七節:大計略の布石
まっすぐこちらを見て、ミハイルは言い切った。
続けて、ミハイルはピョートルの作戦に潜む脆弱性を指摘する。
「ピョートルさん、あなたの作戦のキモは先手を打って攻め込むことです。今の戦況、実は既に敵軍は先手を打っています」
「ミハイル様、しかし敵が見えないのに先手も何も、防衛戦は始まっていないのでは?」
「いいえ、始まっています。この紙をご覧ください」
ミハイルがテーブルに置いた数枚の紙には、いずれも「戦線異常なし」とだけ書かれていた。
「ミハイル、この紙は?」
「先遣隊に転移魔法が得意な魔法使いがいました。きっかり30分おきに転移魔法で戦況報告をするよう指示していたのですが、報告が途絶えました」
「じゃあ、この報告が途絶えたということは……」
「はい、この紙が転移されなくなったのが一時間前。それ以前には既に全滅しているでしょう」
ミハイルが悲しい表情で呟いた。
しかし、ピョートルは相変わらずの調子で淡々とミハイルに提言する。
「ならばミハイル様、私の戦略を推し進めるべきではありませんか?先遣隊が全滅したとなれば、戦略魔法による味方の被害もありますまい」
「それは違います、ピョートルさん。バスティン朝の兵は1時間近くあれば、たった一人でも多くの罠を仕掛けることができます。後発隊が同じような出撃をしては、今度は罠の餌食となるでしょう」
ミハイルが冷静な分析をする。
彼自身、かつて捕らえたバスティン朝の捕虜があっという間に複数個の罠を制作するという芸当を見ていた。
その印象が強く残り、猪突猛進の戦略では必ず罠で裏を取られると考えているのだろう。
「ミハイル、ここでピョートルの戦略について議論している場合ではないのは確かだ。君の作戦を教えてくれ」
一時間以上の猶予で、バスティン朝がこちらを迎え撃つ準備が整っているに違いない。
議論よりも先に、俺はまだ聞いていないミハイルの作戦を促した。
「ええ、そうですね。ユーマさん、父から新たな賢者の石について話は聞きました。今回、早速それを活用してみたいです」
「新しい賢者の石をか?」
「はい、あなたの力を大きく引き出せるなら、錬金術で巨大なものも作れるようになるのでしょう。試してみたいことがあります」
ミハイルの目には、仲間を失った悲しみと、母国を守りたいという情熱が宿っていた。
気まずそうに、戦略会議の輪に入れなかったマリスがミハイルに訊ねた。
「あっ、あのぅ……ミハイル様。ど、どんな作戦を進めるのでしょうか……」
「おっと、マリス。気がつきませんでした、申し訳ないです。早速、ユーマさんの力で作戦の第一ステップを実施します。こちらへ付いてきてください」
ミハイルは俺とマリスを連れて麓から離れ、山脈が一望できる位置まで歩いた。
「さて、このあたりが適当でしょう。ユーマさん、乱層雲を錬成できますか?それも即座に大雪を降らせられる条件付きですが」
「そう言えば開けた戦地で積乱雲を作って、敵陣に雷を落としまくったことがあったな。乱層雲の錬成も訳ないだろう」
ミハイルは素晴らしい、と笑顔になった。
「ユーマさん、乱層雲は麓を進んでから――そうですね、丁度城の背後に至るまでの大きさをお願いします」
ミハイルの言ったとおり、乱層雲を作り出すべく手に意識を集中させる。
ここの世界での錬成の経験は少ないはずなのに、疲れが溜まる様子もない。
――そろそろ、大きな力が放出されそうだ。空にめがけ、魔力を一気に開放した。
瞬間、麓一帯から雪雲が形成され、みるみるうちに広がっていった。




