九節:真夜中の勅命
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城門に至ったときに気配を悟ったのか、爆睡していたマリスが起きて伸びをした。
「ふあぁ……いやぁ長旅でしたねぇユーマさん。私これだけの距離を今日は往復してたんですよぅ。朝から歩き疲れてグッスリでした!」
ちょっとした仮眠で目が冴えて心身ともにリフレッシュできたようだった。
人気が無くなった王城のホールを抜け、謁見室に待機していたエリスと片割れの衛兵に向き合う。
「ユーマ様、総統閣下からは謁見のご予定を伺っております。どうぞ中へ。それと姉さ……マリス殿は謁見室前に待機を」
エリスの緊張感が含まれる声に気が張り詰められる。
本来、入室の前に用件を話すことで謁見の許可を得られる慣例があるはずだ。
俺が初めてこの世界で目が覚め、総統閣下に謁見したときもその例外ではなかった。
今回、あえてその慣例を破ってまでイヴァン二世総統閣下が呼び出したのは何か重篤な事態に陥っているに違いない。
いつもより広く感じる謁見の間を進む。
真夜中の部屋に照明には少し頼りないキャンドルと、天窓の月明かりが薄暗く辺りを照らしている。
イヴァン二世総統閣下がいつも見せる柔和な表情が、今は厳しさを湛えていた。
いつも彼の横に携えるピョートルはどうやら不在のようだった。
「ユーマよ。本来であれば先刻のバスティン朝との調停を受け、そなたを労いたいのだが今は一刻を争う」
「総統閣下、ご用命であれば何なりと申しつけ下さい。バスティン人誘拐の一件でしょうか?」
先手を打ち、単刀直入に用件を聞いてみる。
こんな時の総統閣下は本題に至るまでに躊躇いを見せる癖があった。
閣下にとっては一兵力である以前に大切な国民の身に、危険をさらす任務を与えることが心苦しいと感じる性格だからだ。
親子揃って何よりも命を尊ぶ人間性が、ルベンカ帝国民の愛国心に繋がっているのは言うまでもない。
「そなたに隠し事はできぬな。そう、とても言いにくいことだ。どうか他言無用を貫いて欲しい」
ここまで言ったところで、一旦イヴァン二世総統閣下はううむと唸り始めた。
俺は閣下が落ち着くまで、発言を待った。
「すまぬな。折角呼びつけたのにこの体たらくでは国民に示しがつかない。実は、この帝国内でその事件の首魁と繋がっている内通者が居るようなのだ」
「内通者……ですか」
人形使いのスキルを持ってすれば、確かに造作のないことだ。
人間と一見では区別がつかないホムンクルスの一人や二人を紛れ込ませてスパイ活動をさせるのは予想できる。
「うむ。この帝国に忠誠を誓う国民を疑ってしまっては、この国を統べる者の名折れよ。だがルベンカに仇なすものをこのまま野放しにする訳にはいかない」
「そのルベンカ帝国に仇なすもの、まだ全貌は掴めていませんが何者かは把握したつもりです」
「ほお、それは心強い!では、解決の糸口も見えているのだな?」
「いえ、そう単純な話ではないですが、スパイとして入り込んだ手口は予想がつきます」
——俺は人形使いのこと、そしてそれがホムンクルスを操ってルベンカ帝国に侵入しているかもしれないことを話した。
憶測の域を抜けられない時点で話すのは危険だが、ここで話さないことには事態の進捗は望めない。
「ならば、その人形使いとやらが帝国の安寧を脅やかしているというのだな?」
「それは間違いありません。ただ、目的や規模感が掴めないのが現状です。盗賊団グロズヌイのアジトに侵入し、内情を把握してから動くのが賢明だと進言します」
総統閣下が少し下にズレた片眼鏡を上げ、決心したように口を開いた。
「あい分かった。錬金術師ユーマよ、これより極秘の勅命を述べる。そなたにはグロズヌイの討伐と人形使いの捕縛を命じる。必要ならばルベンカの精鋭を如何様に使ってもらっても構わぬ。マリスも我が愚息も帯同させるが良い」
「はい、総統閣下の仰せのままに」
すかさず、イヴァン二世総統閣下の傍に人影が現れた。
「閣下、それには及びませんよ。人形使いの正体は既に掴めておりますのでね」
そこには、不敵な笑みを浮かべる辣腕の宰相が佇んでいた。




