松田アヤの憂鬱(そのニ)
朝。
校門。
「なんじゃ、あやつら。また離れておるの」
チハルが顎で示す。
その先。
少し距離を空けて歩く、ノブとアキラ。
「うーん……」
マサハルが目を細める。
「彼女のほうが避けてるようだな。ノブヒロ、なんかやらかしたか?」
「人の子とは、面倒なものじゃのう」
「いや、お前もだろ」
「なぬ?」
ぴたりと足を止めるチハル。
「妾はこう見えてだな――」
「はいはい、もういいってそれ」
「はあ!?」
噛みつく。
「貴様、何も分かっておらんな!? ガルルル!勝負じゃ!」
「だから勝ったことねーだろ、お前」
「うるさいうるさいうるさい!! 次は勝つ!!」
「無理無理」
「貴様ぁ!!」
少し離れた横で、
「なにあれ」
ナオがぽつり。
「さあ? 痴話喧嘩でしょ」
ミカが適当に返す。
その隣で。
アヤだけが、前を見ている。
ノブと、アキラ。
距離。歩幅。視線。
(……あれ)
一瞬、目を細める。
(ちょっと……やりすぎた?)
小さく、息を吐く。
「なあアキラ」
ノブが横を歩きながら言う。
「お前、今日変じゃねえ?」
「……別に」
即答。
でも、
顔は赤いまま。
視線も上がらない。
「普通だろ」
間。
「普通に見えねえけど」
沈黙。
「……昨日」
ノブが続ける。
「アヤと、なんかあったか?」
「……っ!!」
ビクリ、と肩が跳ねる。
分かりやすすぎる反応。
ノブが止まる。
振り返る。
視線が、まっすぐアヤに向く。
「……アヤ」
低い声。
「お前、何した」
アヤは一瞬だけ瞬きをして、
それから肩をすくめる。
「別に?」
軽く。
「アキラちゃんが自分で身を守れるように、ちょっと“女同士の話”しただけ」
嘘ではない。
ノブはしばらく黙って、
じっとアヤを見る。
それから、
アキラに戻す。
「……ほんとか?」
「……そ、そう」
視線が泳ぐ。
「アヤとは……その……"女同士の話"ってやつを……」
語尾が消える。
「……そうなのか?」
「……うん」
間。
アキラの脳裏に、昨夜の記憶がよみがえる。
ページをめくる音。
妙にリアルな描写。
逃げ場のない展開。
『受けるってなんだ?』
『できんのか?』
『やり方、わかんねえんだよ』
『お前がわかるまで教えてやるよ』
「~~~~っ!!」
布団の上で悶絶する自分。
顔を押さえて、足をばたつかせて――
(なに読ませてんだよあいつはああああああ!!)
現実に戻る。
ぶんぶん、と頭を振る。
振り切るように。
そして、
ノブを見る。
心臓が跳ねる。
昨日のページがフラッシュバックする。
距離。体温。手。
(無理無理無理無理無理)
「……っ」
アキラの手が、ぎこちなく伸びる。
ノブの手を、掴む。
ぐいっ、と引っ張る。
「……も、もういいだろ!」
早口。
「行こ!」
「お、おう……?」
状況を飲み込めないまま、引っ張られるノブ。
その後ろで。
アヤは、数秒だけ固まっていた。
(あ、これ)
一拍。
(完全に“変なスイッチ”入れたやつだ)
手で口元を押さえる。
笑いをこらえるみたいに。
「……やば」
小さく、呟いた。




