第八話 轟 悪鬼一門
――『悪鬼一門』。
大禍をいとも易々と討ち果たし、晴れて夫婦となった『悪玄太』玄蔵と『鬼緋乃』緋乃。
その圧倒的な立ち回りと夫婦の絆(そして背後で容赦なく振るわれる巨大な大鉈)の噂は、八雲の街を完全に通り越し、いまや中天州一帯の祓い屋たちの間で伝説として語り継がれつつあった。
だが、その威名が広まるにつれ、八雲衆の溜まり場である大酒場で、一人だけ頭を抱えて深いため息を吐く男がいた。
「……なぁ玄蔵。ちょっと訊いてもいいか?」
巨大な大鉈の刃を布で拭いながら、鉄が死んだような目で問いかける。
「なんだ鉄? 酒の追加か? 今日の稼ぎなら俺が全部奢ってやるぞ! なんたって俺たちは八雲一の祓い屋だからな!」
「酒じゃねぇよ。……なんで街の奴ら、俺のことまでまとめて『悪鬼一門』って呼んでんだ?」
「ハハハ! いい名じゃないか! 最高に強そうでバカ強そうな響きだぞ!」
「喜んでんじゃねぇよバカ! 『悪』は悪玄太のお前で、『鬼』は嫁の鬼緋乃だろ!? なんで俺までセットで『一門』扱いされてんだよ! 俺はただの悪友で、通りすがりの色男な『兜割り』だぞ!?」
鉄の至極ごもっともなボヤキに、隣で冷めた茶を口にしていた緋乃が、フッと唇の端を上げた。
「諦めなさい、鉄。世間から見れば、私たち二人の暴走を一番近くで手助けしているあんたも、十分同類(一門)に見えているのよ」
「助けてねぇよ! 俺はいつもこいつらの後始末と突っ込み役に回ってるだけだっつーの! だいたい一門ってなんだ一門って、俺は玄蔵の弟子になった覚えも、二人の身内になった覚えもねぇぞ!」
「何を水臭いこと言ってんだ鉄!」
玄蔵がガバッと鉄のぶっとい肩を組み、破顔した。
「俺とお前と緋乃の三人で『悪鬼一門』だ! 俺が湾刀で切り込み、緋乃が体術で叩きのめし、お前が兜割りでトドメを刺す! この三人が揃って負ける姿が想像できるか?
できないだろ! 天下に名を轟かせるなら、一門くらいデカい括りの方が箔がつくってもんだ!」
「だから俺を勝手に巻き込むなと言っている!!」
鉄が叫ぶと、酒場にいた八雲衆の荒くれ者たちからドッと爆笑が巻き起こった。
「がははは! 諦めろ兜割り!」
「いまさら『俺は違います』なんて顔したって、お前が大鉈一振りで野禍の群れを粉砕してんの全員知ってんだよ!」
「悪玄太に鬼緋乃、そこに兜割りが並んでりゃ、どこからどう見ても『悪鬼一門』の勢揃いだろ!」
「うぐっ……! どいつもこいつも好き勝手言いやがって……!」
鉄はガシガシと頭を掻きむしり、頼んだ覚えのない濁り酒をぐっと煽った 見た目は山賊のように厳つい『兜割り』だが、根が義理堅く面倒見が良い性格ゆえに、いつもこうして玄蔵たちの巻き添えを食らってしまうのだ。
そこへ、孤児院『若葉』のガキが酒場の戸を叩いて飛び込んできた。
「悪玄太! 鬼緋乃お姉ちゃん! それに悪鬼一門の兜割りのおじちゃん!」
「ほら見ろ! ガキにまで『悪鬼一門のおじちゃん』って定着してんじゃねぇか!」
「ハハハ! いいぞガキんちょ、よく覚えた!」
玄蔵はガキの頭を豪快に撫でまわすと、腰の湾刀の鞘を軽く叩いた。
「よし! 今日も『悪鬼一門』の出陣と行くか! 八雲の東の街道に、また調子に乗った異禍が出たらしいからな!」
「……ええ。サクッと片付けて、今夜は美味しいものでも食べに行きましょう」
緋乃が優雅に立ち上がり、拳のバンテージをギュッと巻き直す。 二人の息は完全にぴったりで、文字通り一切の隙がない『最強の夫婦』の威圧感を放っていた。
「……ハァ。言っとくがな、俺の分の報酬はきっちり三等分だぞ。一門の『弟子』扱いして取り分減らしたら、大鉈でお前の頭叩き割るからな」
文句を言いながらも、鉄は身の丈ほどもある大鉈をひょいと肩に担ぎ直した。呆れ顔の裏には、この無茶苦茶で最強な二人と並び立つことへの、確かな誇りと信頼が滲み出ている。
「おうよ! 一門の稼ぎは山分けだ! 行くぞ、『悪鬼一門』の出陣だ!!」
直刀全盛の時代に異彩を放つ湾刀使い・悪玄太。 凄絶な体術と秘めた情愛を持つ妻・鬼緋乃。 そして、二人を呆れ顔で支える色男・兜割りの鉄。
八雲にその名を轟かせる無敵の祓い屋集団『悪鬼一門』の快進撃は、温かな風に乗って、どこまでもどこまでも加速していくのだった。




