第三十話 玄蔵の教育方針
日増しに活気と美しさを増していく街、澄波。
鍛冶屋たちが試行錯誤を重ねて生み出した『澄波刀』は、従来の湾刀を凌駕する切れ味と頑丈さを誇り、澄波の象徴となっていた。
今や住民たちは個々に禍つ(まがつ)を余裕で狩れるほどの武力を身につけ、豊富な素材と禍つ肉が毎日市場に溢れている。
澄波は完全に「自給自足・地産地消」で豊かに回る一大拠点へと変貌を遂げていた。
街の通りを歩けば、どこからともなく『彼女』がふわっと現れる。
「あ、澪さんおはようー」
「うむ、おはよう」
「肉串どお?」
「うむ、頂こう。…2本で」
そんな挨拶が交わされ、澪さんがそのまま市場の露店で大盛りの禍つ肉串を買ってモグモグ食べている光景も、澄波ではすっかり日常の風物詩となっていた。
* * *
さて、四歳になった大吾の娘・鈴はすっかりお姉ちゃんになり、言葉もしっかりして可愛らしくおしゃべりするようになっていた。
「せんせー! すずね、今日はおかあさんのお手伝いもできたんだよー!」
「おおー! 鈴ちゃんは偉いなぁ!」
そんな鈴の成長を微笑ましく見守っていた玄蔵だったが、ふと、ある恐ろしい思考に思い至り、背筋に冷や汗が走った。
(……待てよ? 女の子って言葉が早いよな。蒼ちゃんもそろそろ本格的におしゃべりを始める年頃だ……)
自分の普段の口調を思い返してみる。
『てめぇ!』 『~じゃねぇぞオラぁ!』 『ブッ殺すぞ!』
(……アカン、アカンて!蒼ちゃんが最初に覚える言葉が「てめぇ」だったら俺、一生の後悔どころか緋乃に本気でシメられる……! 天使のような我が子からそんな言葉が出てきたら口からタマシイ飛び出るわ!!)
最近は禍つとの激しい戦いも激減し、澄波の街は実に平和だ。
荒っぽい言葉遣いをする必要なんてどこにもない。
(よし! 今日から俺は『穏やかな父親』を目指す! 口調もガラッと変えて、優しい言葉遣いにするぞ!)
その直後、道場にやってきた一番弟子の第一声。
「玄蔵師匠! 今日の自警団の巡察経路の件ですが――」
「あ、大吾くん。うん、巡察経路は僕が確認しておくから大丈夫だよ~」
「………………は?」
大吾の動きがピタリと止まった。
二度見、三度見をし、玄蔵の顔を心底気味悪そうに覗き込んでくる。
「……し、師匠……? どこか頭でも強く打たれましたか……?
あるいは怪異の呪い……!?」
「失礼だなぁ大吾くん! 呪いなんてかかってないよぉ! 僕は至って元気だよぉ!」
横で蒼太に離乳食をあげていた緋乃も、眉をひそめて何とも言えない変な顔をしている。
「……玄蔵。あなた、変な毒キノコでも食べたの?」
「失礼なこと言わないでよ緋乃さん!
僕はね、我が子の情操教育について真剣に考えたんだよ!」
必死に「僕」「~だねぇ」を貫く玄蔵。
最初は「気味が悪い」「何かの発作か」とドン引きしていた緋乃と大吾だったが、数日も経つと「まあ、蒼ちゃんのためなら……」と次第にその妙な口調に慣れていってしまった。
そして、玄蔵の教育方針の模索は止まらない。
「ねぇ緋乃さん。僕ね、もう一つ考えたんだ」
「今度は何を思い付いたのかしら、玄蔵さん?」
「『お父さん』『お母さん』ってさ、親の役割を表す言葉であって名前じゃないじゃないか。
だから蒼ちゃんには、僕たちのことを『玄蔵さん』『緋乃さん』って呼ばせるようにしようと思うんだよ!」
「……まあ、名前で呼ばせるのも風情があって悪くないかもしれないわね。呼んでくれるなら何でも可愛いし」
「あぅー! げんぞーしゃん! ひのしゃん!」
抱っこ紐の中でニコニコ顔の蒼太が、たどたどしい口調で二人の名前を呼んでみせた。
「~~~~ッッ!! 可愛いぃぃぃっ!! 天才だ蒼ちゃん!! 玄蔵さんって上手に言えたねぇぇぇ!!」
結局、いくら口調を穏やかにしようと、親バカの熱量だけは1ミリも変わらない玄蔵なのであった。




