九節:止まない吹雪とヒロインのデレ
――作戦会議が終わり、吹雪が止むまでの時間を各々退屈そうに待っていた。
今回はマリスの出番が少なく、若干不貞腐れ気味だ。
「良いなぁ、ユーマさん。私、全然今日はお役立ちできそうにないです……」
「マリス、相手が正攻法で太刀打ち出来ないようなものだから仕方ない。無闇に突っ込んで死んでしまったら、みんな悲しむのさ」
「えっ、ユーマさんも私がいなくなっちゃったら悲しいですか?」
椅子にもたれかかっていたマリスが前のめりになって目を輝かせた。
ついでに谷間もご馳走様です。
「当たり前だよ。マリスのことは大切に思ってる。大切な――」
「やったぁ。ユーマさんがそう思ってくれるなら私、今日は我慢します!えへへ」
やれやれ、「大切なルベンカの戦力を少しでも失いたくない」と続けたかったが、幸せそうな誤解をしてくれたから良しとしよう。
屈託ない笑顔のマリス可愛い。
「フフ、ユーマさん。お熱いですね」
一連のやり取りをミハイルが微笑ましく眺めていた。
「ミハイル、からかわないでくれ。吹雪も止んだんじゃないか?」
「ええ、風の音も聞こえなくなりましたね。頃合いでしょう」
俺達は席を立ち、テントを出た。
前までは少し岩肌が見えた山脈は、粉砂糖がかかったように一面真っ白だ。
「自分がやった事とはいえ、壮観だな」
「見惚れている場合ではありませんよ。後発隊を引き連れて、いざ出陣です」
ミハイルが促し、マリスを含めた三人を先頭に麓へと立ち入った。
後発隊は俺達を合わせて10人程度の小隊だ。
「小隊編成で大丈夫なんですか、ミハイル様?」
普段は中隊から大隊規模での戦闘にしか関わったことのないマリスは、困惑が隠せなかった。
「マリス、案ずる気持ちも分かります。この作戦、短期決着で済まさなければならない上、人が多いと却って被害が増大してしまうのです」
「ミハイル様。このクラシーヴィ山脈は登山客もゆったりと登れることで有名なのでは?」
クラシーヴィ山脈は「美しい山」という意味の通り、針葉樹林ときらびやかな野鳥が有名で、ルベンカが誇る観光地の一つとなっている。
「観光客が」遭難したという事例は存在していないほど平和な山らしい。
「確かにこの山脈、バスティン側は自然が生い茂る美しい登山道です。しかし、帝都から入る人間は命知らずか、自殺願望者だけです。ホラ、あそこをご覧ください」
ミハイルが指差す方向に、何かが書かれた看板が点在していた。
『コノサキ キケン ヒキカエセ』
『命の相談室はすぐそこ。あなたの命が大切です』
『考えて、遺されたあなたの家族を!』
『返済できない借金。闇金融被害はルベンカ公営弁護士会へ!』
ビッシリと青木ヶ原樹海手前で見かけるような立て看板に、俺やマリスを含めた後発隊は萎縮した。
「……ミハイル。先遣隊は遭難しただけじゃないのか?」
「いや、そんなことは無いです。遭難した場合は、転移魔法で遭難した旨なり伝えるでしょう」
なるほど、と納得しかけたが腑に落ちないこともある。
「結局、これじゃあ後発隊の俺達にも遭難のリスクが残ったままじゃないか」
「ごもっともです。ですが問題ありません。私がいますから!」
突然ミハイルの目が輝きだした。さっきの昼食に出たキノコスープ、ヤバいものでも入ってたか?
「後発隊の皆様、心配には及びません。ここクラシーヴィ山脈、帝都側の入口は『地獄の冷凍庫』だなんて呼ばれています。そんな山脈を隅々まで知っている人間がいたらどうでしょう?」
後発隊の面々が息を呑む。沈黙を破り、俺はミハイルに訊ねた。
「ミハイル、まさか自分とは言うんじゃ……」
「いやぁ、ユーマさん。毎度お察しが良くて助かります、フフフ。フフフフ……」
ミハイルの爽やか王子様系スマイルからは想像できない気持ち悪い笑い声が漏れる。
「とにかく、私に付いてくれば遭難することはありません。しかし、中隊規模では私の案内はキャパオーバーしてしまいます。小隊で、なおかつ短期決着をつけられそうな精鋭でなければ不可能な芸当です。私を信じていただけますね?」
後発隊のメンツはミハイルの異様な気迫に気圧され、彼の後に続くようにして地獄の麓へと踏み込んだ。




