第二十七話 安住の地へと
大吾が「一刻も早く」と焦りに似た決意で動き出したのは、結果として大正解だった。
残されていた集落群の惨状は、想像を遥かに超えていた。
連日の禍つ(まがつ)の襲撃により柵は食い荒らされ、食糧は底をつき、人々はまさに崩壊待ったなしの極限状態に追い詰められていたのだ。
あと数日遅れていれば、間違いなく一つの集落が地図から消えていただろう。
「落ち着け! 俺たちは『蒼武館』だ! 救援に来たぞ!」
大吾率いる部隊が駆けつけ、手際よく野禍の群れを湾刀で一掃していく。
道中、予期せぬ強力な異禍と遭遇することもあった。
かつての大吾なら焦りや恐怖で判断を誤っていたかもしれない。
しかし――
(ヤバそうな時は無理するんじゃねぇぞ。約束だ、絶対に守れよ)
脳裏に響く、師匠・玄蔵のあの言葉。
「全員、深追いするな! 二番隊は陣形を崩さず防御を固めろ! 慌てず連携で仕留めるぞ!」
無理な突撃はせず、玄蔵と交わした約束を徹底して守り抜く大吾。
鍛え上げられた弟子たちは冷静に部隊をまとめあげ、見事な連携で敵を追い詰めて撃破していった。
こうして、数々に及んだ禍つの脅威を退け――
ついに、この過酷な開拓地に点在していたすべての集落が『統合』を果たしたのである。
* * *
全集落の統合が決まってからの大吾の働きは、まさに獅子奮迅であった。
集落同士を安全かつ迅速に繋ぐ広大な街道の整備。
禍つを防ぐ強固な防壁の建設。
さらには、増え続ける住民たちが安心して暮らせるよう、大吾が中心となって効率的な区画整備や田畑の再配分が進められていった。
玄蔵夫婦は必要な時だけ蒼太を連れて戦いに出た。
大禍が出れば駆けつけ、それ以外は弟子たちに任せた。
かつては霞条家に見捨てられ、絶望と死臭だけが漂っていた最果ての荒野。
それが今や、高品質な湾刀を構えた自警団が行き交い、あちこちから活気あふれる声援と香ばしい禍つ肉の匂いが漂う、巨大な「安住の地」へと生まれ変わっていた。
そんなある日のこと。
「ところで大吾、このデカくなった街全体のこと、なんて呼べばいいんだ?」
「そういえば、今まで『集落』とか『開拓地』としか呼んでなかったな」
復興作業の合間、職人や弟子たちがふとそんな会話を交わしていた。
誰が最初にそう呼び始めたのかは、定かではない。
誰かがふと呟いたその名が、風に乗るように人から人へ、口コミで集落全体へと広まっていった。
――澄波。
濁った絶望を払いのけ、澄み渡る波のようにどこまでも温かく広がっていく場所。
そんな願いが込められたかのようなその名は、瞬く間に住民たちの間に浸透していった。
「澄波……か。良い名じゃないか」
出来上がったばかりの新しい高台から、広大な町並みを一望する大吾。
遠くには、新しく増築された『蒼武館』のどっしりとした屋根が見える。
そこには今日も、腕組みをして豪快に笑う玄蔵師匠と、蒼太を愛おしそうに抱く緋乃、そして無邪気に駆け回る子供たちの姿があった。
かつて捨てられた最果ての『開拓失敗地』は今、正式に『澄波』という誇り高き名前を得て、新たなる歴史の一歩を踏み出したのだった。




