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松田アヤの憂鬱

その後の、ちょっとしたサイドストーリー。アヤ視点です。

つい筆がのって加筆しました。ごめんなさい。

まだ陽射しは夏の面影を残している。

空は遠くなり、カーテンを揺らす風も少し涼しい。


少しずつ、秋に近づいている。


教室。

いつものざわめき。


でも——


どこか、落ち着かない。


受験。進路。

そんな言葉が、当たり前みたいに飛び交うようになった。


残り時間は、思っているよりずっと少ない。


松田アヤも、その中にいる一人だ。


その視線の先には——


隣り合って座り、自然に笑い合うノブとアキラ。


(つまんないの)


その言葉は、今の心を表しているようで、でもなんか違う。


すぐ近くにいるのに。

話しかければ、すぐに話せるのに。

なのにどこか距離が遠くなったような。


それは妬みじゃない。

純粋にゴールおめでとう、という気持ち。


でも、もう自分の手から離れてしまったような、

そんなポッカリとした気持ち。


ミカは先輩のいる公立。

ナオは医療系の専門学校に進む。


それぞれ違う道を歩みはじめている。

離れても、この四人とはこの後も付き合いは続くだろう。


でも、それはずっとじゃないかもしれない。


「あたしは、どうすっかなー」


視線が、手元に落ちる。


進路志望の申告書。


まだ、空白。


シャーペンの先だけが、紙の上で止まっている。


(……決めなきゃ、なんだけどな)


また、顔を上げる。


ノブとアキラが笑ってる。


ちょっとこの前まで、色々あったはずなのに、

もう普通に話してる。


(……いいよね、ああいうの)


一拍。


(ちゃんとぶつかって、ちゃんと決めてる)


ふと、アキラが視線に気づいて振り返る。

ノブも釣られて振り返る。

二人とも、ちょっと怪訝そうな顔。


「どうしたんだ?アヤ」


「別に。あんた達の距離感がバグり過ぎで、ちょっと呆れてただけ」


「は?な、なにいってんだ」


そんな見せつけるような距離なのに、

からかえば、すぐ顔赤くするのは変わらない。


ちょっと笑えてきちゃう。


一拍。


ふっと視線を落とす。


名前の欄の下、まだ空白のままの第一志望。


(……あたしは)


ペンを、くるりと回す。


(ちゃんと決めてんのかな)


さっきまでの二人の姿が、頭に残る。


まだこの先も、あの二人は揺れるんだろう。

めんどくさいことも起こるんだろう。


その時に——


(まあ、ちょっとくらいなら)


背中を押すくらいは、できる。


小さく、息を吐く。


「……ま、いっか」


「きーめた」


書き込む。


カリ、とシャーペンの音。


迷いながらでもいい。


止まってるよりは、ずっといい。


その口元には、いつものいたずらっぽい笑みが浮かんでいた。


-----------


駅前の喧騒を少し抜けた先。

ガラス張りのカフェ。


自動ドアが開いた瞬間、

冷房の残り香を押しのけるように、深く香ばしいコーヒーの匂いと、甘いキャラメルの香りが流れ込んできた。


アキラは、思わず足を止める。


(……なんだここ)


「ほら、行くよ」


アヤに袖を引かれ、レジへ。


頭上のメニュー表。

知らない単語ばかりが並んでいる。


「フラペチーノ」

「ショット追加」

「デカフェ」


(……暗号か?)


「アキラちゃん、何にする?」


アヤが振り向く。


「一番うまいやつ、頼んであげるわよ」


「……じゃあ、それで」


即答だった。


考えるのをやめた。


「お待たせしました! 焼き芋香ばしカラメル、エクストラホイップ、チョコソース追加、アーモンドミルク変更でショット追加のお客様ー!」


「はーい」


渡されたそれは、

もはや飲み物というより、層になった“何か”だった。


ずしり、と重い。


アキラは両手で抱えながら、アヤの後を追う。


窓際の席。


午後の光が、木目のテーブルを琥珀色に染めていた。


二人で腰を下ろす。


「……なんだよ。話って」


アキラはストローをくわえる。


ず、と音を立てて吸う。


冷たい甘さと、わずかな苦味。


「……うまいな、これ」


「でしょ?」


アヤは満足げに笑う。


一瞬、穏やかな空気。


窓の外では、雲がゆっくり流れていた。


「……でさ」


カップが、ことん、と置かれる。


視線が変わる。


「あんたたち」


一拍。


「どこまで行ったの?」


「っ……!」


ぶっ、とむせる。


「げほっ……!」


一気に現実に引き戻される。


「な、なに言ってんだよ……!」


顔を逸らす。


「いや、普通に気になるでしょ」


軽い口調。


でも――


「場合によっては、止めるから」


その一言だけ、重かった。


アキラが顔を上げる。


目が合う。


逃げ場はない。


「……で?」


視線が落ちる。


ストローを握る指に、力が入る。


「……抱き合って」


一拍。


「キス……した」


声が小さい。


「それだけ?」


「……それだけ」


アヤは、しばらく何も言わなかった。


ほんの少しだけ目を細めて、


それから、ふっと息を吐く。


「……そっか」


間。


「なら、まだ大丈夫か」


「……なにがだよ」


アキラが顔を上げる。


アヤはストローをくるくる回す。


「いやさ」


少しだけ視線を外して、


「勢いでさ」


戻す。


「変なとこまで行きそうなのよ、あんたたち」


「……」


言葉が詰まる。


図星だった。


「あとで気まずくなるやつ」


ぽつり。


「そういうの、見たくないの」


沈黙。


アキラは何も言えない。


アヤは、その様子を見て、


小さく肩をすくめた。


「……ま、いいや」


ぱん、と手を叩く。


空気が切り替わる。


「じゃ、行くよ」


「は?」


---


本屋。


BLコーナー。


「ここ」


「いや待て」


「何も知らないで突っ込むよりマシでしょ?」


迷いなく本を抜き取る。


完全に固まる。


「なにこれ……」


「予備知識」


即答。


「いやいやいやいや」


「そうね、今のあんたたちなら……」


ドサドサと腕に積まれていく。


「この先生のは、ダメね…、この先生ならそこまで行かないわね……」


持っている物から数冊引き抜かれ、棚に戻される。


表紙。


男と男。


距離が近い。


近すぎる。


「こういう流れで事故るのよ、だいたい」


ページをぱらり。


「ほら、こんな風に」


「無理無理無理無理」


「だから選びなさいって」


一拍。


少しだけ、声が落ちる。


「後戻りできなくなる前に」


「……」


アキラは黙る。


腕の中の本。


さっきの言葉。


どっちも重い。


「ほら、レジ」


背中を押される。


振り返ったアヤは、


いつもの顔に戻っていて――


でも、ほんの少しだけ。


楽しそうに、笑っていた。

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