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「んー…と、スマホに財布、電子辞書、筆箱、ウォークマン、少々のお菓子…あ、ポーチも入れてた!あとは、手帳かぁ…どれも向こうじゃ必要だったけど、こっちじゃ使わないだろうしな~……」
あの短くて濃い異能検査の後、俺様皇帝の意向に従って私はさっさと見覚えのある部屋に戻った。白を基調とした調度品の中に、ポツリと異彩を放つ黒を目にした刹那、グッとこみあげてくるものを抑えながら背後にたたずむティアへと視線を向けた。ティアはそれに笑顔で返すと、「それでは、昼食のお時間になりましたらまたお伺いいたします。もし何かございましたら、そちらのベルを鳴らしてくださいませ」と告げて静かに下がった。
パタン、と扉の閉まる音を確認してから、おもむろにそれへと足を向ける。テーブルの上に置かれていたそれ―学生鞄を手に取り、一つ一つ確認するように中から物を取り出すと、ホッと息をついた。……よかった、パッと見どれも壊れていないみたい。はぁ~と漏らした安堵とともにポロリと一粒零れた。
「っ………」
ギュッと鞄を抱きしめる。あぁ、そうか、私は――本当は、不安だったのか。見知らぬ土地、見知らぬ人、見知らぬ習慣……唯一私の現実であった制服も手放し、この身一つで放り出された世界は、何もかもが非現実に思えて――強がって平気な振りをして誤魔化していただけの事実に、今ようやく気づいたのだ。
ドレスを濡らさないように軽く涙を拭い、手にしていたスマホの電源を入れる。充電は十分していたし、入学式のため電源は切っていた。しばらくして、期待と少しの不安を交えた瞳に、起動画面が照らされる。それに喜悦の色を浮かべるが、右上に視線をずらした刹那、落胆を滲ませた。
「…やっぱり、圏外、か………」
分かっていたことだけど、やっぱりこうもまざまざと現実を叩きつけられると、堪えるものがあるなぁ…。そこを視界に入れないようにそっと目をそらしつつ、事務的に確認を続ける。あらかた目を通し、特に異常がないことを確認すると、依璃亜は大きく息を吐きながらソファーへともたれ掛かる。軽く背伸びをしたところで、ふと先程の会話を思い出した。
「…そういえば、私の私物を研究するとかなんとか言ってたような……」
いやいやいや……ほんと有り得ないし。ようやく手の内に戻ってきたって言うのに手放すとか…しかも無事に戻ってくるかも分からないような目的のために渡したくなんかない。これは、私の物だ。この世界には2つとない、私の、世界の。……絶対にもう、手放したりなんかはしない。
チラッとそれらに目を向ける。
…でも、そんなことあの皇帝が許すはずないよな…でも、それでも…!ギュッと拳に力が入る。なんとか、策を講じなければ。何か、私にできることは――。
「あっ……」
…あるじゃないか。私にも、力が。パッと頭が冴え渡る。そうだ、あの力を――私の願いを現実のものにしてくれる、あの異能を使えば、可能かもしれない。…いや、実現できるんだ!
どうしても渡さなきゃいけないなら、もう一つ用意すればいいんじゃないか――そう、レプリカを。
自然と口角が上がる。そうだよ、ちょうど異能の練習もしなきゃいけないんだし、物は試しだ、やってみる価値は十分にあるだろう。
「よしっ!」
パンっと軽く頬を叩いてやる気を募らせてから、右手にスマホを乗せて前に差し出し、左手も同様に手の平を上に向けて、腕を伸ばす。深く深呼吸をして、すっと目を閉じる。
大事なことは、イメージ。しっかりと鮮明に、その姿を思い浮かべながら、左手に向かって力を注ぐ。
この胸の奥でくすぶる熱を、左手に集めるんだ。
じわりと熱が溢れたと感じた刹那、左手に軽い重量を感じる。そっと目を開けると、そこにはピンク色のスマホが二つ。
「……成功、した…?」
呆然と左手を見つめる。…現れたそれを弄るが、特に異常は見つからない。私のスマホだ。
あまりにも簡単に成功したために現実味がなかったが、実感するに連れてじわじわと高陽するのが分かった。――すごい、この力は、本物だ。もっと、この力を詳しく知りたい。
意気揚々と、私は次の物へと手を伸ばした。
* * *
色々実験をしてみて、いくつか分かったことがある。
まず、イメージの仕方。先程の成功の後、何度かイメージの仕方を変えてスマホで試してみた。最初は外見から中のデータまで、とにかく鮮明にイメージしてたから、外見のみ、データのみ、等々イメージの箇所を変えながら想像してみた。
結果を言うと、外見のみイメージしたスマホは見た目はそれそのものだけど、電源が付かなかった。また、データのみのものは何も起こらなかった。…つまり、イメージした事象しか具現化しないというのだろうか。外見のみのものは、物質しか想像しなかったから、中身がなかったのだろうけど、じゃあデータのみのものは――?ふと思いつき、あるデータを写真としてイメージしてみると、写真として具現化することができた。…なるほど、元の世界でも、データはそれを納める物質がなければ、存在できないではないか。
じゃあ、何もないところから物を出すのはどうだろうか。掌を上に向けて両手を合わせて前に出し、その上から水が降ってくる情景を思い浮かべる。…あれ、何も起こらないぞ…イメージの仕方が悪いのかと思い、今度は水をすくっている掌をイメージすると、ひんやりとしたものが顕現する。その水を流しに流してから、さらにコップに入った水を想像すると、そっくりそのまま現れた。
次に、スマホを開き、電話をする自分をイメージしながら通話ボタンを押してみる――が、繋がらない。インターネットも然り。…やっぱり、そう簡単にはいかないかぁ…。
試行錯誤を繰り返すこと2、3時間、この力はいくつか制約があることに気づいた。
一番大事なイメージだけど、これは私の常識内に捕らわれているらしい…いや、正確には違うんだけれども。力を授かった時に、本能的に学んだことでは、世界の道理を超えない限り、具現化できるとされていた。だから、私は何でもイメージさえすれば具現化できると思っていたわけだけど、この「イメージ」が非常にネックだった。例えばデータだけど、私はスマホとかパソコン等の電子機器に保存されるものだと認識している。だから空中にある姿なんてイメージできない。水もそう。突然現れる様子を上手く想像出来なかったから、具現化することができなかった。だけど、手ですくった水やコップに入った水は想像できる。
このイメージというものは、心の底から感じなければならない。だけど、私の現代人としての常識が、それを邪魔する。科学を学んできてしまったからこそ知っている理――それが、イメージをするときに、頭の片隅で「ありえない」と主張する。…だから、失敗してしまう。つまり、現実的でない現象は、上手く想像することができないのだ。
あと、電話やネットは世界の道理を超えてしまうから、無理だったのだと思う…イメージはできていたから、おそらくは。つまり、この力を使って地球に帰ることも不可能だというわけで…。
「………はぁ…」
なんか、思っていたよりも前途多難な予感。数時間前の自分に教えてあげたいわ…この能力、案外チートでもないよって。いや、地球での常識を打ち破ればいいだけなんだけど、そう簡単に変えれるものでもないしなぁ…。
項垂れつつ、力によって生み出した数々を見つめる。とりあえず、それぞれのレプリカを作った。…もちろん、スマホとかは外見のみの物だけどね。個人情報を曝されるなんて有り得ないし、壊れたことにすればいいかなって。渡すのはこれらでいいとして、問題は本物なんだけど…どこに隠そうかな……いや、出来ればこっそりと持ち運びたい。よく小説で見るような小さな空間とか作って、そこに保管できたらいいんだけどなぁ~…まだそこまでイメージしきれないし。研究者たちもそんなにすぐには現れないだろうから、一旦保留にしておくか…。
今後のことを頭に巡らしていると、扉の向こうからノックの音が響く。…あれ、もしかしてもうそんな時間!?慌てて出していたものを鞄にしまい、辺りを確認すると、私は何事もなかったかのように平然とそれに応じた。