同じ道、違う体温
朝。
アキラは、いつも通りの時間に家を出る。
家の前。
壁にもたれかかるようにして、ノブが立っている。
「よう、アキラ」
軽く手を上げる。いつも通り。
髪を整える振りをする。もう何度もチェックしたので素振りだけ。
「おはよ。ノブ」
ニコッと笑いかける。
「いこっか」
「おう」
歩き出すアキラの隣を、ノブが守るように歩き出す。
そんな気配が、なんだか嬉しい。
ちゃんと彼女やれてるかな、と身だしなみが気になる。
——その時。
トラックのエンジン音。
「危ねえぞ、アキラ」
ぐい、と腕を引かれる。
自然な動きで、車道側に出るノブ。
いつもと同じ。
(……大げさだな)
(……いや、前からこうだったか)
一瞬だけ、思う。
でも――
(違うか)
クスッと笑う。
「ちゃんと前見ろよ」
軽く言う。でも、今はそれすら嬉しい。
いつも子供扱いされていると思っていた、それ。
幼馴染で、やっていることは昔から同じ――はずなのに。
全部が、違って見える。
大事にしてくれている。笑顔になる。
「……どうした?」
「ううん。別に」
ノブが釣られて少し笑う。
——そのまま、ほんの一瞬だけ視線が合った。
「ありがとな」
「気にすんな」
掴まれた腕の感覚すらも。
なんだか特別な気がした。
――前から、同じはずなのに。
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教室。
部活に走っていったノブを見送ると、席に着いた瞬間、アキラは机に突っ伏した。
「はあ……無理……」
(なんなんだよ、これ……)
思い出す。
距離。
声。
目が合ったときの、あの感じ。
――近いのは、別に嫌じゃない。
むしろ、
(……普通に、いいだろ)
なのに、
胸の奥が、ずっと落ち着かない。
「はあ……」
もう一度、小さく息を吐く。
(なんでこんなんで……)
顔を机に押し付けたまま、
「……無理……」
もう一回、同じことを呟いた。
「おはよー、アキラちゃん」
「……うるせえ」
「ノブっちとは、もういい感じなわけ?」
顔を埋めたまま、少し間が空く。
「……別に」
否定しない。
でも、それ以上も言わない。
「へえ?」
アヤが横から覗き込む。
「でもさ」
声を潜める。
「最近、めっちゃ近いよね?」
「……っ」
一瞬で、詰まる。
「廊下でも、教室でも」
にやにやしながら続ける。
「前より距離バグってたけど?」
「気のせいだろ」
即答。
でも、ちょっと早い。
「ふーん?」
笑う。
「あとさ」
少しだけ顔を近づける。
「“彼女”って言われて、否定してなかったよね?」
「――っ!!」
今度は、はっきり止まる。
「いや、それは……」
言い訳が、続かない。
「へえ~?」
楽しそうに追い込む。
「否定“しない”んだ?」
「うるせえな……!」
顔を上げないまま、吐き捨てる。
でも――
耳が、赤い。
「ふふ」
アヤが満足そうに笑う。
「まあいっか」
くるっと背を向ける。
「ちゃんと進んでるみたいだし?」
ひらひら手を振る。
「頑張りなよ、“彼女さん”」
「だから違――」
言いかけて、止まる。
否定しきれない。
そのまま、言葉が消える。
「……なんなんだよ、あいつ」
小さく毒づく。
でも――
机に額を押し付けたまま、
「……間違ってねえし」
ぼそっと、誰にも聞こえない声で呟いた。
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昼休み。
弁当を食べ終えたあと、二人は並んで廊下を歩いていた。
他愛もない話すらも、心が弾んでくる。
笑顔がこぼれる。
「……でさ、その時――」
ノブが何かを話しかける。
「うんうん」
アキラはうなずき、視線を足元に落とす。
ちょっと周囲の視線が痛い。
(……周りの視線、前からこんなだっけ?)
さっきからずっとこんな調子だ。
隣を歩いているだけで、周りの視線を妙に意識してしまう。
いつもと同じはずなのに、
やけに強く感じる。
「……アキラ?」
ノブが少しだけ顔を覗き込む。
「別に。なんでも」
ぶっきらぼうに返す。
その声が、ほんの少しだけ照れたようだった。
すれ違う生徒の視線が、妙に気になる。
笑っているわけでもないのに、
ひそひそと何か言われている気がして——
(……気にしすぎだろ)
わかってる。
けど、頭から離れない。
ざわっ、と空気が揺れる。
人の流れが、止まる。
視線が集まる。
「よお」
低い声。
前に、立つ影。
「桜庭?」
ノブが、半歩前に出る。
さりげなく。
アキラとの間に、線を引くみたいに。
桜庭は、それを見ると肩をすくめる。
「ちげえよ」
少し、自嘲気味に笑う。
「……なあ」
軽く顎を上げる。
「お前らさ」
視線が、二人の間を行き来する。
「前は、“そういうんじゃねえ”って感じだったよな」
確認。
責めてるわけじゃない。
ただ、確かめてる。
一拍。
「で」
桜庭が、真っ直ぐに言う。
「今って――付き合ってんの?」
ざわ、と周囲が揺れる。
小さな声。
息を呑む気配。
逃げ場はない。
ノブの肩が、わずかに強張る。
アキラの指が、スカートの裾を掴む。
視線が、合う。
ほんの一瞬。
(どうする)
「ああ」
ノブは、逸らさない。
そのまま、言う。
沈黙。
アキラも、目を逸らさない。
それが、そのまま答えになる。
空気が、わずかに変わる。
ざわめきが、ひとつ遅れて戻る。
桜庭は、二人を見る。
少しだけ、目を細める。
それから、
小さく息を吐く。
「……そうかよ」
それだけ言う。
「じゃあな」
振り返る。
人だかりが、勝手に道を作る。
その中を、まっすぐ歩いていく。
肩で風を切るみたいに。
去っていく背中を、
アキラが、少しだけ見送る。
「……なあ」
ぽつり。
「桜庭」
届かない距離で、言う。
――一瞬だけ、足が止まる。
それから、
再び歩きだす。
「悪いな」
桜庭は、振り返らない。
ただ、
片手を、軽く上げた。
それだけで、十分だった。
「大丈夫か? アキラ」
少しだけ間を置いて、
「いや、お前こそ」
小さく首を振る。
「アイツもなんか良いやつだよな」
「……そうだな」
ノブはそれ以上、何も聞かなかった。
「で、何の話だっけ?」
「なんだっけ」
――その時。
後ろから、すたすたと足音が近づいてくる。
「ノブ先輩!」
「山下? どうした」
チヒロはアキラの姿に気づくと、はっとして一歩引いた。
「……お邪魔でしたか?」
「いや、別に」
アキラは軽く首を振る。
「それより、どうしたんだよ」
「あ、あの…」
その表情はどこかスッキリとしない。
「少し、お時間いただいてもいいですか?」
「ああ、別にいいぞ」
ノブは肩をすくめて、アキラを見る。
「悪い、行ってくるわ」
「そっか。いいよ。行ってこいよ」
アキラは肩をすくめる。
「……おう」
一瞬だけ、視線が合う。
それだけで、十分だった。
「すみません。アキラさん、ノブ先輩、お借りします……」
ぺこりと頭を下げて、チヒロはノブの腕を引くようにして歩き出す。
その背中を、アキラはしばらく見送った。
「……何があった?チヒロちゃん」
ぽつりと呟く。
「だよね~」
いつの間にか、隣にいた。
「おやおや~?」
ニヤニヤとした声。
「いいの? チヒロちゃんに取られちゃうかもよ?」
「はあ?」
アキラは顔をしかめる。
「なに言ってんだよ」
「だってさぁ」
アヤは軽く肩をすくめる。
「さっきの顔、見たでしょ?」
少しだけ、声のトーンが落ちる。
「悩んでる顔だったよ、あれ」
アキラが、わずかに黙る。
「……だったら、なおさらだろ」
ぽつり。
「本人同士でやることだ」
ぶっきらぼうに言う。
「オレがどうこう言う話じゃねえよ」
アヤは、その横顔をじっと見る。
一拍。
「ふーん」
小さく笑う。
「ちゃんと“彼女”してるじゃん」
「はあ?」
即座に返す。
「何それ」
アヤはくすっと笑う。
「いやさ」
軽く指を立てて、
「前だったら、絶対そんな言い方しなかったでしょ」
一瞬の沈黙。
アキラが、わずかに眉を寄せる。
「……知らねえよ」
目を逸らす。
アヤは、それ以上は突っ込まない。
「ま、いいや」
ひらひらと手を振る。
「とりあえず――」
少しだけ振り返って、
「取られないようにね」
「はあ!?」
くすっと笑って、そのまま去っていく。
取り残される。
「……なんなんだよ、あいつ……」
小さく毒づく。
でも。
さっきのチヒロの顔が、頭に残る。
(……大丈夫だよな)
誰にともなく、そう思う。
けど――
完全には、振り切れなかった。
ep.6の完全オマージュです。読み比べると面白いかもしれません。




