十節:妖しく笑うアークビショップ
麓の入り口を抜けると、急に雰囲気が一変した。
「ユーマさん、実はこの山が地獄の冷蔵庫と呼ばれるのには、遭難者が多いからだけではないのです」
異様な空気を察知した俺を見て、ミハイルが説明を続けた。
「ここは、怨霊の溜まり場なのです」
「怨霊?」
思わず聞き返した。なぜだか俺の脳裏には愉快な地縛霊メイドのことが思い浮かんだ。
「地獄側のクラシーヴィ山脈には遭難者の幽霊が怨霊に変貌してしまう。理由はここの地下に眠る魔脈です」
大抵、雨水のような水源のともなう山脈には、地下水が川の上流を形成するものだ。
ミハイルが言うにはクラシーヴィ山脈のバスティン側とルベンカ側とで、地下に貯まっているものが国境を挟んで種類が違うのだそうだ。
バスティン朝側の地下には現地では名産品になっている天然水が、そしてルベンカ帝国には魔脈と呼ばれる魔力の流れが蠢いている。
この魔脈、上手く魔法使いが活用できれば魔力切れを心配することなく強力な魔法を発動できる。
ただし、常に温泉のように湧き続ける魔力は力尽きてしまった人間の魂に働きかけてしまうと、魂だけが天に浄化されても、残された霊体が現世に残ってしまう。
魂は生前の理性的な記憶や生き様を司る。そして霊体には体が覚えている記憶。生身の体で例えれば、魂は「脳」で、霊体は「肉体」だ。
脳から切り離された肉体がもし動くなら、それを想起させる怪物がいるはずだ。ゾンビ。そう、言うなれば怨霊とは実体のないゾンビだ。
「ユーマさん、クラシーヴィ山脈は特に魔脈が異常に溢れています。魔力の供給を極度に受け続けた怨霊がどれだけ恐ろしいことか。ですが、私なら大丈夫。伊達にアークビショップやってませんから!」
ミハイルは指揮官として適切な指示をやってのけるので、よく戦士系ジョブと勘違いされやすい。
だが、彼の本職「アークビショップ」は僧侶系ジョブの最上級職だ。
回復魔法は勿論、あらゆる怨霊を浄化させて「往くべき所」に昇天させることができる。
敵味方関係なく死者をゾンビにする「ネクロマンサー」と対極のジョブ、そして唯一のアンデッドやゴーストの対抗策。
「……そういや、ネクロマンサーの襲撃でミハイル様かなり張り切ってましたよね。珍しく前線に出て浄化魔法をこれでもかとぶっ放してましたし」
マリスが苦笑いで、「ネクロマンサー反乱」イベントのことを口にした。
ゲーム版のイベントで、ルベンカ帝国に隠居していたネクロマンサーが内部反乱を引き起こすものがあった。
ゲーム側の事情で言えば、この時に初めてネクロマンサーとアークビショップが解禁された。
「現世に迷うものを導くのがアークビショップです。いずれ父の後を継ぐのです。人の子にしろ、人の子だったものにしろ、全てを正しき道にいざなうことが国の上立つ人間の役割ですよ」
――どれだけ歩いたのだろうか、ミハイルを先頭に俺たち後発隊は信じられないくらいスムーズに地獄の山道を進んでいた。
ゆく先々に雪に紛れた白骨を見かけるたびにミハイルは祈りを捧げ、メンバーに取り憑いた怨霊をいとも簡単に除霊する。
「ミハイル様、お聞きしてもよろしいでしょうか?」
歩を進めるなか、マリスがふとミハイルに問いかける。
「なんでしょう?マリス」
「ミハイル様がクラシーヴィ山脈にとても詳しい理由って、いつもこうして山の遭難者を慰霊していたからなのでしょうか?」
「ええ、『半分』正解です。アークビショップになってから、私はこのキリがない慰霊をしています。ですが、それ以前から私はこの山脈に立ち入っているのです。いずれ、理由は教えましょう……フフ」
ミハイルは紳士的な笑顔のまま、不気味な笑みがこぼれていた。




