第二十八話 初代・集落長
玄蔵夫婦が最果ての地にやってきてから、早くも二年余りの年月が流れていた。
すくすくと育った蒼太は、二歳を過ぎてもその規格外な「超・怪力」と「超・頑強」ぶりは健在であったが――
両親の溢れる愛情と日々の触れ合いの中で、ある程度の「力加減」を覚え始めていた。
「あうー! すずひゃんー!」
「きゃー! そうちゃん、はやーい!」
道場の広い庭を、無邪気に駆け回る蒼太と、四歳になった大吾の娘・鈴。
まだ完全に目を離せば、何かの拍子に鈴の手を強く握りすぎて『ポキッ』と行きかねないため、緋乃や大吾の妻・恵がつきっきりで見守ってはいるものの、二人はすっかり仲良しのお幼馴染となっていた。
* * *
かつては絶望の淵にあった集落群。
急いで統合が進められた直後は混乱もあったが、大吾たちの試行錯誤により、道幅の拡張や防衛計画が実を結び、今や人々が「より早く、より安全に」往来できるようになっていた。
澄波の開発は、現在進行形でめざましい発展を続けている。
そんな中、一つの大きな「問題」が浮上していた。
巨大な町へと変貌を遂げた澄波には、今まで明確な「集落長」が存在しなかったのだ。
しかし、命がけで各集落を救い出し、整備を主導し、誰よりも住民の信頼を集めてきた大吾に対し、自然と「大吾を集落長に推したい」という声が、街のあちこちから上がり始めていたのである。
「俺が……集落長……!?」
その日の夕刻。 大吾は『蒼武館』の縁側に座り、玄蔵に向かって困惑した面持ちで打ち明けた。
「俺なんてただの開拓民の一人です! 人望も実績も、全部師匠たちのおかげで……。
澄波の集落長になるべきなのは、絶対的な威光をお持ちの玄蔵師匠のはずです!」
慌てる一番弟子を前に、玄蔵は縁側に腰掛け、豪快に酒をあおりながら静かに首を振った。
「バカ言ってんじゃねえよ」
「……え?」
玄蔵は酒盃を置き、夕焼けに染まる澄波の町並みを見つめた。
「最初に『隣の集落を助けたい』と言い出したのは誰だ? ……てめぇだろ」
「それは……」
「この開拓地の『全部を助けたい』と言って、真っ先に泥をかぶって動き回ったのも、てめぇだ」
玄蔵はニッと歯を見せて笑い、大吾の背中をバシッと力強く叩いた。
「俺と緋乃はな、お前のそのバカ真面目な熱意に乗っかって、
ちょっとだけ力ぁ貸しただけに過ぎねぇよ。
この街の奴らが大吾、お前を信じてついてきたのは、
お前自身が血を吐く思いで掴み取った『人望』なんだ」
玄蔵の言葉が、ひとつひとつ大吾の胸の奥深くに染み渡っていく。
「誇れよ、大吾。てめぇが守って作った街だ。
てめぇがテッペンじゃなくてどうすんだよ?」
「師匠……」
隣で蒼太を抱いていた緋乃も、優しく微笑みながら頷いた。
「ええ、大吾さん。あなたなら立派な集落長になれるわ。
私たち『蒼武館』も、澄波の住民としてあなたを支えるわよ」
「あぅー!(がんばれー!)」
家族からの温かい後押し。 大吾は深く息を吸い込み、ぎゅっと自分の膝を拳で握りしめた。
己の中にあった迷いは、綺麗さっぱり消え去っていた。
「……はい! 俺、澄波の集落長を引き受けます! この街と、みんなの笑顔を、一生かけて守り抜いて見せます!!」
「いよぉし、よく言った大吾!このまま宴だ!飲むぞ!
一番弟子でダチが今度は集落長になりやがる!
こんな嬉しいことあるか?オイ!!?」
「はい!とことん飲みましょう!」
夕暮れの風が吹き抜ける中、澄波の「初代集落長・大吾」が、ここに誕生した。
かつて捨てられた荒野に打ち立てられた小さな道場は、今や一つの素晴らしい街の、揺るぎない「心臓」となっていたのだった。




