二十一節:尋問の本質
*
ラシードの気持ちを落ち着かせるため、一旦のブレークタイムが入った。
円卓から出た先の回廊でミハイルが立ちながらチョコレートバーを頬張り思案を巡らせている。
「ラシード達を見張りながら食事をしなくていいのか?」
俺が声をかけると、ミハイルは残りの小さな欠片を一口で食べ終えた。
「これは、ユーマさん。彼らは既に抵抗の意思はありません。それに、外の空気も吸いたかったものですから」
恐らく、あの密室状態からアサシン達が逃げ出すのは簡単なことだろう。それでも、食事の時間に彼ら――もちろん数人の見張りや仏頂面の宰相は中に残っているが――が逃げ出さないと確信していた。
多少の一悶着はあったが、ラシードの意気消沈した様子以外は、誰一人として反抗的な態度を示していない。
それどころか、こちらの友好的な態度に快く応えてくれている。
「あの友好的な態度、見ていて妙ではなかったか?」
「そうでしたか?」
普通の捕虜であれば、反抗的な態度をとるものだろう。だが、ミハイルにとっては彼らがオープンな姿勢で問いかけに応じることは予想できていたようだ。
「少々疑心暗鬼になっているようですね。そう思うのもおかしくはないでしょう。バスティン朝の内情を知っていれば、ああなるのも無理はないでしょうね」
「バスティン朝の内情?」
「ええ。実はあの国は秘密警察の下、ディストピアが形成されているのです」
ミハイルが言うには、バスティン朝はラシードが関与できない王直属の秘密警察が組織されている。
バスティン朝の機密情報を知ったアサシンが、ルベンカに亡命してきた際に掴んだ情報だそうだ。
「いつ、どこで、誰が監視しているのか分からないので、常に発言には気をつけなければならないのだとか」
「体制に不満があるから、外からの力で国を変えて欲しい気持ちがあるんだろうな」
「恐らくは。内側からの革命は行動する前に秘密警察が取り締まる。前例もあったと報告を受けています」
尋問への協力は一見、背信行為だ。
「売国奴」というレッテルを貼られてでも国を変える。その行動原理は「愛国者」と相違が無いものだといえる。
「プライドを捨ててまで、一人でも多くの国民を救いたい。……その気持ちに応えたいとは思いませんか」
ミハイルが真っ直ぐな視線で俺を見つめる。彼の考える平和とは、合理性と感情が入り混じっている。
だからこそ軍には頼られ、民からも慕われる「優しい王子様」なのだろう。
「気持ちは分からないでもないが、一つ訊きたいことがある」
「それは一体、何でしょうか?」
ここまでバスティン朝の内情を知った上でも、ミハイルの尋問で理解できない点がある。
「あの尋問、なぜ終始バスティン国教のことについて訊いたんだ?」
「なんだ、そのことですか。少なくとも、私の興味本位ではないのは分かりますよね?」
「もちろん、そこまでバカじゃない」
ミハイルが軽く笑う。それから、顔に真面目さを取り戻してから小声で俺に伝えた。
「どうやらあの宗教、広まった暁には本当に世界に平和が訪れるかもしれないのです」
「……はっ?」
普段見かけないようなミハイルの表情から語られたのは、素っ頓狂な声が出てしまう戯言のようだった。
もしかしてミハイルもあの狂信者のように宗教マニアなのか?
「ミハイル」
「はい」
「気は確かか?」
「はい」
「ラシードに感化された?」
「は――いいえ」
今、思わず「はい」って言いそうになったな。
「ユーマさん。確かに周りの人からすれば気でも触れたのかと思われます。ですが、確かな情報をキャッチしています」
この世界に魔法が当たり前のように普及しているのだから、宗教の神が存在してもあながちおかしくないのだろうか。
まずはその情報とやらが気になる。続けてミハイルの言葉を待った。
「これはバスティン朝の諜報方でも把握していない国教の情報です。くれぐれもご内密に」
俺はミハイルの重い言葉に息を呑んだ。そもそも、なぜ小国の邪教について、ルベンカの情報網が掴んでいる?
「ルベンカのとある僻地に、遺跡が出土されました。それは何かの祭壇のようでした。壁に掘られた壁画、そして祭壇の状況を調べ上げると、バスティン朝で年に一度開催される『国教祭典』という祭祀と酷似していたのです」
「国教祭典?」
「ええ。国を挙げてバスティン国教の聖典を国民一同で詠み上げ、神の降臨を願う祭りです。といっても形骸化している『お祭り』なんですけどね」
(縁日が一大デートイベントになっていて、そのルーツが忘れ去られているようなものか)
「今でこそ屋台やパレードで賑わうイベントです。ただ、初めて祭典が行われたとき、奇跡が舞い降りたと言い伝えがあります」
バスティン朝の黎明期、生先の短さを嘆いた建国の祖、通称『教祖』がこの国教祭典を始めたと言われる。
啓示を受けてから一度も叶わなかった神の降臨を、国民一同で成し遂げんとしたそうだ。
信仰力を集中させて神の顕現を願ったとき、神が舞い降り、条件付きで世界の平和を約束したのだと言われる。
「その条件とは、『最初の国教祭典から千年後も、その日と同等以上の信仰力で聖典を唱えた場合』に死者も生者も等しい平和をもたらさん、というのです」
「胡散臭い神話だな。宗教を広めるための口実にしか思えない」
「勿論私はリアリストなものですから、最初は信じませんでした。ちなみにその後、神はその約束を交わした石版を残して、再び人の目から消えたそうです。この奇跡でもたらされた石版は『静謐の契約書』と言われています」
「それで、その遺跡と国教祭典、どんな関係があったんだ」
歴史の勉強をしているわけではない。やや長い歴史講話を切り上げて、ミハイルは本題に移った。
「その遺跡こそが初めて国教祭典を行なった祭壇だと判明しました。言い伝えでしか残っていなかった『静謐の契約書』が出土されたのですよ」
「その契約書って、眉唾ものじゃないのか?」
「恐ろしいことに、これも本物の可能性が高いのです」
ミハイルは自信満々に答える。
後で知ったことだが、この遺跡発掘には当時国立学院に通っていたミハイルも関わっていたらしい。
「あの石版は、歴史書の記述では地上世界に存在しない未知なる鉱石で作られたと言われています。つまり――」
「出土された契約書が、その鉱石だったと?」
「はい。驚くべきことに、今日に至るまで発見されていない材質でした」
オカルト誌が好みそうな内容に、俺は当惑していた。
だがこの世界を考えると、ここまでの情報があれば信頼に足るものなのかもしれない。
魔法の存在が当たり前で、賢者の石が実在する。
こんなオーパーツが機能している世界に、オカルト的状況を信じるなって方が不思議だ。
「それとユーマさん。ここからが大切です」
ミハイルが念を押してくる。
「初めての国教祭典から千年後っていつだと思います?」
この問いかけが、俺に冷や汗をかかせた。
「もしかして……」
ミハイルは思わせぶりな間を持たせて、ようやく口を開いた。
「はい。今年で千年後を迎えます」
尋問の本質と、ミハイルの行動原理が一致した。




