十三節:静かに動き出す戦況
――「バスティン朝の軍勢が動き出しましたね。生体反応が一つ依然として留まっているのは何故でしょうか」
ミハイルが視覚拡張の魔法でバスティン朝の軍勢を一瞥する。
「怨霊に取り憑かれた兵士を縛り付けて置き去りにしたんだろう。大方、向こうには僧侶はおろか解呪師も居ないとみた」
ミハイルと俺の会話に、マリスが横槍を入れる。
「そうなると、やはり向こうは短期決戦を決めようとしてるんですかね?」
「その可能性は高いでしょう。物理、魔法系のアサシンで短期決戦の奇襲をかける。それを常套手段とする将軍には心当たりがあります」
「ミハイルさん、それって誰ですか?」
「イヴン=カリフ=ラシード、『蜃気楼のラシード』などという異名で呼ばれています。白兵戦よりも隠密や謀殺を好むバスティン朝ではトップレベルのアサシンと言えましょう」
「いきなりそんな大人物がここに攻め入ってくるなんて……それほどまでにユーマさんの戦線離脱という情報だけで勝機を見出した気でいるんですね」
マリスは俺の方に、戦地に向かう人間としては頼りない視線を送る。
「アイツらは別にマリス達を見くびってる訳ではないさ。これまでもバスティン朝の連中は俺が戦地にいる時でも攻め込んでくることはあった」
「そうですよ、マリス。敵軍の不利な情報を入手したら、形勢を立て直される前に畳み掛けるものです」
俺とミハイルでマリスを慰める。ここ数日の状況は不安定だったから、焦りがあるのも無理がないだろう。
行軍をしながら、ミハイルの魔法を頼りに戦況を確認した。
「かれこれ3時間の行軍ですか、ようやく見えてきました。ほら、あそこ。ようやく作戦開始、です!」
俺達の眼前には地獄の大釜が開いたようなクレバスが広がっていた。
吹雪で視界が不安定だったら、足を踏み外すに違いない。
「このクレバス、とても戦場には向いていないと思うんだが。一体何をするつもりだ?」
「罠を張ります。トラップの本家に対して、ね」
ミハイルは不敵な笑みを浮かべ、不気味に吹雪く雪山に立ち尽くしている。
「ではユーマさん、よろしくお願いします。作戦内容を伝えます」――




