茶会の幕引き
ピロン。
チヒロのスマホが、小さく震える。
視線を落とす。
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ノブ:
悪い遅くなった、まだ二人はさっきの場所か?
チヒロ:
はい。まだ居ます。
ノブ:
アキラ連れてすぐ戻る
飯でも食って待っててくれ
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「……戻ってくる、みたいです」
一拍。
「ノブ先輩、アキラさん連れてくるって」
「ご飯でも食べて、待っててほしいって……」
言いながら、ほんの少しだけ指先に力が入る。
(……どうなるんだろう)
視線を上げる。
「皆川さん……?」
ユズハは、すぐには返さない。
ほんのわずか、間。
「……そう」
ゆっくりと、頷く。
「わかったわ」
その声は、落ち着いている。
でも——
どこか、温度がない。
チヒロは、それに気づく。
けど、踏み込めない。
「私……」
一瞬、言葉を探す。
「遅くなるって、家に連絡します」
逃げるように、スマホに視線を落とす。
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ノブとアキラは席につくと、二人の食べていた料理に目が行く。
「うまそうだな」
「オレ達も、なんか食うか?」
「そうだな」
メニューに手を伸ばしかけて——止まる。
アキラの視線が、そのままユズハへ向いた。
来る途中で、話は聞いていた。
一拍。
「お前の言いたいこと、正直よく分かんねえ。ノブの話も含めてだ」
視線を逸らさない。
「ちゃんと分かるように説明してくれ」
「……いいわ」
一瞬だけ、視線が揺れる。
「はっきり言う」
ユズハは一歩も引かない。
「あなたがいることで、将来も、外からの視線も——全部ノブくんが抱え込む構造になってるの」
「は?」
即座に返す。
「そんなの、二人で背負えばいいだろ」
一歩、踏み出す。
「オレのことはノブが抱えて、ノブのことはオレが抱える。それでチャラだろ」
間。
ユズハは、わずかに目を細める。
「……それ、本気で成立してると思ってるの?」
静かに、刺す。
「“同じ重さ”じゃないのよ、それ」
「外から向けられるものも、将来にかかる負荷も——全部」
「ノブくん側に偏る構造になってる」
逃がさない。
「それを“気持ちで帳消しにできる”って思ってる時点で——」
一拍。
「もう対等じゃないの」
——言い切る。
はずだった。
ほんの一瞬、言葉が遅れる。
(……なんで)
『二人で背負えばいいだろ』
その言葉が、引っかかる。
(そんなの、成立するはずがない)
理屈では、そう分かる。
なのに——
胸の奥が、ざわつく。
理由が、分からない。
「俺には、構造とか重さとか……正直よく分かんねえ」
一拍。
「でも——」
「分かんねえままでも、逃げたくねえんだよ」
呼吸。
「なあユズハ。俺、前に言ったよな」
「気づいたら隣にいた、って」
一拍。
「……あれ、半分しか合ってねえわ」
視線を落とす。
言葉を探す。
でも、誤魔化さない。
「気づいたら、いたのはそうだ」
「でも——」
顔を上げる。
「そのまま、隣にいるって決めたのは、俺だ」
間。
小さく息を吸う。
「……逃げねえ」
ユズハの視線を、まっすぐ受ける。
「アキラは——」
ほんの一瞬、詰まる。
それでも、
「俺の彼女だ」
——静かに、言い切る。
その言葉の余韻が、場に落ちる。
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戻ってきたノブ先輩と、アキラさん。
その顔に、もう迷いはなかった。
——さっきの言葉が、まだ耳に残っている。
「俺の彼女だ」
その横で、アキラさんは少し照れている。
でも、すごく嬉しそうで、
視線は自然とノブ先輩の肩に寄っていた。
その距離は、理解し合った恋人同士のそれで——
(ああ)
胸の奥で、何かが静かに落ちる。
私の居場所は、
ここじゃなかったんだって——
羨ましかった。
眩しかった。
そして——
今の二人は、
チヒロがずっと見ていたかった“理想の二人”だった。
「なあチヒロちゃん。そんなにオレがノブの隣りにいるの、信用できねえか?」
首を振る。
「……いまのアキラさん、すごく素敵です」
一拍。
「わたしじゃ——」
一瞬、言葉が詰まる。
それでも、
「代わりには、なれないです」
少しだけ、笑う。
うまく笑えているかは、自分でも分からない。
でも。
「……大丈夫です」
ほんの少しだけ、間を置いて。
「ちゃんと、分かりましたから」
その言葉は、どこか自分に言い聞かせるみたいで——
それでも。
その顔は、ちゃんと前を向いていた。
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ユズハは、しばらく二人を見ていた。
何かを測るみたいに。
(測りきれないものを、無理やり押し込めるように)
でも——
「……そう」
小さく、息を吐く。
それ以上は、何も言わない。
ユズハは、財布を重ねて伝票を手に取る。
椅子を引く。
立ち上がる動作は、いつも通り綺麗で——
乱れは、一つもない。
それなのに。
ドアへ向かう背中だけが、
ほんのわずかに、遠く見えた。
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外は真っ暗だった。
雲に覆われた空。
星の光は、どこにも見えない。
コツ
コツ
コツ…
足音が、いつもより強く響く。
湿った風が、長い髪を乱す。
視界に、かかる。
「……」
何かを言いかけて、止まる。
さっきの言葉が、頭の中で反芻される。
『二人で背負えばいいだろ』
(そんなの……)
一拍。
「どうして……」
小さく、漏れる。
「そんなので……成立するのよ……」
答えは、分かっているはずなのに。
どこにも、辿り着かない。
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沈黙。
チヒロは、ゆっくりと息を吐く。
「……ごめんなさい」
小さく。
それから、少しだけ笑う。
「でも……大丈夫です」
何に対してなのか、自分でも分からないまま。
一歩、椅子から離れる。
「じゃあ、わたしは先に帰ります。これ以上遅くなると、家に心配かけちゃうので」
軽く頭を下げる。
そのまま、ドアへ向かって歩き出した。
チヒロがドアに手をかける。
「……山下!」
呼び止める声。
振り返るチヒロ。
「また明日な」
一拍。
ほんの少しだけ、言葉を選ぶみたいな間。
「……はい」
小さく頷いて、今度こそ扉の向こうへ消えた。
アキラはチヒロを黙って見送った。
視線は追っているのに、
何も言葉にはしない。
「……飯、食うか?」
メニューを取るノブ。
「だな。さすがにお腹空いてて頭回んないわ」
言いながらも、どちらもすぐには開かない。
一拍だけ、沈黙が残る。
さっきまでの会話の続きを、
どこかでまだ引きずっているまま——
ついさっきまで、腕の中にいたのに。
今は、隣に座るノブの距離が——
妙に、遠い。
「……なんかさ」
少しだけ間。
「……いや、なんでもねえ」
「なんだよ」
「……腹減ってるの、ムカつくな」
「知らねえよ」
ノブも、同じようにメニューを開く。
けど、ページはなかなか進まない。
沈黙が、さっきより重くもなく、
軽くもなく、ただそこにある。
「お前、かっこよかったぞ」
ぽつりと。
それだけ言って、視線を落とす。
「……おう」
ノブも、すぐには顔を上げない。
「食おうぜ」
少し間を置いてから、続ける。
「……腹減ったしな」
言ってから、ようやくメニューを開いた。




