二節:クビにできないダメイド(幽霊)
脱衣所のクローゼットを開き、着替えた。
どういうわけか、エルガー老師が与えてくれた服装がそのままびっしり詰まっていた。
特にお洒落を意識しているわけでもないので、俺は躊躇いもなくそのまま着替えた。
なんだかよく分からないが、そのままそっくりフィットする心地がする。
一階に降り、ダイニングルームのテーブルを見る。
素晴らしい。思わず感嘆した。
一般家庭で育った日本人なら、必ず口にするであろう国民食。
その手軽さで忙しい人にも嬉しい、そして美味しい。
そう、その名も「カップ麺」。
この世界に来てまで食べたい料理ではないことは確かだ。
「最高だな。お湯の淹れ方にでもこだわったのかな?」
皮肉に対してニブいのだろうか、ナナシはジト目をしながら半笑いで答えた。
「ご主人、気でも違いましたか?カップ麺はお湯さえ淹れれば誰が作っても同じ味。つまり一流シェフとて、カップ麺を作る実力はワタクシと肩を並べざるを得ないのです!」
フンスと鼻息荒く熱弁する彼女は、どこか誇らしげだ。
「もしかして、料理できないの?」
「ギクッ!い、いやそんなことは……」
「じゃあ得意料理は?」
「えっ、得意料理?えーっと、えーっと……そうだ!野菜炒め!」
「俺でも作れるし、工夫はいらないだろ」
「ムグッ!じ、じゃあインスタントラーメン!」
「カップ麺を作るのと、どう難しさが変わるんだ?」
ひとしきりの押し問答はあったが、割愛。
結論、このダメユーレイメイドはメシを作れない。
他の家事はバッチリなんだけど、ご飯を作るのはどうにも不可能だそうだ。
何しろ、家事については死後身につけたものなんだとか。
味覚を含めたあらゆる感覚が無いので、何が美味しくて、何が不味いのか分からない。
「つまり料理をしようにも、味見ができないし、生前何を食べてたのかすら覚えていないから料理だけは上達しないと?」
「……ハイ、ご主人の仰る通りです。グスン」
少し涙目のナナシ。先ほどの殊勝な態度と打って変わって、沈んでしまった彼女を見て、ある気づきが芽生えた。
「世の中には、ご飯を食べられるのに作ると絶望的に不味い人種もいる。人によって得意不得意なんてあって当然だよ」
俺自身だってそうだ。"FoC"では錬金術師としてあらゆるプレイヤーの羨望の目を浴びていた。
だが、現実世界ではどうだったか。家に引きこもり、現実の人間とは会話ができない。
俺は、できることよりできないことの方が多い人間だ。
ナナシは幽霊として「この世」に現れたときから、生前の記憶が無い。
何も無い、何もできなかった彼女は彼女なりに努力した。
俺は、ナナシのできないことに何も言うべきことは無かったんだ。




