君と僕らが過ごした日々
ある日の、下校中。
アキラは、背中にまとわりつくような視線を感じて振り向いた。
見上げると、そこは朽ちかけた木造の古い家。
ニ階の窓に"何か"の気配がする。
アヤは立ち止まったアキラに気づく。
アキラの視線の先を追うがよくわからず首を傾げる。
「どしたの?アキラちゃん」
「いや、別になんでもないよ」
アキラはよくあること、と特に気にも止めなかった。
「またあしたねー!」
「ばいばーい」
「またな」
三人はいつも通りに途中で分かれて帰っていく。
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翌日、朝。
アキラたちの教室の前に一人の少女が立っていた。
「守家イヅナと申します。よろしくお願いします」
ふんわりと綿菓子のように笑う彼女は、どこか浮世離れした影を纏っていた。
席はアキラの横の空いている席に決まった。
「よろしく、守家さん。オレは和泉アキラ!」
アキラはそんなイヅナを笑顔で歓迎する。
「あ、あの、どうかイヅナって呼んでください、和泉さん」
「うん。わかった、イヅナ」
イヅナは名前を呼ばれると一瞬目を瞠り、そして照れたように微笑んだ。
「和泉さん……やっぱり、優しいですね」
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休み時間。
「和泉さん……これ、どうやるんですか?」
イヅナが手にしていたのは、スマホ。
画面には、メッセージアプリの入力欄。
「え? そんなのも分かんねえの?」
アキラは笑いながら、イヅナの隣に腰を下ろす。
「ほら、ここ押して――」
指が、少しだけ触れる。
ビクッと、イヅナの肩が揺れた。
「あ、ごめん」
「い、いえ……その……」
イヅナは俯いて、ぎゅっとスマホを握る。
そして――
「……あたし、こういうの、あんまり触ったことなくて」
「そっか。じゃあ、ゆっくり覚えればいいじゃん」
当たり前みたいに言うアキラ。
その言葉に、
イヅナは、少しだけ目を見開いて――
「……はい」
ふわりと、笑った。
イヅナはすっかりアキラに懐いてしまった。
教室でも、休み時間でも、トイレにさえ。
しかしノブがいる時は遠慮してか、とことことその後ろを付いて歩く。
その様子を見かねたアヤがイヅナに提案する。
「イズナちゃん、今日、四人で一緒に帰ろうよ」
「本当ですか。 嬉しいです」
イヅナはパアッと咲くような笑顔で言う。
「イズナちゃん、これから仲良くしようね!」
「はい。アヤさん」
「あと、イズナちゃん、気をつけてね。この二人、距離感バグってるから」
「はあ?ちげえよ」
「じゃあなんでそんな顔してんのよ、ノブっち」
「……してねえし」
「……お前ら、なに言ってんだ?」
じゃれ合うアキラとノブを呆れたように肩をすくめるアヤと、クスクスと微笑むイズナ。
新たなメンバーを加えて和やかに家路に着く四人。
彼女の家はニ階建ての古い家。
玄関先で笑顔で手を振るイヅナを見送くると、アヤは家を見上げ、あれ?という顔をしたが、まあいいか。と、二人のあとを追いかけた。
「ただいま―」
機嫌の良さそうなアキラの声がすると「おかえりなさい」と出てくるユキ。
ふと視線を玄関先に向けるが、何ごともなかったようにアキラに言う。
「アーちゃん。宿題終わったらお風呂を沸かしてくれるかしら」
「うん、わかった。ダッシュで片付けてくる!」
トントントン、と元気よくニ階へ上がっていくアキラを見送ったユキは溜息を付いた。
玄関の向かいの道、弱々しい"何か"を見つめるユキ。
"何か"はユキにお辞儀をして、ゆっくりと消えた。
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今日はオレ達四人で街に遊びに来ている。
「イヅナちゃん、ご家族にはちゃんと遅くなるって伝えた?」
アヤがイヅナに聞いたら、なぜか俯くイヅナ。
「……大丈夫です。誰も、待っていないので」
「「え?」」
驚くアヤとオレに、ノブが頭を掻きながら言う。
「ま、なんか守家にも事情があるんだろ」
「……そうね、ごめんねイズナちゃん。じゃ、今日はとことん楽しもうね!」
笑顔に戻ってコクリと頷くイヅナ。ナイスフォローノブ。
カラオケのリモコンの操作にすごく悩んでいるイヅナ。アヤに教わると、オレの知らないちょっと古い曲をまるで昔から知っているみたいに、迷いなく歌っていた。
すごく上手かった。イヅナはみんなの拍手に恥ずかしそうに照れて小さくなってた。可愛いなあ。
それからイヅナちゃんと4人でプリクラを撮ったりもした。イヅナは最初、何の機械なのかよくわからなかったみたい。
イヅナは、配置でもめるオレ達のじゃれ合いを、ちょっと羨ましげな瞳で眺め、クスクスと笑っていた。
「アヤさんとお揃い。……いいんですか?」
雑貨店で買った安物のキーホルダーを、彼女はまるで宝物を扱うように両手で包み込み抱きしめる。
いつものように三人でイヅナを家まで送る。
別れ際、古い家の前で手を振る彼女は、いつもよりどこか寂しげだった。
それは唐突に訪れた。
「……イヅナ? 誰だよそれ」
「……いや」
「なんか……引っかかる」
翌朝ノブが吐き捨てた言葉に、アキラはさすがに怒りを覚えた。
「何いってんだノブ? 冗談よせよ! 昨日まで一緒にいたろ! プリクラだって……ほら!」
アキラはスマホを取り出し、昨日ゲーセンでダウンロードした写真を開く。
「……え?」
アキラは驚く。そこに写っていたのは、いつもの三人だった。
アヤは中央でニカッと笑いながらダブルピース。ノブは左側でアヤの腕を邪魔そうにして苦笑い。
アキラは右端で少し左に傾きならがニコニコと優しげな笑顔。
驚くアキラを見て、アヤとノブも画面を覗き込んだ。
「ほら、やっぱ最初から三人だっただろ?」
ノブはドヤ顔、何がおかしいんだと言いたげだ。
しかし、アヤはしばらく画面を見つめると、うーん?と顎に手を当て頭を傾げた。
「これ…、ちょっと不自然ね。ノブっちがプリクラでアキラちゃんに抱きついてないなんて……ちょっと有り得ないわ」
「そうか? いや、そう言われれば、俺らしくないような」
写真の中央。そこには"誰か"が足りないような奇妙な余白があったのだ。
アキラは突然走り始めた。
「おいアキラ!待てよ」
「アキラちゃん?!」
校門を抜け、階段を駆け上がり、教室のドアを乱暴に開くアキラ。
「キャッ!どうしたの?和泉さん?」
先に登校していたクラスメイト達が驚いている。
アキラはハアハアと息を切らし、汗を拭いながら、"そこ"へ近づいた。昨日までイヅナが座っていた席へ。
アキラの脳裏に「あ、和泉くん、おはよう」とふんわり微笑むイヅナの面影が重なったが、そこにイヅナはいない。
「アキラ!急にどうしたんだ?」
「アキラちゃん…って、その机、まさか」
アヤとノブは怪訝そうにアキラを見つめる。こくりと頷くアキラ。
アキラは机の下の引き出しをそっと開けた。
――サラララッ。
乾いた音を立てて溢れ出したのは、大量の枯れ葉だった。
「……嘘だろ」
「え、なにこれ、どういうことよ?」
困惑するノブとアヤ。
アキラは先生の教卓から名簿を取り出し、必死にクラスの名前を指でなぞる。
(森下、森永...、矢上、山田)
そこには「守家」の名前はどこにも無かった。出席番号も追加された形跡がない。
「クッソ!」
アキラは何かを悟ったように自分の席にカバンを乱暴に置くとそれを拳で殴りつける。
その振動でチャリッと机の中から何かの音がした。
アキラは引き出しを開けると、そこには真新しいキーホルダーがあった。
アヤが自分のカバンのキーホルダーとアキラの机のキーホルダー交互に見つめて驚く。
「え、それって…あたしのと色違い? あれ…何かあたし思い出したかも」
「マジかよ?お前まで…」
俺だけ何も思い出せないぞ、なんでだ?とノブは口を零す。
アキラはじっとキーホルダーを見つめていた。
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放課後。
三人はあの古い家の前へ向かった。
「うそだ!」
アキラが何かを見つけると急に走りはじめる。
けれど、そこにあったのは家ではなく―
「売地」の看板が虚しく立つ空き地だった。
「ここ……取り壊されてたんだね」
アヤが何かを思い出すように呟く。
「土がまだ湿ってるし、壊されたの、昨日か今日かって感じね」
ノブはしばらく無言で立っている。
「……なあアキラ」
ノブはまだ何も実感が沸かない。
ただ、二人の様子に感じ入るものがあったのか―
「……残ってるんだろ」
「そいつ」
アキラはハッとノブを見た。
ノブはその表情から、失ったその何かを、見た気がした。
「覚えてなくてもさ」
「そういうの、消えねえだろ」
アキラは、振り返る。
何もないはずの場所を、見つめる。
風が、ふっと頬を撫でた。
懐かしい匂いが、一瞬だけ混じった気がした。
「……ねえ」
アヤがぽつりと呟く。
「今…。楽しかった、って顔してたよね」
三人は、何もない空き地を見つめる。
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トボトボと帰宅したアキラを、母・ユキが玄関で迎えた。
「ただいま……」
ゆっくりと靴を脱ぎ、そして手に持った真新しいキーホルダーを見つめるアキラ。
そこに残る微かな「残り香」に、ユキは何かを悟る。
「アーちゃん、あなたまた、怪異に魅入られたようね」
そういうとハッとした顔で振り返るアキラ。
「怪異……? 怪異ってどういうこと?!」
アキラは、その顔に怒りをにじませる。
「違うだろ……」
「そういうのじゃねえだろ」
小さく、でもはっきりと。
「イヅナちゃんは――」
一瞬、言葉が詰まる。
「……友達だ」
怪異だなんて、そんな言葉で、片付けられない。
「だって…」
「みんなで、一緒に遊んで、すごく喜んでて……っ」
「……あのね、アーちゃん」
そんな息子の肩に、ユキはそっと手を置く。
「その子は、もう長くはなかったのよ」
ハッと目を見開き驚くアキラ。
そして再びキーホルダーに目を落とすと、ギュッとそれを握りしめる。その肩が震えていた。
「……でもね、最後にあなた達と出会い、最後にいっぱい楽しむ事ができた」
「……あの子、きっと嬉しかったのね」
それを聞いたアキラは堪えていたものが決壊したように、泣き崩れる。
「……うううっ、うああああああぁ…………」
ユキはそっと我が子を抱きしめた。
その手は、ほんのわずかに強く――
離すまいとするように。
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その夜。
スマホに一件のメッセージ。
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ノブ:
明日迎えいく
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たったそれだけ。
でも――
(……ああ)
涙が、また溢れた。
そのときアキラは、
ふわりと、どこか懐かしい匂いが混じった気がした。
顔を上げる。
――誰もいない。
風だけが、静かに通り過ぎた。
個人的に気に入っていたエピソードだったので、短編(別世界線)から少し書き直して本編への挿入です。




