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ノブの確信

本編ではさらっとスルーされていた、二年生の冬の頃のノブの心理描写です。

朝の空気は尖るように冷たく、吐き出す息は言葉の形になる前に白く霧散する。


登校路。いつものアスファルト。


並んで歩く距離は、いつも通り。


「……でさ、アヤがまた変なこと言い出して――」


アキラの声が隣で続いている。


ちゃんと聞こえている。


なのに、


少し遅れて入ってくる。


視界の端に、深い緑色のタータンチェック。


マフラー。


アキラが端を握りしめている。


指先が、生地に埋もれている。


(……寒がりすぎだろ)


風が、不意に横から抜ける。


前髪が、ふわりと浮く。


横顔が、そのまま出る。


(……)


一瞬だけ、目が止まる。


伏せられた睫毛。


(……長くね)


「……おい、聞いてんのかよノブ」


「……ああ。聞いてるよ。ボス倒せねーんだろ」


「はあ? ボスの話なんてしてねーよ。アヤの話だって」


アキラが呆れたように笑う。


少しだけ、顔が近い。


ノブは、わずかに視線を外す。


(……なんだ今)


(……いや)


(今のは、別にいい)


何事もなかったみたいに、歩き続ける。


-----


玄関。


狭い空間に、冬の冷気と、二人分の気配がこもる。


アキラがマフラーを外す。


端を合わせる。


指先で整える。


柔らかな起毛を、軽く撫でる。


(……)


視線が、そこに止まる。


「アキラ」


名前が出る。


アキラが顔を上げる。


視線が合う。


一瞬。


逸らす。


自分でも分かるくらい、早い。


(……なんだ今)


少し遅れて、もう一度見る。


もう、合わない。


アキラはマフラーを抱えて、上履きを履き直している。


何もなかったみたいに。


「んじゃ、俺、朝練行ってくるわ」


声が少しだけ早い。


そのまま歩き出す。


簀子が鳴る。


「おう。じゃな」


背中に、いつも通りの声。


----------------------------------


昼休み。


外はいつもの中庭を諦める寒さ。

閉め切った教室は、生徒たちの熱気で窓を曇らせている。


ガタ、と椅子を引き、アキラの隣に座る。


少し近い。


アキラが、慣れた手つきで弁当の包みを解いている。


いつもみたいに、中身を覗き込もうとして、肩に手を回しかけて――


止まる。


視線が落ちる。


うなじ。


(……)


手を下ろす。


少しだけ、距離を詰める。


アキラが何気なく腕を掴む。


「ごめん、水筒取って」


「自分で取れよ」


言いながら、取る。


離れる。


(……細いな)


それだけ。


でも、


手を離したあとも、


感触が残る。


(……なんだこれ)


パンをかじる。


味が、少し遅れてくる。


(……まあ、こんなもんか)


-------------


放課後。

部活。


畳の上。


組み合う。


襟を取る。


引く。


体を入れる。


投げる。


――はずだった。


一瞬、何かがよぎる。


掴み返される。


重心が浮く。


遅れる。


受ける。


崩れる。


背中から落ちる。


「おい田中!何ボーッとしてんだ!」


「……うっす」


立ち上がる。


汗を拭く。


(……)


さっきの一瞬。


思い出そうとして、


やめる。


集中していない自分。


少し腹が立つ。


――それだけじゃない気がした。


----------------


下校。


並んで歩く。


会話は普通。


内容も普通。


途切れない。


なのに、

少しだけ、距離が気になる。


近いか。


遠いか。


分からない。


歩幅を合わせる。


またズレる。


(……なんだこれ)


そのまま歩く。


ふと、

あの時の声がよぎる。


『……似合ってるぞ』


自分の声。


(……)


少しだけ引っかかる。


「じゃあな、ノブ」


一瞬。


反応が遅れる。


分かれ道。


「……おう」


アキラが手を上げる。


そのまま離れていく。


背中。


少し遠ざかる。


ノブは、動かない。


一歩分だけ、遅れる。


(……)


それから、歩き出す。


--------------------------


浴室。


白く立ち込める湯気。


シャワーを浴びる。


水音が、途切れず続く。


頭から落ちる熱が、

そのまま背中へ流れる。


(……)


何も考えていない。


はずなのに、引っかかる。


一瞬、

何かがよぎる。


横顔。


指先。


すぐに消える。


髪を乱暴にかき上げる。


「……はあ」


息が漏れる。


シャワーを止める。


音が、消える。

急に静かになる。


(……)


さっきの、何か。

思い出そうとして、


やめる。


湯船に体を沈める。

熱が、じわりと広がる。


目を閉じる。


(……)


さっきの感覚。


視線。


手。


うまく繋がらない。


でも、

同じところに引っかかる。


(……なんだよ、ほんと)


少しだけ、考える。


すぐに、やめる。


(……別に、いいか)


--------------------------


ベッドの上。


スマホ。


トーク画面。

アキラ。


開く。

閉じる。

また開く。


打つ。


『もう寝たか?』


送る。


既読はつかない。


しばらく見る。


画面を消す。


(……別にいいけど)


ベッドに転がる。


目を閉じる。


すぐには寝れない。


-------------------------------


次の日。


冬の空は、もう薄く青いだけだった。


並んで歩く。


会話はない。


あるにはある。


でも、もうどうでもいい話は続かない。


ポケットの中で、指が何かに触れる。


手袋。


(……)


取り出す。


少しだけ、止まる。


前を歩くアキラ。


いつも通り。


いつも通りなのに。


(……これ、前もあったな)


渡すタイミングは何度もあった。


寒い時。


肩をすくめた時。


手が止まった時。


でも。


どれも渡さなかった。


理由はない。


いや、理由はあった気もする。


でも、どれも言葉にならない。


手を戻す。


ポケットの中に。


(……別にいいか)


そう思う。


前は「渡すべき」だった気がする。


今は違う。


隣を見る。


アキラは前を見ている。


ただ歩いている。


それでいい。


(……これでいいんだろ)


何が、とは言わない。


少しだけ歩幅を合わせる。


それだけで、十分な気がした。


「……寒いな」


ぽつりと出る。


「……な」


いつも通りの返事。


それで終わる。


でも、


何かが終わった感じはしない。


(……もう、これでいい)


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