贈られたのだ。
何も持たぬ器に注がれた新たな呪いが、私の背中を、そっと撫でた。
神よ、私は、ここに生きている。
その手を離れようとも、共に歩む温もりを得たのだ。




