十八節:重畳な作戦結果
――ミハイルの甘ちゃんみたいな計略のおかげで、捕虜の確保だけではなく、尋問も気持ちが悪いくらいにスムーズだった。
バスティン朝の連中は、まるで家族との団らんを愉しむようにこちらの質問に答えてくれた。
何しろ、一度は死んだと思った自分や身内が無事だったのだ。さらに国内情勢の不安定を避けるお膳立ても施されていた。
表向きには「遭難した登山隊の保護」とされ、今回の出撃も登山隊の捜索が目的ということになった。
これで、捕虜である彼らがルベンカ国民達からの「平和的な」シュプレヒコールにさらされて、口を紬ぐことが抑えられた。
戦場の緊張感と死の恐怖から一気に解放され、安心感がもたらされる。
おかげでアサシン達は一様に友好的な態度で尋問に答えてくれるようになった、という寸法だ。
結果論になってしまうが、非人道的な生け捕りや容赦ない皆殺しなんかよりも、ミハイルの戦争へのスタンスは合理的だと思う。
単純な罠一つで、人心掌握までやってのける。これが本人の優しさではなく計算ずくの作戦だったら、俺の中でミハイルの評価が怖い方向に変わっていただろう。
ちなみにあの罠の仕組みはこうだ。
結論から言うとクレバスを覆うように雪を錬成して、落とし穴を作る。
ただ覆うだけだと一人分の重さでトラップが誤作動しかねないので、物理障壁を雪の下に張り巡らせる。
それから全員がクレバスの上に「乗っかった」ところで障壁を消し去ったら、もれなくアサシン達は谷底へ真っ逆さま、ということだ。
あとは障壁の下に錬成した虫食い穴で落ちたアサシンを呑み込んでやる。
雪の壁はどうやって作ったかって?
そこで今回の作戦で目立たなかったマリスの出番だ。
ようやく自分の出番だと意気込んでいた彼女は、待ってましたとばかりに道のない雪に向かって走っていった。
はしゃぐあまりに足を取られてこけたけど。だがそれがいい。
クレバスに覆いかぶさった雪の蓋は最初、ゆうに5メートルを超えるほど天高く積まれたものだった。
それくらい高くないと、落とし穴の発動でアサシン達を雪で閉じ込めることができない。
壁のない状況で、軽業師や暗器使いがいれば脱出されかねなかっただろう。
そこまで織り込んだ道を作るためにマリスが一閃。「えーいっ」という気の抜けた声で剣を縦振りしただけで、積み上がった雪の一部が直線上に吹き飛んだ。
さすが帝国一のアタッカー、普通に戦えば単騎でアサシン部隊と戦っても勝てたに違いない。
ミハイルがお疲れ様でしたと労ってやると、マリスは「えっ、これで終わり?」とがっかりしていたのが目に見えて少し可哀想だった。
まあ、正直あの道を作るだけなら俺の魔法でも全然問題なかった訳だから、そう思うのも仕方がない。
あとでミハイルにマリスを連れて行った理由を訊いたら、「有事に備えた」という回答が返ってきた。作戦の失敗を鑑みて、武力衝突にも備えたかった。当然といえば当然だ。
人件費の無駄遣いとはいえ、なるほどミハイルらしいリアリストの考えだ。
マリスが前線で剣技を遺憾なく発揮するのは、今回の作戦では避けるべき事態だった。
戦いで剣の腕を振るえないマリスに対する、ミハイルなりの気遣いだったのだろう。
半端なパシフィストならマリスを連れて行かないだろうし、下手をすれば単独で説得に向かって、ものの数秒でお陀仏だったろう。
戦うことは容易だが、説得するのは難しい。
その説得相手は勝算があるのだから攻めてくるわけで、これから占領しようとする相手から説得を持ちかけられても聞く耳など持つだろうか。
「戦うなんて非生産的なことはやめよう。手を取り合おう」なんて言われたときには、ただの命乞いにしか見えない。
だから、こちらの力を示した上、暗に生殺与奪の権利がこちらにあることをほのめかす。
にこやかに近づいて、後ろ手で棍棒を隠し持つ。
ミハイルがこれまでに培ってきた戦地の経験が生み出した、彼なりの平和的解決の真髄を垣間見た気がした。




