訓練のはじまり その二
目を覚ますとそこにはいつも見ている自室の天井があった。
外もまだ明るく窓から零れる光が横になった俺の体に当たって心地よい。
ああ倒れたのか
魔法を放って的の木に当たったところまでは思い出せるのだが、そこから先が思い出せない。
自分が倒れた原因が分からない。
「目を覚ましたようですね。」
声がした方を向くと、ベットの縁に母が座っているのに気付く。
どうやら倒れた俺を看病してくれていたようだ。
母が不意に俺の頭を撫でる。
柔らかくて、暖かい
その手の動作一つ一つに慈愛が満ちていた。
前世も含めて初めて母親に頭を撫でれてクロードはその心地よさに目を細めるのだった。
しばらく頭を撫でられると母は先ほどまでの微笑みを少し陰らせた。
「クロード、貴方が魔法に対してとても興味を持っていることは知っています。私たちに隠れて何やら訓練もしていたようですし。しかしようやく魔法や魔術を習えるからと言ってあまり無茶はしないでくださいね。今回は魔力切れを起こしたのが訓練だったからよかったですが、これが戦闘中だったらと思うとゾッとします。」
どうやら俺は体内の魔力が枯渇したことによって、気絶したらしい。
今まで魔法操作の訓練はしていたが、魔法を全力で放ったのはあれが初めてだ。
母の言う通り、戦闘中に魔力が枯渇したら逃げることもできずにやられてしまうだろう。
「すいません母上。母上の言う通り少し舞い上がっていたのかもしれません。これからはもう少し考えて魔法を使います。」
とりあえず素直に謝っておく。
こういう時母親にどんな態度を取ればいいのか分からない。
前世の母はケインズ兄たちの母親と同じように俺を生んですぐに死んでいる。
そのためこの年で母が出来てどう接していいのかわからない。
現在俺は4歳なんだけど、それでもそのころの子供のように甘えることもいい年の俺の精神が邪魔をして素直になれない。
必然的に他人行儀で、よそよそしい話し方になってしまう。
母はそのことに気付いているのだろうか?
「さて、クロードも目を覚ましたことですし、そろそろお昼の準備でもしましょうか。」
本来側室とはいえ男爵夫人である母が料理をする必要はない。
しかし母は庶民の出で料理を頼むのはとても落ち着かなと言って自ら家族に料理を振る舞うのだ。
俺は世界を超え初めておふくろの味に出会えた時、心がジンと温まるのを感じた。
「そういえば先生たちはどうしたんですか?」
「シータさんたちなら、貴方が起きた後に訓練をどうするかお父さんと話し合ってましたよ。何やら声を掛けずらい雰囲気でしたのですぐ立ち去りましたが。」
どうやら今日はこれでおしまいではお終いではないらしい。
倒れたがまだ俺の全力を見せただけで、何にも教わってない。
これで今日の訓練が終わりなんて不完全燃焼だ。
「どうやら、貴方もまだやり足りないようですね。」
俺の表情から意志を読み取ったのか、母がため息をついた。
「これではさっきに注意もきちんと聞いているのやら。」
「すっすいません母上。」
母に小言を言われるというイベントも前世で母を知らない俺にとっては新鮮だった。
手料理の時と同じく心配されていることを実感し心が温まる。
一応言っておこう。
俺はマザコンではない。
断じてマザコンではない。
「まあ午後は危険にはならないようですから、少しは安心できますがお昼までもう少し寝ていなさい。」
「えっ母上、それはどういうことですか?」
母が言い残した言葉に首を傾げながら言いつけ通り昼食まで体を休めるのだった。
――――――――――
昼食を取る、シータさんたちに書庫に呼ばれた。
『それじゃあ、クロードも起きてお昼も済んだことだし、午後からは座学を行おうかね。』
座学。
この言葉はとても苦手だ。
要するにお勉強の時間。
子供で勉強が好きなのはかなり稀だろう。
かく言う俺も前世では好きでもなかったし、真面目でもなかった。
しかし今は違う。
異世界転生を果たした俺は、この世界に対して興味が尽きない。
まるでガイド付きの海外観光に来ている気分だ。
「何だか楽しそうですね。」
「ええ、興味のあることを知れるのでとても楽しみです。」
『珍しいやつだよあんたは。座学って言ったら、誰しも嫌がるもんなんだけどねえ』
この世界でも勉強はあまり好かれていないらしい。
シータさんも少し驚いている表情だ。
「そうなのですか?なんか不思議です。」
この世界には義務教育が存在しない。
各貴族の領内に初等学院は存在するが金が掛かるのだ。
当然平民でも貧しい家は子供を学院に行かせることが出来ない。
借金してでも入学させる家もある。
そのためこの世界の子供たちは勉強熱心だと思っていた。
『平民や身分の低いやつらなんかは、確かに勉強していい職に就こうとするから必死でやろうとするもんだけど、貴族なんかは学も大切だけどそれ以上にコネだからねえ。怠ける奴が多いんだよ』
「私も師匠にそう聞いていたので、どうやってクロード君をやる気にさせようか悩んでいたんですよ。」
俺もそんな貴族のボンボンと同じように見られていたのは、心外だが昨日会ったばかりの彼女らに何も言うまい。
『あたしゃシータが途中で寝るんじゃないかが心配だよ。』
「あはははは」
おい!そこは否定しろよ。
『はあ、全く、まあいいさね。それじゃあ始めるよ。今日はクロードの実力を見るために午前に実技をしたけど、これかは午前に座学、午後に実技をやるよ。座学は魔術、歴史、算術、語学をやっていくけど、進み具合によって、割合を変えていくからね。それじゃあ始めるかねえ。まずどれがやりたい?』
「魔術でお願いします!」
勢い良く手を挙げて答える。
『分かったよ。それじゃあまずは算術からやるとしよう。』
おい!この野郎俺の純情を弄びやがって。
何のための質問だったんだよ。
結局この日は算術、語学、魔術、歴史の順番で勉強が進んだ。
「メレーナ先生。質問いいですか?」
『何だい?答えれることなら答えてやるよ。』
歴史の勉強中俺は気になったことを質問してみる。
「救国の三英雄について教えてください。」
今日はフェネキア王国の建国から始まったのでまだ三英雄については触れていない。
しかし子供が英雄の話に興味を持たないはずがない。
俺の中身がいい年でもそれは変わらない。
『ほんとに男は好きだねえそういうことが。まあいいよ。』
救国の三英雄。
それは、五十年前に起きた、フェネキア王国の南東にあるハセンブルト王国のフェネキア侵攻から始まった戦争で武勲を立てた者たち。
戦士ルシア=タラント、指揮官ホルネ=クル=キーラ、魔術師の黒外套の男。
ルシア=タラントは剣の腕前ではフェネキア一であったそうだ。魔力による肉体強化を使い、カタナと呼ばれる剣を使ったとされている。
ホルネ=クル=キーラは指揮したすべての戦闘で勝利を収めた智将であった。
「カタナですか?それはどんなものなんですか?」
メレーナ先生の言い方だと刀はこの地域に根付いていない。
ルシア=タラントはもしかすると俺と同じように何らかの理由で此方の世界に来た人かもしれない。
「カタナとは、ユルシア大陸の東方にから伝来した剣の一種で、片刃と緩やかな曲線を描いているのが特徴です。切れ口の鋭さが特徴だそうです。」
「ルシア=タラント独自のものではないんですね?」
「ええ、そうです。この辺りではかなり珍しいですが、王都に行けば売っている店もあります。かなり高いようですが。」
どうやらルシア=タラントが地球の人間である線は薄くなった。
「それじゃあ外套の男とはどんな人だったんですか?名前も分かってないなんてかなり怪しい人ですね。」
『黒外套の男は強力な魔術を使うこと以外何もわかっていないんだよ。奴は戦争を終わらせた男とも言われていてねえ、宣戦布告もなく、始まった戦争で何とかフェネキアが持ち直した時に相手陣地を一人で襲撃し、駐留していた敵兵の六割を殺したんだよ。それが原因でハセンブルトは侵攻を断念せざる負えなくなったっだ。そのことから、戦争の長期化を止めた男としてそいつは称えられてるんだよ。』
「すごい人ですね。そのあと誰なのか判明しなかったんですか?」
『しなかったそうだよ。名を騙った奴はかなりいたらしいけどね。』
その話のせいか、憧れて魔術師の中には黒外套を好んで着る者が多いそうだ。
「それではいい時間ですしそろそろ終わりましょう。」
『明日からもビシバシ行くからね!覚悟しときなクロード。』
「はい。よろしくお願いします。」
こうして初めての訓練は終わった。
それれから毎日のように厳しい訓練は続く。




