六節:束の間の幕間
階下に降りたナナシの装いは一瞬同一人物かと見間違うものだった。
薄褐色の肌に無駄な装飾を省いた白いワンピースの上にスカイブルーのベールを頭から垂らしていた。
「――ユーマ様、どうでしょうか?」
楚々とした佇まいに言葉を失っていると、ナナシの隣にいたバジルの妻が口を開いた。
「ナナシちゃんってば、元々の素材が良いんだからこれくらいシンプルなコーディネートの方が良いわよねぇ。アナタもそうは思わないかしら?」
盲目な旦那に対して、妻のタビサがあどけない笑顔を見せながらジョークを放った。
「えっ?あぁ、そうだね。タビサ。君の見立ては正しいよ、うん」
「もう、ただの冗談よ。目が見えないんだから無理にコメントしなくても」
「いや、君の仕立ては間違いないんだから見えなくても分かるよ。その心の清らかさから、きっと清楚に見えるワンピースでも誂えたんじゃあないかな?」
バジルが少しはにかんだように答える。先程ダメージを受けたように感じられないような平静さを保っていた。
「さすがのおしどり夫婦だな。お互いよく分かってる」
「いやはや照れますね。戦役に出ていた頃からの付き合いですので、心から私達は繋がっているんですよ」
バジルの妻、タビサも元々帝国に仕えていた軍人の一人だった。国内随一のスカウトとして、内偵を得意としていた。
二人の馴れ初めは、戦争中に重傷を負ったバジルの捜索をしたことが出会いの始まりだ。彼の柔らかい物腰からは意外と思うかもしれないが、バジルの猛アプローチの甲斐があって二人は結婚した。
「初めて会ったときから私思っていたもの。私、この人と結婚するかもって」
結婚して五年は経つというのに、お互い傍から見ても新婚のような仲睦まじさだ。
「あぁ、申し訳ないが、続きは俺たちが帰ってからにしてくれ。口から砂糖が出そうだ」
ナナシもさっきから黙ってばかりだと思ったら、赤面して俯いていた。
「これは、ひと目も憚らず申し訳ございませんでした。まだ営業時間だというのに」
*
ザハロフを出て、転移魔法で帰宅しようとしたところでナナシに静止された。
「その……歩いて帰りませんか?ユーマ様」
「どうして?」
「私、生前の記憶なんて無いもので、この足でもっと歩いてみたいのです。この足が大地を踏みしめる感覚を、もっと味わいたいです」
「そういえばそうだったな、歩いて帰ろう。だが、家までは遠いぞ?なにせあの丘の上だからな」
「――はい、ありがとうございます」
沈みかける夕陽を背に、ナナシの横顔が煌めいて見えた。
「あぁ、そうだ。その服、似合っているよ。うっかり言い忘れてた」
ナナシの淋しげな表情が破顔して、吹き出した。
「もう、現金なご主人ですね。さあ、行きましょう」
「でも寒くないのか?そんな薄着で」
「実はこの服、防寒魔法が効いてるんです。いやあ最近の魔法って便利ですねえ」
ベールを触ってみると、確かにほんのりと暖かく感じた。
傾く陽を眺めながら、そんな取り留めのない会話を交わして家路を辿った。




