"彼女"と"相棒"、その境界線
店を出るノブ。
見回す。
「アキラ!どこだ!!」
走り出す。
「アキラー!!!」
人の流れをかき分ける。
視界が狭い。
いない。
どこにも。
息が上がる。
足が止まる。
「はあ……っ、はあ……っ」
膝に手をつく。
「クソっ……」
吐き捨てる。
その言葉は、誰に向けたものかも分からない。
(どうしてこうなった?)
浮かぶ。
勝手に、蘇る。
『なぜあなたが怒るの?』
『あなた抱え込みすぎなのよ』
『全部一人で背負おうとしている』
『このままだと、ノブ先輩が壊れちゃう気がして』
『ちゃんと決めてほしいんです』
『昨日、なんでもないって言ってただろ』
『オレ、いらなかったのかよ』
「……っ」
歯を食いしばる。
頭が、ぐちゃぐちゃになる。
「俺が……悪いのか……?」
零れる。
でも、
すぐに――
「……違うだろ」
小さく、否定する。
自分で、自分を。
「分かってねえだけだろ……俺が」
掠れた声。
視線を上げる。
まだ、見つかってない。
でも――
「……逃げんな」
ぽつり。
それは、アキラにじゃない。
「……ちゃんと、考えろ」
もう一度、息を吸う。
「……見つける」
今度は、はっきりと。
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アヤの部屋。
ベッドに突っ伏す。
「はあ……」
長い溜息。
ぐしゃぐしゃと髪をかき回す。
やっちゃった。
今頃、絶対めんどくさいことになってる。
ゆっくりと起き上がる。
手探りでペットボトルを掴んで、口をつける。
ぬるい水が、やけに現実感を引き戻す。
ふと、視界の端でスマホが光る。
……嫌な予感しかしない。
手に取る。
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ノブ:
アキラが店から出ていっていなくなった
ノブ:
どこ行ったか知らないか?
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「……はぁ」
今度は、少し短い溜息。
画面を見つめたまま、ぽつり。
「バカね、ノブっち」
親指で、テキストボックスを弾く。
「今のあんた――」
ほんの少しだけ、目を細める。
「何も分かってない」
そう言いながら、
指先は、迷いなく画面をフリックする。
短く打って、
送信。
一拍も置かずに、
電源ボタンを押す。
スマホの画面が、すっと暗くなる。
――それで、終わりみたいに。
そのまま、
力なくベッドに倒れ込んだ。
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ピロン。
ノブは弾かれたようにスマホを取り出す。
画面に食い入る。
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アヤ:
知らないわよ。
アヤ:
それよりまずはあんたが自分のことを見つめなさい。
そうじゃなきゃ、いまアキラちゃんと向き合っても何も解決しないわよ。
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アヤにしては、珍しく長い。
「なんだよ……それ」
俺のこと、ってなんだよ。
とぼとぼと歩く。
何やってんだ、俺。
探してるのは、アキラか――それとも。
思い出す。
2年の体育の授業。からかう桜庭からアキラを庇ったこと。
アキラの噂を流した三浦、それをアキラに伝えなかったこと。
五十嵐のアキラへの告白、五十嵐に突きつけられた将来の事。
俺が一生守ればいいと思っていた。
『あなた抱え込みすぎなのよ』
「……っ」
足が止まる。
視線が落ちる。
「……俺」
ぽつり。
誰に言うでもなく。
「守ってるつもりで――」
言葉が、途切れる。
(違う)
すぐに、否定が浮かぶ。
「……なんだよ、それ」
自分で、自分の言葉を否定する。
頭の中で、さっきの声が重なる。
『ちゃんと決めてほしいんです』
『オレ、いらなかったのかよ』
「……分かんねえよ」
吐き出す。
正直に。
「俺、何やってんだよ……」
拳が、じわっと握られる。
それでも。
「……逃げてた、のか……?」
確信じゃない。
問いのまま、残る。
『逃げんなよ』
アキラの言葉が蘇る。
俺は…、
逃げてないと思ってた。
ユズハには何を言ったか?
『アキラくんは男の子じゃないですか!!私はちゃんと普通にあなたの隣に立てます』
『俺はアキラを、普通にできるかどうかで、“選んだ”んじゃねえ。気づいたら、隣にいた。それだけだ。悪い』
山下には―、
『しんどくなったら、私のところに、来てください。待ってますから』
『お前の言葉、今は受け取れねえ。でも、忘れねえから』
「……っ」
息が、詰まる。
(俺……)
言葉が、続かない。
「……なんだよ、それ」
掠れる。
間違ってないはずなのに、
噛み合ってない。
(なんでだよ……)
--------------
「オレ、いらなかったのかよ」
「……もういい」
踵を返すと出口へ駆けていくアキラくん。
「アキラ!」
ノブくんはしばらく呆然とそれを見送る。
その拳が強く握りしめられていた。
そしてハッと我に返り、
「わりい、山下、ユズハ」
ポツリ。
そう言うとノブくんはアキラくんを追いかけていった。
静寂。
否、急にBGMが大きくなり、現実へと引き戻される。
沈黙を破ったのは、山下さんの震える声。
「私の……」
「私のせいで……」
山下さんのその言葉に反応できなかった。
頭では分かっている。
——これは、想定の範囲内。
アキラくんを揺さぶれば、関係は崩れる。
ノブくんは選ばされる。
そういう流れのはずだった。
(……じゃあ、なんで)
視線が、扉の方へ向く。
追いかけていった背中。
(どうして、あの人は迷わず——)
思考が、止まる。
山下さんが泣いた理由も。
ノブくんが選ばなかった理由も。
うまく、繋がらない。
「……っ」
わずかに、息が詰まる。
理解できない。
その事実だけが、はっきりと残った。
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どこを歩いているかは分からなかった。
気づけばアキラとよく遊んだ河川敷。
そこに、小さな背中。
いた。
走り出そうとする。
立ち止まる。
『いまアキラちゃんと向き合っても何も解決しないわよ』
首を振る。
再び歩き出す。
「アキラ…」
一拍。
言葉が、出ない。
「……」
喉が詰まる。
「……っ」
それでも、
「……すまん」
絞り出す。
違う。
こんなこと、言いたかったんじゃねえ。
でも、他に言葉が出ない。
「……」
湿った風が二人の間を通り抜ける。
アキラが立ち上がる。
顔は向けてくれない。
「お前さ」
「オレのこと、"彼女"って思ってたんじゃねーのかよ」
間。
「……なあ」
声が少しだけ低くなる。
振り向く。
射抜いてくる。
「じゃあなんで、何も言わねえんだよ」
一歩近づく。
「オレに言えねえこと、他で勝手に抱えて」
「それで“守ってる”つもりかよ」
「……それってさ」
一瞬だけ、詰まる。
「オレ、いらねえってことじゃねえかよ」
声が、少しだけ崩れる。
「……アキラ」
「オレ、いらねえじゃん……!」
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「……すまん」
(違う)
一拍。
「……俺さ」
言葉を探す。
うまく出てこない。
視線を上げられないまま、
「お前に、何も言ってなかった」
間。
「それがお前を守ることだと思ってた」
拳を握る。
「……でもそれ」
一瞬、言葉が止まる。
「守ってたんじゃねえわ」
ようやく顔を上げる。
「お前のこと、外に置いてた」
一拍。
「……壊れるのが怖かった」
言葉を絞り出す。
「今の関係が崩れるのが、怖くて」
拳が震える。
「だから、何も言えなかった」
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(……は?)
一瞬、理解できなかった。
怖かった?
なにが?
(……ふざけんなよ)
奥歯がきしむ。
そんなの――
オレだって。
思考が止まる。
一拍。
(……あ)
胸の奥に、引っかかってたものが動く。
『悩んでる顔だったよ、あれ』
アヤの声。
『……だったら、なおさらだろ、本人同士でやることだ』
あのとき。
自分で、そう言った。
(……違う)
違わない。
あれは――
踏み込まなかっただけだ。
聞かなかった。
聞けなかった。
(もし、違うって言われたら)
そこで終わると思った。
だから。
(……オレも)
息が、うまく吸えない。
視線が、少しだけ揺れる。
(逃げてた)
同じだ。
ノブと。
同じところで。
でも――
ぎゅっと拳を握る。
(だからって)
顔を上げる。
(だからって、それでいいわけねえだろ)
「……だから何だよ」
低く、吐き出す。
「怖かったからって」
「オレを外に置いていい理由にはなんねえだろ」
----
それでも、アキラは言葉をぶつけてくる。
逃げ場なんて、なかった。
ノブは、一瞬だけ迷う。
――次の言葉が、出てこない。
だったら――
もう、考えるのをやめた。
アキラを、抱きしめる。
衝動だった。
どうしようもないくらい、離したくなかった。
言葉は、浮かばない。
でも——
伝えなきゃいけないことだけは、はっきりしていた。
「……それでも」
かすれる声。
「俺は、お前じゃなきゃダメだ」
一拍。
腕の中で、強張っていた体が、少しだけ緩む。
心音が、ゆっくり落ち着いていくのが分かる。
(……なんだよ、それ)
頭の中で、言葉が浮かぶ。
ふざけんな、って思うのに。
突き放せない。
胸の奥が、じんわり熱くなる。
(……ずるいだろ)
こんなタイミングで。
こんな言い方で。
「……お前、何言ってんだよ」
呆れたように吐き出す。
でも、力は抜けきらない。
「なんだよ、それ……」
小さく息を吐く。
一瞬だけ。
本当に一瞬だけ——
このままでいいんじゃないか、って思いかける。
——その時。
ふと、よぎる。
『すみません。アキラさん、ノブ先輩、お借りします……』
廊下でのチヒロの顔。
泣きそうなのを、必死でこらえてた顔。
(……違う)
すっと、体の奥が冷える。
緩みかけていた力が、戻る。
腕の中で、少しだけ距離を取る。
「……なあ」
声が落ちる。
さっきよりも、現実に引き戻された声。
「チヒロちゃん、どうすんだよ」
腕の力が、少しだけ強まる。
「……」
泣いていた山下の顔が、焼き付いたまま離れない。
あの時の声。
震えていた指。
それでも、まっすぐ向けてきた視線。
「……」
息が、詰まる。
逃げる理由はいくらでもある。
でも――
「……ああ」
小さく、息を吸う。
「逃げねえ」
はっきりと。
「一緒に、言う」
間。
アキラの指が、服を掴む。
「……お前に任せればうまくいくと思ってたけどさ」
ぽつり。
「やっぱ、オレがいねーとダメじゃん」
少しだけ、笑うような気配。
でも——
「……今度は、逃げねえ」
その声は、まっすぐだった。




