第一楽章6節
静かに揺らめくのは、一輪の黄色のアルストロメリア。
全てに絡みつくのは、白い薔薇。
その茎には、棘がない。
ただ、肢体を動かす事だけは、何人たりとも許される事はない。
「メル…なぜ来た…。」
花びらに感じる魔力、それを間違うことなどない。
「褒めてくれても、いいのよ。」
私の背に触れる吐息。
その柔らかい腕が、私を包む。
「ありがとう…。救われたよ…。」
その手に触れるだけで、私の傷は幻想に感じる。
「どうやって、ここへ…。」
「レーヌの魔力が、運んでくれたの。」
微笑みの吐息が、耳を撫でる。
「また、運動しなさいと怒られてしまったわ。」
メルは、私の頭を優しく撫でると、ゆっくりと歩み始めた。
「神獣リリブランシェの子よ、無礼をお許しください。」
メルは、彼女の頬に触れる。
「これほどの魔力…、お前が魔王か…。なぜ勇者と戯れている。」
彼女もまた、肢体を動かすことができずに、唸る。
「彼は、テラです。」
メルは、静かに目を伏せ、空に絵を描きはじめる。
拙くも可憐な神獣の絵。
それは、光を奏で、薄暗闇を、晴天の舞台へと変えた。
「その下手な絵で、今度は何をして戯れる気だ。」
下手なものか、可憐で愛おしい絵だ。
口に出ぬ、叫び声。
それは、誰にも届く事なく、メルの囁きに溶ける。
「命を司る魔法。それは、死者の魂をも巡らせます。」
メルの手に、淡い光が宿る。
「ですが、それは、この魔法が禁断たる所以。それに、依代が無ければ、霧散するだけです。」
その手が、生み出された舞台の人形に触れた。
「でも、僅かな時間…、この人形劇のお手伝いをしてもらうくらいなら、きっと神様も許してくれます。」
メルの手に宿る光が眩く揺らめき、それは一つへ収束してゆく。
そこに宿る魔力。
それは、洞窟を震わせる旋律。
「リリブランシェ…、我が友よ…。」
先に口を開いたのは、私だった。
それは、思考より早く紡がれた祈り。
いくつもの雫が、カノンを奏でる。
私は、口を覆い、囁いた音色を恥じた。
「今は、二人にしてあげましょう…、テラ。」
その人形劇は、悠久を奏でるほどに続く。
膨大な魔力を有するメルの意識が薄れるほどに。
私は、メルを抱き、それを見つめる他なかった。
白い薔薇は溶け、黄色のアルストロメリアの淡い煌めきだけが、洞窟を照らしている。
微かに聞こえる、慟哭の吐息。
「もし、駄目そうなら、私が食べられている隙に、逃げてね…。」
メルが、虚な瞳を薄く閉じ、可憐な微笑みを彩る。
私には、もう、誰を守る力も残されていない。
聖剣を抜くことさえ、しばらくは叶わないだろう。
やがて、舞台は溶けていき、友の息遣いは空を彩る。
「妾の名は、神獣オルムブランシェ。…勇者テラよ、ここへひれ伏せ。」
静かに紡がれる音色は、私を包む。
メルを優しく寝かせ、私は、重い足を引き摺り、彼女、オルムの元へ跪く。
「妾は、人間を赦してはいない。赦すこともない。」
悲哀に満ちた音色が、静かにこだまする。
「だが、テラ、お前の贖罪は受け入れてやる。」
小さく開かれた口が、私の肩を包む。
その牙が、私の喉の連なりを刺した。
「お前の言葉が本物か、その背中で語るが良い。」
傷口から流れ込む、穏やかな旋律。
「何も持たぬ器、そこを妾の呪いで満たしてやろう。常に見ている事を、努々忘れるな…。」
私の体は、地を抱く様に崩れる。
外から流れ込む優しい風が、頬を撫でた。




