あれが先生!?
アルファン男爵邸執務室。
壁を本棚で覆われたここは宛ら小さな図書館だ。
そんな執務室の窓のそばにある重厚な机の前に腰かけたピーターは先ほど執事によって届けられた手紙を読むなり安堵の表情を浮かべ、座っていた椅子にぐったりともたれ掛かった。
「よかった。これで何とか慰霊祭には間に合いそうだ。」
手紙には王都から一級冒険者のパーティーを幾つかを派遣したことが書かれていた。
アルファン男爵領の北東部には大きな森がある。
その森はルシアの森と呼ばれ多くの魔物が生息している。
魔物とは普通の動物とは違い、魔法を扱う動物のことである。
彼らは他の動物よりも知能が高く、強い。
そして獰猛な種が多い。
ある者は人語を介し、またある者は国を亡ぼす。
それが魔物である。
そして北部の魔物は厳しい環境で食料が少ないために他の地方の魔物よりも凶暴だ。
比較的に暖かくなる夏場には魔物が森から食料を求めて人里に出てくることもある。
そんな魔の森とも言えるルシアの森には魔物を狩ることを生業の一つとしている冒険者といえど易々と出かけていける場所ではなかった。
しかし十年に一度こんな危険な森に入らなければならない理由がある。
救国の三英雄の一人であるルシア=タラントの慰霊祭を行うためだ。
フェネキア王国ではこの三英雄の功績を高く評価し、彼らにまつわる祭事、特に慰霊祭は王都にある国教会本部の司祭が直々に行うことになっている。
そして今回ルシア=タラントの十年に一度の慰霊祭が行われるのだ。
救国の英雄ルシア=タラントは晩年このルシアの森で暮らし、老衰してこの世を去ったそうだ。
全く、そんなとこで死ななければこんな面倒なことにはならなかったのに。
慰霊祭が行われる墓は森に入って五時間ほど歩いたところにある。
流石に森に入る際司祭には護衛がついている。
だが魔物が跋扈するルシアの森。
一時間も歩けばどれほどの魔物に遭遇することか。
怪我ならばまだしも、もしも死んでしまったら他の貴族から槍玉に挙げられるのは想像に難くない。
最悪何らかの罰が王から下るやもしれない。
それを避けるために慰霊祭の前の年に各地から高ランクの冒険者を雇い、あらかじめ魔物の数を減らすのだ。
それに今回はクロードのこともあるしな
同封されていたもう一枚の手紙に目を通す。
そこには雇った冒険者パーティーと共に一人魔術師が同行することが書かれていた。
ピーターは王都の友人に冒険者の派遣と合わせてもう一つ、クロードに魔術を教える魔術師の紹介を依頼していた。
アルファン男爵領のような田舎では魔術師自体の数は少ない。
ましてや人に教えれるものなど更に少ないだろう。
その点王都であれば人材は豊富だ。
田舎にでも出稼ぎで来てくれる魔術師位いるだろう。
「あいつの才能は早い内から磨いてやりたいしな。」
クロードが生まれた時、のことを思い出す。
ピーターは最初クロードが生まれてくることに不安を抱いていた。
アルファン男爵家は領地持ちの貴族とはいえその規模は大きくない。
長男は当然領主になり、次男はその補佐としての要職に就くのが通例だ。
そこに次男以降の入る余地は無く、多くはコネで大きな地方貴族や王都で職に就くか、最悪平民に落ちて普通の職に就こうとする者もいる。
自分の時は子供が自分だけだったためにそんな心配はしなくてすんだ。
しかし今回正妻のシセルはケインズとヒューガの二人を授かり。その役目をを大いに全うしてくれた。
しかも子供二人は魔術や剣術で才能の片鱗を見せ始めている。
これでは、これから生まれてくるであろう子供に苦労を掛けてしまうかもしれない。
そう思っていた。
しかし生まれてすぐの彼の魔力量に驚かされた。
十年に一人の逸材として謳われている兄ケインズの魔力量を優に超えているのだから。
一歳になって直ぐに魔法を使った時に確信した。
この子は魔術師として大成すると。
アイシャはクロードが泣かなかったことに不安を抱いていたが、恐らく大きな魔力を持って生まれてきたクロードに動揺して、過敏になっているのだろう。
兎に角クロードは早くからその器を大きく育てるんべきだとと考えたピーターはこうして教師を雇い入れることにしたのだ。
机にあった呼び鈴を鳴らすとピーターは執務室に入ってきた執事にクロードを呼ぶように言い付けるのであった。
――――――――――
ついにこの日が来た。
俺は拳をグッと握って喜びを噛みしめた。
五歳になった俺はある日の昼父上に呼ばれた。
話の内容は今度来る王都の冒険者と一緒に俺の魔術の先生が来ると言うものだった。
聞いてからのこの一週間は待ち遠しくて魔術の練習もミスが目立っていた。
やっとまともに魔術を教えてもらえる。
そのことによる歓喜が俺の心を占めていた。
そんな俺は現在今朝方アルファン領に冒険者たちの馬車が入ったと知らせを受けて、父と執事と共に屋敷の庭で冒険者たちが来るのを待っている。
領主自ら出迎える必要もないとは思うのだが、今回の冒険者への依頼はアルファン男爵家にとって重要なことであるためにこうしてわざわざ待っているのだ。
数十分ほど庭でのんびりとしていると屋敷の前に数台の馬車が止まり中から屈強な男女がぞろぞろと出てきた。
その中の一人の男が執事に声を掛け、手紙と何やら金属で出来たプレートを手渡している。
恐らく紹介状と身分証だろう。
確認が取れたのか執事が男を父に紹介している。
他の冒険者はその間に馬車の外に出て屋敷前で思い思いに休憩をしていた。
あの背の高いお兄さんかな?それとも馬車にもたれ掛かっている獣人のお姉さんかな?
「ねえねえ!僕の先生はどこにいるんですか父上!」
父たちの話が終わるのが待ち切れず割って入る。
「はッは!そんなに楽しみだったかい坊ちゃん。魔術師ならあそこにいるぜ。」
冒険者の男もそれを察したのか豪快に笑いながら一番後ろの馬車を指して教えてくれた。
俺はおお辞儀をして礼を言うとすぐさま教えてもらった馬車に駆けた。
勢いよく荷台の布を捲ると一人の人影が目に移った。
その人影は荷台の端にもたれ掛かり寝息を立てていた。
胸元まで伸びた黒髪を二つお下げにした女。
小さい顔には小さい鼻に小さい口。
何よりミニマムなのはその身長だ百三十センチ中盤だろうか、流石に四歳の俺よりは大きいのだが、八歳くらいにしか見えない。
外見はまさしく少女。
寝息を立てている姿はまさしく少女。
一瞬人違いかと思ったが、他に馬車内に人影はない。
しかもその少女の足元には漫画なんかでよく見たような先に赤い宝玉がはまった杖が置いてある。
俺は頭が真っ白になった。
ええーこんなちんちくりんが俺の先生!?




