第四話 若葉のガキ
八雲の街の路地裏には、陽の当たる大通りとは少し違う、どこか長閑で少し寂しい空気が流れている。
その一角にある孤児院『若葉』の生垣から、てん、と小さく黒い頭が覗いていた。
歳は七、八歳といったところか。
つぎはぎだらけの服を着たその幼いガキは、息を殺して路地の先をじっと見つめている。
視線の先にいるのは、腰に珍しい「曲がった刀」を差した男――玄蔵だ。
(……あ、悪玄太だ……! 今日もあの曲がった刀を差してる……! かっこいい……)
ガキにとって、玄蔵は最高の英雄だった。 直刀ばかりのこの街で、誰も持っていないあの『湾刀』を自在に操り、恐ろしい禍つをバッサバッサと斬り倒す男。
八雲衆の間で『悪玄太』と恐れられ、畏怖されるその姿に、幼い心は激しくときめいていた。
本当は近くに行って話しかけてみたい。
「おいらのことも弟子にしてくれ」とか、「その刀、触らせてくれ」とか言いたい。 だが、何せ相手はあの『悪玄太』だ。気圧されてしまって、こうして物陰から見つめるのが精いっぱいだった。
一方、当の玄蔵はというと――。
「……おい鉄。あそこにいるガキ、さっきからずっと俺のこと見てないか?」
「ああ? ああ、若葉のところのガキだな。お前が通るたびにいつも物陰から見てるぞ」
「な、なんだ? 俺、何かしたか? もしかして前に野禍を斬った時の血でも飛んでトラウマにでもさせたか……?」
玄蔵は珍しく動揺し、ぎこちない動きで首をひねっていた。
天下を取るとか城を建てるとか、でかい口を叩く玄蔵だが、実は「子供」という生き物の扱いがさっぱりわからない。
若い男によくある、どう接していいか分からず挙動不審になるアレである。
「バカ言え。トラウマどころか、お前に憧れてんだよ。お前のあの妙な湾刀と『悪玄太』って名前に目輝かせてやがる」
「あ、憧れぇ!? 俺に!?」
「当たり前だろ。ガキにとっちゃ、お前みたいな分かりやすく強い奴は格好の英雄なんだよ。ほら、せっかくだからなんか声でもかけてやれ」
鉄に背中をぽんと押され、玄蔵は「お、おう……」と喉を詰まらせながら、おずおずとガキの方へ歩み寄った。
ザッ、ザッ、と近づく憧れの英雄の足音。 ガキは心臓が口から出そうなほど跳ね上がり、生垣の陰で身体をガチガチに硬直させた。
「や、やあ……ガキんちょ。いい天気だな……」
玄蔵がひねり出したのは、お世辞にも上手いとは言えない引きつった笑みと、ぎこちなさ全開の挨拶だった。
手持ち無沙汰そうに頭を掻き、どう威厳を保ちつつ優しくすればいいのか完全に迷子になっている。
(え、英雄と目が合った……!!)
ガキは感極まり、同時に緊張が限界突破して、言葉が出るどころか「ひっ」と小さな悲鳴をあげて固まってしまった。
「あ、あれ!? 怯えられた!? おい鉄、やっぱり俺の顔が怖かったんじゃないか!?」
「お前が変に固くなって引きつった顔すっからだろ! たく、世話の焼ける……」
見かねた鉄が、ドスン、ドスンと重い足音を立てて歩み寄ってきた。
見た目は山賊のようにイツい『兜割り』だが、その手つきは驚くほど手慣れている。
ガキの目線に合わせてひざをつくと、大きな手でガキの頭をポンポンと優しく叩いた。
「よお、若葉の。こいつ、見た目はこんな感じで威圧感あるが、中身はただのバカだから怯えなくていいぞ。こいつの差してる刀、カッコいいろ?」
「う、うん……! 悪玄太の曲がった刀、すっごくかっこいい……!」
鉄の仲介が入った途端、ガキの口からすらすらと言葉が飛び出した。
「だろ? こいつは『湾刀』って言ってな、直刀より引き斬りが効く妙な業物なんだ。ほら悪玄太、ちょっと鞘ごと見せてやれ」
「お、おう! 見るか? これな、すごく曲がってるんだぞ! ほら!」
玄蔵は慌てて腰の湾刀を鞘ごと外し、ガキの目の前に差し出した。 手渡す度胸はないものの、誇らしげに自慢する姿は、先ほどまでの引きつり顔が嘘のように子供っぽい。
「うわあぁ……! すごい……!」
ガキの目が宝石のようにキラキラと輝く。 その様子を横で見ながら、鉄はフッと鼻で笑った。
「感謝しろよ玄蔵。俺がいなきゃ、お前永遠にファン一人取りこぼすところだったぞ」
「う、うるせぇ! 俺はただ、刀を痛めないように配慮しただけだ!」
照れ隠しに顔を赤くして言い張る玄蔵。 その時、ふらりと路地の角から冷ややかな空気を纏った美女――緋乃が歩いてきた。
「……何をしているの、バカ二人で」
「あ、鬼緋乃様だ……!」
ガキがさらに目を輝かせる。八雲が誇る最強の祓い屋たちが、目の前に揃い踏みだ。
「おい緋乃見ろ! このガキ、俺の湾刀のカッコよさが分かる見込みのある奴なんだぞ!」
「……へえ。こんな男のどこが良いのかしらね。悪影響だからあまり近寄らない方がいいわよ」
つれなく言い放つ緋乃だったが、ガキの頭を優しく撫でる鉄と、ガキに刀を自慢してはしゃぐ玄蔵の姿を見て、ほんの少しだけ呆れたような、温かい溜息をついた。
「ほら、お昼の時間でしょ。孤児院に戻りなさい
」 「うん! ありがとう、兜割りのおじちゃん! 悪玄太! 鬼緋乃お姉ちゃん!」
ガキは元気よく返事をすると、満足そうに若葉の孤児院へ走っていった。
「……おじちゃん、か。俺はまだそんな歳じゃねぇんだがな…」 苦笑いしながら顎ひげを擦る鉄。
「ハハハ! ざまあみろ鉄! 俺は『悪玄太』って名前で呼ばれたぞ!」
「威張るとこズレてんぞバカ」
常春の街・八雲。 天下を目指す男と、それを支える悪友、そして冷たい鬼姫の周りには、今日も小さな賑やかさが溢れていた。




