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夜想曲『花の国』  作者: ことは
Secondo movimento『月の詩』
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第一楽章2節

漆黒の森。

その外れで、ひっそりと暮らす家族。

それは、風が吹けば消えてしまいそうな小さな村。

魔力の持たない魔族が集まる場所。

それは、少しずつ灯火を手放していく。

残ったのは、血を分け合った四人。

だが、その中の一人に、魔力が芽生えた事を知る。

その魔法は、治療魔法。

大地の半分を持つ魔族の中でも、それを持つ者は稀。

魔王ですら、その魔法は拙いもの。

その魔王を育てた者は、それすら持たない。

故に、それを欲しがる魔族は数え切れない。


それが、初めて行使されたのは、姉の怪我に触れた時。

「ルナお姉ちゃん、大丈夫…。」

ルナは生まれた時から、灰色の瞳を彩っていた。

その輝き故に、他の色彩を映すことが、ほとんどできない。

白銀の髪を靡かせ、純白の肌に風を纏う。

そうして、ゆっくりと森を散歩するだけでも、怪我をする危険を伴う。

それを、チユは、誰よりも知っていた。

だからこそ、常に、傍から離れなかった。


だが、その日は違った。

チユは、まだ幼い。

故に、目の前を舞う蝶に、心を奪われてしまった。

それは、刹那の旋律。

ルナは、目の前の大木に、額を打ちつけた。

遠のく意識に、ルナが見たのは、淡い光。

チユが、ほのかに流れる赤のせせらぎを止めようと、手で押さえた時だった。


傷が消えてゆく。


その小さな魔力の音色は、遠く離れた森の片隅で、探知される。

宝を見つけたハイエナが、その村を囲むのは、時間の問題だった。


初めてチユに声をかけたのは、朗らかな老人。

だが、その佇まいから溢れ出す魔力は、黒く濁っている。

その手を取れば、二度と家族に会えない。

それは、幼いチユにも鮮明に降り掛かる彩り。

故に、チユは、逃げ足を磨く事となった。


幾つかの暁を経て、チユは決意する。

ここに居れば、家族を巻き込む。

故に、一人、ここを発つ。


「チユ、どこに行くの…。」

寝息が宵闇に奏でられる頃、チユは三人に別れを告げた。

それでも、ルナとだけは、離れたくなかった。

故に、静かに声をかけ、ただ見つめ続けた。

ここから、足が動かない。

それが、ルナに現を取り戻す機会を与えてしまう。

「ごめんなさい、ルナお姉ちゃん。私、行かなきゃ…。」

そう囁いて、チユは、幸せから逃げ出した。


ただ、愛する人たちを守るために。


その影を追う灰色の瞳から、真珠が零れ落ちる。

ルナ自身ですら知らぬ魔法が、芽生えた瞬間だった。


それは治療魔法に肩を並べる奇跡。

雫に宝珠を生む魔法。

それは、淡雪の如く、咲いては消える魔力。

故に、類稀なる探知魔法にさえ、捕えられる事はなかった。


ただ知っていたのは、チユとルナの両親。

その身に彩られなかった魔力の束縛が生んだ、二つの奇跡。

それを守るために、魔力の持たぬ者として、ここに息を顰めてきた。


故に、チユもルナも、それを知らずに育ち、それを行使した。

それが、始まりの音色。

全ての歯車が、歪な旋律を奏でて動き出す。



やがて、漆黒と白妙の戦争が、第二次ブランノワールへと進む頃、幾人もの魔族が、この村へと近づいた。

それは、魔力を持たぬが故に、魔族を疑われた行く末。

人族の潜入者として、その三つの灯火に刃が向けられた。


抵抗したのは、父であった。

母は、ルナを抱きしめて、森を駆ける。

それを見送った父は、赤い花弁と共に散った。


そして、間も無くして、残る二人は囲まれる。

「遠くへ駆けなさい。早く。」

ルナは、自らの意思で歩む事は、ほとんど無かった。

故に、この刹那でさえ、言葉に委ねる他、その肢体を動かす術を知らずにいた。

光さえ、僅かな彩りとして瞳を掠める世界で、ルナは独り、荒野を駆けた。


かつて、1人旅立ったチユの足跡を辿る様に、砂塵の中に影が舞う。



だが、それは、長くは続かない。

乱れる息に、全身を砂に包む。

見上げる空の彩りを、この時でさえ、ルナは知らない。

ただ、ほのかに輝く優しい光が、月であることだけは知っている。


それを覆う様に、幾つもの手が、ルナを撫でた。

その手は、魔族のものではない。


商品を探し、這い回る獣。

価値ある物を見つけた歪な微笑みが、ルナを運んだ。

向かう先は、白妙の都。

値段の付けられた灯火は、無垢なるルナ。

それを買うのは、リュパン。


星と月が重なる空に、その穢濁の旋律が傲慢に響く。


だが、自らの意志を閉じ込め続けたルナに、逃げる選択を彩る事はできなかった。

抵抗すらしないルナに、その獣は嘲りに溺れる。

その不協和音さえも、ルナには響かない。

枷無き枷がルナを支配し、馬車に揺られる。


その先の街道で、元魔王と相対する事など、誰も知らぬままに。



「ごめんなさい…。人違いでした…。」

馬車に彩られた流れる色彩を背に、慌てるメルの姿が、灰色の瞳に揺れる。

「あの…。これ、お詫びです…。」

メルは、手に持つ小さな種を包んだまま、その瞳を持つルナの、透き通る肌に触れた。

流れ込んだ風が、彼女の純白の髪が、メルの漆黒の髪と絡み合う。

「貴女の幸せを、祈ってます。」

メルは、ルナと、瞳を絡め合ったまま、小さく微笑む。

それでも、彼女の表情は、彩りを変える事はなかった。

「何者だ、降りろ。」

馬を操る手が、怒号を奏でる。

「ごめんなさい…。」

メルは、舞う様に馬車の踏み台を降り、小さく囁いた。

「いつか、国境にある、花の国というところへ、いらっしゃい。待っているわ…。」

メルの微笑みが、ルナの心に刻まれる。

メルが贈った小さな種子は、彼女の中へと溶けていった。


馬車の窓から顔を出し、その影を追う。

小さく消えていく、その姿は、いつか見た彩り。

「魔王…様…。」

その記憶を辿る様に、誰にも届かぬ囁きが、ルナから零れ落ちた。



やがて、馬車は、白妙へと辿り着く。

そこで渡されたのは、透き通る純白の布。

獣は、馬車の中で、それに着替える様に促した。

この刹那、その薄紗だけが、ルナを守る術となる。

それは、何も防いでくれはしない。

突き刺そうと向けられた凡ゆるもの。

その全てが、その身を、その心を、蝕むことを突きつける様に、布が煌めく。


全ては、リュパンが高く買い付ける為に。



首に繋がれた鎖に引かれ、ルナは見えぬ道を歩む。

「今日は、素晴らしい買い物ができそうだ。」

歪な微笑みを孕む音色が、ルナの耳を舐める。

この時、ルナは、初めて、不快というものを知った。

そして、これまでに感じたことのないほどの恐怖も、同時に芽生えた。


故に、何も発さず、指さえも動かすこともなく、ただその旋律にされるがままとなる。

「まずは、反応することから教えねばならんな。」

彼が錬金術師を自称する所以を、醜く奏でる。


その不協和音に、白妙に聳える絢爛の館が嘲りに彩られる。



その館の鉄格子の中で、ステラは、孤独の中で糜爛と虚無の臨界に彷徨っていた。

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