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茶会の幕引き

ピロン。


チヒロのスマホが、小さく震える。


視線を落とす。


=========================

ノブ:

悪い遅くなった、まだ二人はさっきの場所か?


チヒロ:

はい。まだ居ます。


ノブ:

アキラ連れてすぐ戻る

飯でも食って待っててくれ

=========================


「……戻ってくる、みたいです」


一拍。


「ノブ先輩、アキラさん連れてくるって」


「ご飯でも食べて、待っててほしいって……」


言いながら、ほんの少しだけ指先に力が入る。


(……どうなるんだろう)


視線を上げる。


「皆川さん……?」


ユズハは、すぐには返さない。


ほんのわずか、間。


「……そう」


ゆっくりと、頷く。


「わかったわ」


その声は、落ち着いている。


でも——


どこか、温度がない。


チヒロは、それに気づく。


けど、踏み込めない。


「私……」


一瞬、言葉を探す。


「遅くなるって、家に連絡します」


逃げるように、スマホに視線を落とす。


------


ノブとアキラは席につくと、二人の食べていた料理に目が行く。


「うまそうだな」


「オレ達も、なんか食うか?」


「そうだな」


メニューに手を伸ばしかけて——止まる。


アキラの視線が、そのままユズハへ向いた。


来る途中で、話は聞いていた。


一拍。


「お前の言いたいこと、正直よく分かんねえ。ノブの話も含めてだ」


視線を逸らさない。


「ちゃんと分かるように説明してくれ」


「……いいわ」


一瞬だけ、視線が揺れる。


「はっきり言う」


ユズハは一歩も引かない。


「あなたがいることで、将来も、外からの視線も——全部ノブくんが抱え込む構造になってるの」


「は?」


即座に返す。


「そんなの、二人で背負えばいいだろ」


一歩、踏み出す。


「オレのことはノブが抱えて、ノブのことはオレが抱える。それでチャラだろ」


間。


ユズハは、わずかに目を細める。


「……それ、本気で成立してると思ってるの?」


静かに、刺す。


「“同じ重さ”じゃないのよ、それ」


「外から向けられるものも、将来にかかる負荷も——全部」


「ノブくん側に偏る構造になってる」


逃がさない。


「それを“気持ちで帳消しにできる”って思ってる時点で——」


一拍。


「もう対等じゃないの」


——言い切る。


はずだった。


ほんの一瞬、言葉が遅れる。


(……なんで)


『二人で背負えばいいだろ』


その言葉が、引っかかる。


(そんなの、成立するはずがない)


理屈では、そう分かる。


なのに——


胸の奥が、ざわつく。


理由が、分からない。


「俺には、構造とか重さとか……正直よく分かんねえ」


一拍。


「でも——」


「分かんねえままでも、逃げたくねえんだよ」


呼吸。


「なあユズハ。俺、前に言ったよな」


「気づいたら隣にいた、って」


一拍。


「……あれ、半分しか合ってねえわ」


視線を落とす。


言葉を探す。


でも、誤魔化さない。


「気づいたら、いたのはそうだ」


「でも——」


顔を上げる。


「そのまま、隣にいるって決めたのは、俺だ」


間。


小さく息を吸う。


「……逃げねえ」


ユズハの視線を、まっすぐ受ける。


「アキラは——」


ほんの一瞬、詰まる。


それでも、


「俺の彼女だ」


——静かに、言い切る。


その言葉の余韻が、場に落ちる。


-----


戻ってきたノブ先輩と、アキラさん。

その顔に、もう迷いはなかった。


——さっきの言葉が、まだ耳に残っている。

「俺の彼女だ」


その横で、アキラさんは少し照れている。

でも、すごく嬉しそうで、

視線は自然とノブ先輩の肩に寄っていた。


その距離は、理解し合った恋人同士のそれで——


(ああ)


胸の奥で、何かが静かに落ちる。


私の居場所は、

ここじゃなかったんだって——


羨ましかった。

眩しかった。


そして——


今の二人は、

チヒロがずっと見ていたかった“理想の二人”だった。


「なあチヒロちゃん。そんなにオレがノブの隣りにいるの、信用できねえか?」


首を振る。


「……いまのアキラさん、すごく素敵です」


一拍。


「わたしじゃ——」


一瞬、言葉が詰まる。


それでも、


「代わりには、なれないです」


少しだけ、笑う。


うまく笑えているかは、自分でも分からない。


でも。


「……大丈夫です」


ほんの少しだけ、間を置いて。


「ちゃんと、分かりましたから」


その言葉は、どこか自分に言い聞かせるみたいで——


それでも。


その顔は、ちゃんと前を向いていた。


------


ユズハは、しばらく二人を見ていた。


何かを測るみたいに。


(測りきれないものを、無理やり押し込めるように)


でも——


「……そう」


小さく、息を吐く。


それ以上は、何も言わない。


ユズハは、財布を重ねて伝票を手に取る。


椅子を引く。


立ち上がる動作は、いつも通り綺麗で——


乱れは、一つもない。


それなのに。


ドアへ向かう背中だけが、


ほんのわずかに、遠く見えた。


------


外は真っ暗だった。


雲に覆われた空。

星の光は、どこにも見えない。


コツ

コツ

コツ…


足音が、いつもより強く響く。


湿った風が、長い髪を乱す。


視界に、かかる。


「……」


何かを言いかけて、止まる。


さっきの言葉が、頭の中で反芻される。


『二人で背負えばいいだろ』


(そんなの……)


一拍。


「どうして……」


小さく、漏れる。


「そんなので……成立するのよ……」


答えは、分かっているはずなのに。


どこにも、辿り着かない。


-------

沈黙。


チヒロは、ゆっくりと息を吐く。


「……ごめんなさい」


小さく。


それから、少しだけ笑う。


「でも……大丈夫です」


何に対してなのか、自分でも分からないまま。


一歩、椅子から離れる。


「じゃあ、わたしは先に帰ります。これ以上遅くなると、家に心配かけちゃうので」


軽く頭を下げる。


そのまま、ドアへ向かって歩き出した。


チヒロがドアに手をかける。


「……山下!」


呼び止める声。


振り返るチヒロ。


「また明日な」


一拍。


ほんの少しだけ、言葉を選ぶみたいな間。


「……はい」


小さく頷いて、今度こそ扉の向こうへ消えた。


アキラはチヒロを黙って見送った。


視線は追っているのに、

何も言葉にはしない。


「……飯、食うか?」


メニューを取るノブ。


「だな。さすがにお腹空いてて頭回んないわ」


言いながらも、どちらもすぐには開かない。


一拍だけ、沈黙が残る。


さっきまでの会話の続きを、

どこかでまだ引きずっているまま——


ついさっきまで、腕の中にいたのに。

今は、隣に座るノブの距離が——

妙に、遠い。


「……なんかさ」


少しだけ間。


「……いや、なんでもねえ」


「なんだよ」


「……腹減ってるの、ムカつくな」


「知らねえよ」


ノブも、同じようにメニューを開く。


けど、ページはなかなか進まない。


沈黙が、さっきより重くもなく、

軽くもなく、ただそこにある。


「お前、かっこよかったぞ」


ぽつりと。


それだけ言って、視線を落とす。


「……おう」


ノブも、すぐには顔を上げない。


「食おうぜ」


少し間を置いてから、続ける。


「……腹減ったしな」


言ってから、ようやくメニューを開いた。


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