十二節:行軍阻まれる敵指揮官
――バスティン朝の指揮官、イヴン=カリフ=ラシードは苛立っていた。
褐色でやつれた顔、後ろに縛った黒い長髪に細長い身体。
とても戦場に向かない見た目ながら、数々の隠密作戦で功績を上げている。
徒手空拳のみで、音を立てずに相対する大将や要人を数々屠ってきたことから、「蜃気楼のラシード」と恐れられている。
クラシーヴィ山脈に降りしきる突然の吹雪。そして瘴気に当てられた部下。怨霊に魅入られて、ラシードの部下は手当り次第に襲いかかっていた。
小さな島国に攻め込もうとした時も、同じような境遇に悩まされたことを思い出していた。
「伝説にあった黄金の国も、向かう途上の船で荒れ狂う嵐と物の怪が襲いかかったものよ……皆、聞くのだ。そこの狂気に堕ちた仲間は助からぬ、奴を――」
ラシードの命令を聞くよりも早く、部下の一人が焦点の合わないもう一人の兵士を積もり続ける雪の上に押さえつける。
そのまま袖口の隠しナイフで仕留めようとするが、制止された。
「待て、ここで殺せば悪霊を増やすだけだ。この山に溢れる瘴気のせいかもしれない」
ついさっきまで共に歩いた仲間を取り押さえた兵士は首に手をかけ、力を入れる。
暴れ回る身体が徐々に弱まり、やがて抵抗を止めた。
「ラシード様、魔力を奪うことで活力を抜きました。この地帯を抜けるまで死ぬことは無いと存じます」
「上出来だ。各々、瘴気や悪霊に気をつけるのだ。雪でせっかく仕掛けた罠が台無しになるのは仕方がない。取り憑かれても被害は最小に抑えよ。ファイサルがそうしたように、殺さずに魔力だけを抜くのだ」
ラシードは指先に魔力を込める。微かに見える魔力の光から長い針が形成された。
そして、彼の部下ファイサルが抱えているかつての仲間に歩み寄る。
「簡単な緊縛魔法だ。目が覚めても動くことはできまい」
頚椎に探りを当て、針を刺す。魔法の発動を確認して、ファイサルは締めていた腕を解く。糸が切れたマリオネットのように、だらんと呪いの操り人形はその場にへたり込んだ。
「解呪師を呼べば呪いは解かれよう。だが、これほどMPを奪われてしまったら、廃人として生きる他ないか」
「いかが致しますか?」
「どの道今死ぬか、生き恥を晒しながら死ぬかだ。であれば、せめて最期くらいは役に立ってもらわねばな」
右頬を歪ませて、冷酷な指揮官はほくそ笑んだ――




