戸惑いと躊躇いと
「今日、着てないのか?」
ノブが何気なく言う。
「……は?」
アキラが眉をひそめる。
「いや、その……いつもしてるやつ」
「ああ、ナベシャツ?」
あっさり答える。
「今日はいいかなって。苦しいし」
「……っ」
ノブの視線が、一瞬だけ泳ぐ。
(よくねえだろ)
(いや、何がだよ)
「なんだよその顔」
「いや、別に」
「変なやつだな」
そう言って、アキラは何も気にしていない顔で前を向く。
――無防備すぎる。
(やめろって……)
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「はい、はい、チューモーク!!」
アヤがパンパンと手を叩く。
ここはカラオケの一室。
そこには、アヤとその友人のミカとナオがいた。
アキラは状況が掴めずオロオロとしている。
「今日の議題は、ずばり、最近のアキラちゃんがぶれすぎて、あたしらどう対応すればいいの?問題です!! ドンドンパフパフー!!」
「そうそう」「うんうん」とミカとナオが頷いている。
「オレが悪いのか?」とアキラはわけがわからないと首をひねっている。
はあ、と溜息を吐くアヤ。
「最近あんたナベシャツも付けてないでしょ?」
「そうだけど、それがなにか関係あるのか?」
「アキラちゃん、最近クラスでも話題よ? 今までは『オレは男だー!』とか言ってたくせに、急に受け入れてノブっちを彼氏扱いし始めてるって」
「――なっ?」
アキラは急に顔を赤らめるともじもじとし始める。
「で、一体どうしたいの? アキラちゃんは」
ウンウンとミカとナオも前のめりに頷いている。
するとアキラはぽつりぽつりと話しはじめる。
夏休みの帰省中に起こったこと、ミサオとオレが同じで、もう男にはなれない事。
そしてこないだの土地神のよる乗っ取りで、何かが吹っ切れてしまった事。
そしてアキラは、少しだけ言葉を探すように視線を落とした。
「……正直、よくわからないんだ」
アヤが眉をひそめる。
「前はさ、嫌だったんだよ。こういうの」
いま着ているひらひらの服を、曖昧に示す。
「でも、なんか……最近」
少しだけ考える間。
「別に、いいかって思う時がある」
「……」
「ノブといるときとか、特に」
「――っ」
アヤたちが顔を見合わせる。
「なんか、変に安心するっていうか」
「それってさ」
ミカが口を挟む。
「好きってことじゃないの?」
「わかんねえ……」
即答だった。
でも、その声は少しだけ弱い。
「ただ……」
アキラはぽつりと続ける。
「前みたいに、絶対違うって言い切れなくなった」
「で、それ、ノブっちには話してるの?」
「……」
沈黙。
視線が泳ぐ。
「……言ってねえ」
アヤは深くため息を吐いた。
「はあ……あんたたちほんと面倒くさいわね」
カラオケを出ると、何故かそこにはノブがいた。
手に持ったスマホから目を離し、ちらちらとカラオケの出口を気にしている。
アヤに背中をポン、と押される。
その目は「行ってさっさと話て来なさい」と言っている。
オレは重い足取りでノブへ近づいていった。
結局アキラは言い出せないままノブの隣を歩いていた。
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「なあ、アキラ」
ノブが珍しく低い声で呼び止める。
「なんだよ」
いつも通りの返事。
でも、その軽さに――少しだけ引っかかる。
「お前さ」
言葉を選ぶ。
「……あの時のこと、どう思ってんだ」
「どの時だよ」
「桜庭のことだよ」
一瞬、空気が止まる。
「ああ……別に、もういいかなって」
あっさりした答え。
その瞬間――
「よくねえだろ」
低く、はっきりした声だった。
「……は?」
アキラが目を瞬かせる。
「なんでお前が流してんだよ」
ノブは一歩、詰め寄る。
「嫌だったんじゃねえのかよ。ああいうの」
「……別に、もう終わった話だし」
「だからいいって話じゃねえだろ!」
思ったより強い声が出た。
自分でも少し驚くくらいに。
「……あんな風に触られて、平気なわけねえだろ!! お前さ、なんでも"いい"で済ませすぎなんだよ」
「……なんだよ、それ」
アキラの眉が寄る。
「仕方ねえだろ。どうにもならねえことだってあるだろ」
その言葉に、ノブの中で何かが引っかかった。
「……それ、本気で言ってんのか?」
「は?」
「"どうにもならねえからいい"って顔してるやつがさ――」
一瞬、言葉が詰まる。
でも、止まらない。
「なんであんな顔してたんだよ」
「……っ」
アキラの肩がびくっと震える。
「無理してるの、バレバレなんだよ」
沈黙。
風の音だけが通り抜ける。
「……別に」
絞り出すような声。
「無理なんか――」
「してるだろ」
被せるように言う。
逃がさない、みたいに。
「お前、さっきから一回も"嫌だった"って言ってねえじゃん」
「……」
「言えよ」
少しだけ声が落ちる。
「言わねえと、わかんねえだろ」
「だったら…」
アキラがキッっとノブを見つめ返す。
「だったら、どうすりゃいいんだよ!!」
一拍。
「 オレだって、オレだって、もう男に戻れないってわかって」
「どうすりゃいいかわかんねぇんだよ!!!」
アキラはその場に崩れ落ちる。
声が震えている。
押し殺してきたものが、一気に溢れ出していた。
「……っ」
ノブは、何も言えなかった。
頭の中が真っ白になる。
慰めの言葉も、励ましも――
どれも違う気がした。
(駄目だろ……それじゃ)
拳を握る。
今ここで、適当なことを言ったら、
きっと全部が嘘になる。
「……アキラ」
それでも、声を出す。
うまく言えなくてもいい。
でも逃げるほうが、もっと駄目だ。
「……正直、俺もわかんねえ」
アキラが顔を上げる。
「お前がどうなりたいのかとか、どうすればいいのかとか」
「……そんなの、俺が決めていいもんじゃねえし」
ゆっくりと言葉を選ぶ。
「でもさ」
一歩、近づく。
「お前がどうなっても、アキラはアキラだろ」
涙でぐしゃぐしゃの顔を、まっすぐ見る。
「男とか女とか、正直……俺、まだ頭追いついてねえけど」
苦笑する。
「それでもさ」
一瞬、迷って――でも逸らさない。
「お前が困ってて、どうしようもない時に、側にいるくらいはできる」
静かな声だった。
「だから――」
一拍。
「一人で決めんな」
少し間を置いて、
「一緒に悩めよ」
アキラの肩が、びくっと震える。
そして小声で何かを口ごもる。
「……ぃよ」
よく聞こえずに聞き返す。
「わりい。よく聞こえね――」
「……ずるいよ!! ノブ」
アキラは泣きついてきた。
一瞬、迷った。
でも――
俺は何も言わずに抱きしめてやった。
しばらく、そのままだった。
アキラの肩が小さく震えていて、
それが少しずつ落ち着いていくのがわかった。
(……これでいいのかは、わかんねえけど)
それでも、離す気にはなれなかった。
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――パシャ。
「……は?」
間の抜けた音に、ノブが顔を上げる。
「はい、ごちそうさまでーす」
少し離れた場所で、アヤがスマホを構えていた。
その後ろでミカとナオがニヤニヤしている。
「なっ……お前らいつからいた!?」
「最初からに決まってるでしょ」
「いい絵撮れたわよ~。タイトルどうする? "ついに落ちたノブっち"とか?」
「おいやめろ!!消せ!!」
「やだ」
即答だった。
「ていうかさ」
アヤは肩をすくめる。
「今の流れでそれやる? 普通?」
「うるせえ!!」
ノブが真っ赤になって怒鳴る。
その腕の中で――
「……っ」
アキラが固まっている。
「……あ、あのさ」
小さな声。
「ノブ……そろそろ……」
「……あ」
ようやく状況に気づいて、慌てて手を離す。
アキラは慌てて服の乱れを整え、俯きながら小さな声で、
「……ありがと」
ぽつりと、そう言った。
「……っ」
ノブの思考が止まる。
耳が火照る。
「はいはいはい!!今のもいただきましたー!!」
「だからやめろって言ってんだろ!!!!!」
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数日後。いつも通りの帰り道。
(……なんだこれ)
隣にいるだけで、落ち着かない。
ノブの服の袖を、無意識に少しだけ掴む。
(ノブって、こんな匂いだったっけ)
安心するような、
でも変にドキドキするような。
「……なあ、アキラ」
声をかけられて、はっとする。
「な、なんだよ」
ばっと手を離す。顔が熱い。
ノブは怪訝そうにこちらを見る。
「……なんかお前、今日変じゃね?」
「変じゃねえ!」
即答だった。
間髪入れずすぎて、余計に怪しい。
「この前のさ……」
「言うな!!」
「いやまだ何も言ってねえけど!?」
「言わなくていい!!」
耳まで赤い。
視線が泳ぐ。
「……あれは、その……」
言葉に詰まって、顔を背ける。
「忘れろ」
「無理だろ」
「無理じゃねえ!!」
「泣きながら抱きついてきたやつが何言ってんだよ」
「うるせえ!!!!!」
――沈黙。
少しだけ、風が吹く。
そのあと、どちらからともなく歩き出す。
さっきより、少しだけ距離が近いまま。
(……まあ、いっか)
そんなことを、どちらともなく思っていた。




