二節:ナナシを隔てたもの
雪が降りしきったあとの、雲ひとつない寒空だった。
外にいるだけで暖炉で暖まった熱が引いていく。
高台にある屋敷を出て眺望する街並みは、遠目からでも人の行き来がよく分かるほど活気に溢れていた。
ナナシの生前も、こんな雪国を歩いていたのだろうか。
さすがに生きているときからあんな薄着だったら、すぐ凍えてしまうだろう。
そんな取り留めのないことを考えていると、背後から扉の開く音が聞こえた。ナナシが開けたのかな。
ご主人、とナナシの呼ぶ声が聞こえたので振り返る。
見立てどおり、ナナシの着たフレンチメイドは下腹部にこみ上げるものがあった。
程よい大きさの乳房を強調させた服を着て、恥ずかしげに立ち尽くしていた。
「ご主人、寒いし恥ずかしいんですが」
「でも似合ってるぞ」
事実だ。幼い顔立ちに似つかわしくないスタイルをメイド服が一層魅力的に際立たせていた。
「ここから先は、どうも足がすくんでしまって歩けないです……」
「別に出られなかったとしても、障壁か何かではじき出されるものじゃないのか?」
「そのはじき出しが、人間の詠唱できる最上級魔法よりも強力な電撃だと分かってても出ようと思いますか?」
あぁ、この言いようを察するに、試したことがあるんだな。
「だけど、今度は上手くいくかもしれないだろ?」
そう言って、弱音を吐く彼女の手を引いてみる。
指が触れた先の腕には脈動があり、体温を感じた。
生きているような感触だった。
「なあ、幽霊って肉体が存在するものなのか?」
「何言ってるんです、魂が見えるようになったのが幽霊ですよ」
少し溜息をついて、ナナシは呆れた口調で答えた。
ナナシの掴んだ腕をつねると、即座に顔を軽く歪めた。
「あいたっ、何するんですか」
「さっきも気になったんだけどさ、肉体が無かったら寒がらないし、物理的な痛みも感じないんじゃない?」
はっ、とした表情でナナシは自分の体をあちこち触ってみた。一段落して、歓喜の声を上げた。
「私……蘇ったんですか!?地縛霊として、いつ訪れるか分からない消滅の時を待たなくても良くなったんですか!?」
喜びのあまりの歓声とともに、ナナシは俺に飛びついてきた。
その衝撃のまま、二人で雪道に体を預けるように倒れ込んだ。
「わっ、ブフォ!」
押し倒した衝撃で、ナナシは顔を雪に突っ込んでしまった。
「ひゃあ、冷たい!でも、ワタクシ生きてる、生きてるんですね!」
テンションが高いまま、俺に覆いかぶさってナナシはきゃいきゃいとはしゃいだ。
その度に密着した体からほのかに香る桃のような匂いが鼻腔を刺激していた。
次第にナナシの体温が伝わってくる。
どことなくナナシの顔が赤くなっていた。軽く霜焼けでもしたのだろうか?
「ナナシ、悪いけどそろそろ――」
「もうちょっとだけ、と言いたいところですが――」
言いかけてからナナシはすくっと立ち上がり、俺に手を差し伸べた。
その手に呼応して立ち上がり、背中に付いた雪を可能な限り払う。
するとナナシが俺の後ろに回り込んで、残りの雪を払ってくれた。
「あぁ、ありがとう」
「いえ、このくらい気遣いしないと、ご主人。いえ、『ユーマ様』」
ふわりと微笑んだナナシの顔は、肉体の無かったときの擦れた表情ではなかった。
彼女だって生きていれば、ここまで綺麗な笑顔をできるんだな。




