十七節:生還
――しばらくの静寂から、ミハイルがラシードに声を掛ける。
「ラシード殿、誰も死んではいませんよ」
いつも通りの柔和な顔で、努めてラシードを落ち着かせようとする。
「しかし!あの時、私を含めた全員が雪に呑まれたはず!」
ラシードは気休めにならない慰めをされたと感じ、思わず声を荒げた。
自分が見ている前で弟は崩れた雪で掻き消された。それは変えられぬ事実だ。
「もしかして、ずっと心の中で生き続けるとでも言うのか。いくら平和主義者でもそんな戯言で納得すると思うか?」
「これでも私はリアリストですよ。弟さんもお仲間も無事です」
ミハイルは隣のユーマに、「そろそろ頃合いですか?」と訊いた。
「ああ、あれだけの雪を巻き込んだしな。物量がここまで多いと、タイムラグは仕方がないだろう」
そう言って空を仰ぐと、寒空をねじ切るように暗い渦が現れた。
渦は徐々に広がり、あっという間にルベンカの小隊を覆うほど大きくなる。
「な、何なんだ一体……これは」
ラシードは呆気にとられ、思わず口が開く。風を切る音が、渦を中心に巻き起こる。
「虫食い穴、さ。錬金術の応用魔法でな。空間転移魔法やら物質変換魔法やら、種類の異なる魔法を合成・錬成できるのも錬金術ならでは、ってね」
虫食い穴から重低音が響く。穴からオイルを垂らしたように、何かがずり落ちてきた。
それは会えないと悔やんでいた弟、ファイサルだった。
ファイサルだけではない、ともにクレバスの中に消えたアサシン達も次々と虫食い穴から「助け出された」。
気は失っているように見えるものの、誰もが生きていた。もっとも体温を雪で奪われ、顔色は悪くなっていたが。
「ファイサル……よ、良かった。私達は生き延びることができたんだ。また、お前と生きることができるんだな」
今度は涙も嗚咽も我慢しなかった。再会を喜び、感情の奔流を抑えられなかった。
だが、何をためらう必要があるのだろうか。
その様子をミハイル達の後ろで見ていたマリスも、目に微かな涙を溜めていた。
「戦いで大切な人を失うのは、辛いですからね……私にも妹がいますから、気持ちは分かります」
ミハイルはラシードに歩み寄り、おもむろに足枷に触れる。
魔力を込めると、重々しい鉄の拘束具は立体パズルを組むように小さな立方体となった。
これがルベンカ帝国で採用される鉄枷――ユーマによる追加効果付き――の本来の形だ。
「感動の再会に水を差してしまいますが、ここでは寒いでしょう?我々に付いてきていただけますか」
ラシードに肩を貸し、立ち上がる。それを合図とするかのように、四人のルベンカ兵がラシードを取り囲み、歩くよう促した。
「厳重に囲おうとも、逃げはしない。我々の命まで助けてくれたのだ。素直に従おう」
そう言いながら、助かったばかりのファイサルと、アサシン達を横目に見る。
視線に気づいた兵士が口を開く。
「安心しろ。お前の仲間もすぐに連れて行く。ここで凍死でもされたら、ミハイル様が立てた作戦の目標から外れてしまうからな。そうですよね!」
ミハイルと親しげなこの男は兵士長だろう。彼の呼びかけにミハイルは破顔する。
「えぇ、助けられる命は助ける。流れる血は少ないほうが皆、幸せですから」




