五節:グロズヌイと「人形使い」
バジルの全身から魔力が奔流する。
魔力から生み出される光が俺を巻き込むように包み込んだ。
その光が霧散するように消えると、さっきの防具屋とは雰囲気の違う部屋が広がる。
御影石の床と、花崗岩を敷き詰めた壁でつくられた小部屋に俺とバジルだけが立っていた。
見えない目を見開き、バジルが小部屋を見回す。
「魔力の流れは絶たれていますね。ええ、誰にも盗み聞きはさせません」
「相変わらず用心深いな」
「私の本業は人死にも出るような命がけゆえ、用心深くもなるものです」
バジルの本業は防具や服屋ではない。古代魔法を駆使した情報収集による探偵業を営んでいる。
軍に在任していた頃は諜報機関の実働リーダーを兼任していた。
「それで、どのようなご用命でしょうか?」
「最近バスティン人を攫う集団がいるようだ。そいつらの居所は分かるか?」
「分かりますよ。『グロズヌイ』のことですね」
「早いな!」
仕事の早さはゲームの時点から変わらない。
「まぁ、騒ぎ立てるほどでもない盗賊だったんですがね。最近動向がおかしくなった気がします」
「ザコだったのに、最近は力を付けているのか?」
「前のリーダーが殺され、体制が変わったようです。なんでも『人形使い』と呼ばれる魔術師の主導で最近台頭しています」
人形使い、そう呼ばれるNPCやジョブには心当たりが無かった。
もしかしたら今後のアップデートで実装予定だったのか或いは……
「その人形使いって何者なんだ?」
「グロズヌイの前リーダーが殺されたのが三ヶ月前、それから全く動向を掴めていません。まるで誰かからの追跡や特定を避けているようです」
「それって――」
「私の存在に気づいているでしょう、恐らく。ただグロズヌイの末端構成員から掴んだ情報によれば、財界や政界に関わる人間と深く関わっているとか。名前を察するに、人を操る力があるのかもしれません」
「だとしたらバスティン人を攫う理由はなんだろうな?」
「下っ端ですら目的を知らないようです。昔はルベンカの外れで細々と活動してたんですよ。日銭を稼げればそれでいいチンピラの集まりでした」
「人形使いの言いなりってことか。捨て駒を良いように扱って、表立って活動をしない。臆病者のやることだな」
鼻で笑ってみる。だが、バジルの顔は険しいままだった。
「そう言ってもいられませんよ。実体は誰も知らない。男か女か。そもそも一人なのかすら分からないのですから」
「ここに来て知りたいことがますますややこしくなってきたな。だが奴らの本丸を潰せば分かるんじゃないか?」
「人形使いはどうやら、アジトには直接現れないようです。時々アジトから魔力の流れを感じることがあります。テレパシーか何かで指示をしているのでしょうね――」
ふと、バジルから鼻血が出てきた。
「大丈夫か?」
「実は話しながらグロズヌイに探りを入れていましてね。ですがまずってしまいました」
「どういうことだ」
「これまで人形使いは誰がグロズヌイを探っているのか分かっていませんでした」
「あぁ、同時にお前も人形使いの正体を掴めていなかったな」
「はい。状況が更に悪くなってしまいました」
バジルの頬を脂汗が伝う。鼻から、目から、口から、そして耳から血が垂れている。
「バジル!」
「いや、残念ですね。早いところこの部屋を抜け出しましょう。ここに居ることがバレてしまいましたので、私達の正体に気づかれたかもしれません。防諜魔法を一撃貰ってしまいました」
バジルは苦笑しつつ高速詠唱で元の武具屋に転移し一息吐いた。
「今日はここまでのようですね。こちらでも防諜魔法を仕掛け、一層本腰を入れて正体を突き止めてみましょう。嫌な予感がします」
顔中の血を胸ポケットのハンカチで拭き取っていると、ちょうどナナシが服選びを終えたのか二階から降りているのが見えた。




