等身大の結論
校門。
今日も、ノブとアキラが並んで歩いてくる。
昨日より――
ほんの少しだけ、遠い。
「ノブヒロ。お前らまた離れてねえか?」
マサハルがノブに肩を回してきて耳元で言う。
「いや、そういうんじゃなくてな」
距離は変わったとは思っていない。
意識が変わってしまった。
「俺のあのアドバイスじゃだめなのか?」
「あれは……」
ノブは思い出す。
『そんなのはな――どーんと構えて、ここぞって時に抱きしめてやりゃいいのよ』
首を振る。
「……今はまずい」
「そうか」
「そうだ」
アキラは隣のそんな会話すら耳に入らない。
(オレがノブを意識させてるのか)
(いや、意識しているのはオレか?)
その後ろからチハルがアキラへ近づく。
「なあ、お主。なぜ受け入れんのじゃ?」
チハルは目を細めながら言う。
「は?……誰おまえ」
考え事をしていたアキラはビクッとして離れる。
「そういえば名乗っておらなんだか。妾はチハル。海の民カイリュウ族が巫女、水波チハルじゃ」
ドヤ顔。
「お前なにいってんの?」
心底わけがわからないという表情。
チハルは目を怪しく光らせ、アキラをじっと見る。
「……やはり。お主。呪いじゃろ?大分馴染んでおるようじゃが」
その目は、冗談を言っているものではなかった。
一瞬ミサオさんの顔が浮かぶ。
アキラは目を見開く。
「なんでそれを――」
「良い」
遮る。今はそれじゃないと首を振る。
「じゃが、お主、なぜノブヒロを受け入れん。愛しておるのじゃろう?」
間。
遅れて、理解が追いつく。
「ななななっ―」
(……何言ってんだ、こいつ)
そう思った、はずなのに。
言葉の奥に、妙な引っかかりが残る。
「まあ良い。せいぜい頑張るのじゃぞ。人の子よ」
そう言うや、さっとマサハルの横へ戻っていく。
「なんなんだ、アイツ……」
そう言いながら——
視線が腕に落ちる。
さっき腕を引かれたときの感覚が、
まだ、残っている。
(……なんでだよ)
そこへ、
長い髪が視界を遮る。
「ねえ、アキラくん」
皆川ユズハだった。
「皆川……」
「お前、何の用だ―」
睨みつける。
が、
「……ね。言った通りになったでしょう?」
「あなただって、分かってるはずよ」
耳元で囁く。
アキラは目を背ける。
「……」
否定しようとして——
言葉が出ない。
(……違う)
そう思うのに、
どこが違うのか、うまく言えない。
「ユズハ、何やってる?」
ノブが警戒する。
「あら、ごめんなさい。お邪魔だったかしら?」
そういうと、アキラをチラリと見る。
そして―
「でも、そんな様子には見えないけれど」
そう言い残し、コツコツと靴音を響かせながら校舎へ消えていく。
アキラは顔を上げなかった。
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休み時間。
教室。
アキラは机に突っ伏している。
ノブは手を触れようとして―
静止する。
が、そのまま背中に置いた。
ピクリとする。
「アキラ」
優しい口調。
ノブは一瞬ためらう―
でも言う。
「今日、来い」
パッと顔を上げるアキラ。
「え…?」
理解が追いつかない、
——いや、
理解することを拒否している。
「……ちゃんと話がしたい」
一拍。
「昨日のことも、今のことも」
「……」
沈黙。
「……わかった」
少しだけ、目を逸らす。
「二人で背負うんだろ?」
一瞬。
アキラの動きが、止まる。
昨日の言葉が、頭をよぎる。
『それを“気持ちで帳消しにできる”って思ってる時点で、もう対等じゃないの』
胸の奥が、ざわつく。
それでも。
「……そうだな」
小さく、頷く。
目は、まだ逸らしたまま。
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ノブの部屋。
いつもの丸テーブルの前に二人は座る。
距離は少し遠い。
「今日はかーちゃんはパートでいねえ」
「は?」
「ちげえよ」
一拍。
「こういう話は、外野がいないほうがいいだろ?」
「……」
アキラは小さく頷く。
一瞬の、間。
「……アキラ」
「……ん」
「アキラは自分の体の変化に戸惑ってるよな?」
「……」
少しだけ、視線が揺れる。
「けどな、それは俺もだ」
「え…?」
「正直……俺だって分かってねえよ」
一拍。
「こんなの、どうすりゃいいのか」
言いながら、少しだけ苦く笑う。
「……不可抗力だ」
「……」
アキラは何も言えない。
「だから」
一度、言葉を切る。
「昨日みたいなのは……やめてほしい」
まっすぐには見ない。
でも、逃げてもいない。
「……悪かった」
小さく、でもちゃんとした声。
「……アキラ。俺が触れるのは嫌か?」
「違う」
わざと肩に触れる。
ビクリとするアキラ。
「俺だって、こうしてアキラに触れたい」
一拍。
「でも、アキラが嫌ならしない」
そう言って手を離す。
その手を掴む。
首を振る。
「……違う」
一拍。
「オレも、ノブに触れてほしい」
アキラがゆっくりノブを見上げる。
「……」
ノブも視線は逸らさない。
が、少し揺れている。
「オレ、怖かったんだ」
一拍。
「気づいたんだ。ユズハの言った、対等の意味」
「それが、“受け入れる”ってことなんだって」
「ちげえ―」
「違わない」
一拍。
「でもノブはオレを受け入れてくれた」
「だったら―」
「オレもノブを受け入れる」
「……ちげえよ」
即答じゃない。
一拍置いて、低く出る。
「それ、違う」
「……なんでだよ」
アキラは食い下がる。
ノブは、少しだけ言葉を探す。
「受け入れるってのはな」
一拍。
「無理して合わせることじゃねえだろ」
「……」
「昨日のは――」
言いかけて、止まる。
でも、逃げない。
「お前、分かってなかっただろ」
「……」
「分かってねえまま来られたら、対等になんねえよ」
刺す言葉。
でも、責めてない。
「……」
アキラの呼吸が止まる。
「俺はな」
少しだけ視線を逸らす。
「お前に合わせてほしいわけじゃねえ」
一拍。
「でもさ、昨日みたいなのはさ」
視線を逸らす。
「“受け入れる”っていうか――」
言いかけて、少しだけ視線を逸らす。
「……俺が、される側になるってことだろ」
「……」
アキラ、止まる。
「……あ」
理解する。
一拍。
「……それは――」
顔が赤くなる。
「……違うな」
「だろ」
「……難しいな」
「……だな」
一拍。
沈黙。
でも、さっきまでの重さとは違う。
一拍。
ノブが、小さく息を吐く。
「でもさ」
アキラを見る。
「分かんねえなら」
一瞬だけ、言葉を探してから―
「分かるまでやればいいだろ」
言ってから少しだけ首をひねる。
「……間違ってねーよな?」
アキラは少しだけ目を伏せる。
一拍。
「……そうだな」
そして頷く。
「逃げねえんだろ?」
昨日の言葉。
「……おう」
小さく、でも確かに返す。
一拍。
「考えたらなんか腹減ったな」
「……だな」
小さく頷く。
「なんか食うか?」
「おう」
テーブルの上に反射する、
カーテンの隙間から差し込む夕日が、
やけに眩しかった。
結局何も起きませんでした。期待していた皆様ごめんなさい。




